033.人形は願う【挿絵あり】
襲ってくる獣人達は直線の単純な動きだったのが――余計に私の感情を凍らせていった。
まるで畑の雑草を毟る作業のように命を散らしていく。
複数の風弾が六人の獣人族の頭部が立て続けに破裂し、血の雨が降り注ぐ。
しかし、彼らは仲間の死を見ても怯むことなく、ただひたすら私に向かってくる。
年老いた女性が、折れた腕をぶらぶらと揺らしながら私に飛びかかってきた。
その顔は既に挽肉のようになっており、最早魔物と遜色無かった。
風の塊が老女の顔面を直撃し、頭部が粉砕される。
しかし、その直後に幼い子供が私の足に噛みついてきた。
小さな牙が肉に食い込み、激痛が走る。
「...感染症になったら、困るじゃないですか」
風の刃を生成して、子供の首を刎ねた。
懺悔も、
躊躇も、
もうなかった。
すでに沈み切った私の心は、酷く濁った灰色に違いない。
彼らは人ではなく、何かに操られた傀儡と化していたが、
皮肉なことに私もまた――
感情を失った人形に過ぎないのだ。
彼らは痛みを感じることなく、四肢が千切れようとも攻撃の手を緩めない。
私は次々と風弾術を放ち、襲いかかる者たちを迎撃した。
広場は血の海と化し、破裂した頭部の破片が散乱している。
そして最後の一人、悪態で私を出迎えてくれた獣人族の頭部が破裂し、ようやく静寂が戻った。
私は息を切らしながら、血まみれの広場を見渡した。
...扨て、始めよう。
まず、この異常な現象の発生原因について考察する必要がある。
獣人族たちが突然理性を失い、野獣と化したのは自然現象ではない。
何らかの外的要因、おそらく呪術的な干渉があったと考えるのが妥当だ。
人族が利用する魔法は、自然現象の人為操作から逸脱することはない。
自我を奪い、狂わせるなど絶対に出来ないハズだ。
――であれば、人族の枠外の可能性はどうか。
ゴブリンソーサラーなどの一部の魔物は特殊な魔法、いや呪術体系をもつと聞くが...
いずれにせよ、想像の域を出ない。
次に、なぜこの集落が標的となったのか。
地理的に孤立しており、実験場として適していたのかもしれない。
あるいは、この集落に何か特別な要素があったのか。
しかし、カルラとラビ、そしてリリスには事前に何の前兆も見られなかった。
あまり考えたくはないが、今頃逃げた彼女らも同じようになっている可能性は0ではない。
最も興味深いのは、一人の獣人族を殺害した途端、周囲の意識が一斉に私に向かってきたことだ。
これは明らかに個別の意識ではなく、何らかの集団意識が存在していたことを示唆している。
まるで蜂の巣のような集合体として機能していたのかもしれない。
あの瞬間、全員が私のみを敵として認識"させられた"のだ。
そうなると、戦闘中に確認していたあのフードの人影の正体を暴く必要がある。
しかし気づけば姿を消していた。
広場を見渡しても、その不審な人物の姿はどこにもない。
あの者こそがこの異常事態の元凶である可能性が高い。
目的は不明だが、技術力は相当なものだと推測される。
――いけない。
このままではいけない。
この場で解剖を始めてしまいそうだ。
まずは私の手で葬った獣人族の皆を悼むのが先だろう。
......"人間"なら、そうすると思った。
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私は一人一人の死体を広場の中央に運んだ。
家屋や岩などにこびりついたものは無理でも、飛び散った頭や腕は全て集めた。
重労働だったが、半年間も異端者を集落に置いてくれた恩を思えば、これくらいはしなければならない。
民家から薪を拝借し、小さな赤い魔石のはめられたアーティファクトで火を起こした。
火打石を鉄製の歯車が擦ることで火花を起こし、魔石に込められた火のマナが炎を起こすものだ。
煌々と燃え上がる炎は、恐ろしい勢いで空を染める。
そして強烈な悪臭。
きっと何も知らない人間が見れば、私は大層恐ろしく見えるだろう。
しかしそれでも――先ほどの地獄と比べたら幾分か美しく見える。
カルラ達は無事だろうか。
獣人族の血がついたこの軍服で和平交渉に行くのか。
今から出発したら、フェナンブルク王国に到着するのはいつ頃だろうか。
死体の山の中で、頭部だけになった獣人族と目が合った。
頭髪が燃え、眼球や肌が溶け落ちていく。
それをただ茫然と眺めた。
もう考えるのは疲れた。
――少し、休みたい。
「お前...何、してるんだ」
..."お前"とは、随分と礼儀に欠けた挨拶だ。
振り返ると、そこには人族の少年が立っていた。
私と同じ白髪だが、年齢はラビと同じくらいだろうか。
庶民的な服装だが、瞳の奥に宿る殺意が、彼がただの少年ではないことを物語っている。
布に包んだ長物は武器の可能性が高い。
まだ幼い人族の男の子をこれから手にかける――ああ、やはり躊躇いはない。
もう私は、人形だから。
獣人族の次は、人族か。
また命を奪う"作業"が始まる。
ゆっくりと右手にマナを集中させる。
私の道に敷かれるのは、憎悪と怨念で編まれたカーペットなのだろう。
辿ってきた道には、骸しか残っていない。
誰か、私を――――
ここから、連れ出して欲しい。




