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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第四章 -閑話:劫火の集落-
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032.人形は踊る

「ラビ、槍を。」

カルラが立ち上がりながら呟いた。

リリスを抱きしめる腕に、自然と力が入る。

普段垂れた長い耳は、いつしかピンと立っていた。


「お母さん、何かな...」

カルラの指示で素早く槍を手に持ったラビも、この異常な状況には不安を隠せない。


「私が様子を見てきます。お二人は何かあればすぐに逃げられるよう準備をしていてください」

立ち上がりながら二人に指示した。


この集落で一か月を過ごし、住民達を観察する時間は十分あった。

互いの上下を決める際、決闘という形をとる事はあるがこれほどの騒ぎになるとは考えにくい。

何か異常な事態が発生しているのは間違いない。

伝染病などの可能性もある。

せめてリリスはこの一帯から離れさせたほうがいいだろう。


「集落を捨てて逃げるなんて、絶対にヤダよ!」

ラビが涙声で反論するも、カルラは素早く判断を下した。


「ラビ、最低限の荷物をまとめて。アリアの言う通りよ。あの声は絶対に普通じゃない。何が起きているか分からない以上、最悪の事態に備える必要がある。」

「でも!!待っていればお兄ちゃんもいつか帰ってくるかもしれないじゃん!!」

「ラビ!!!」


一喝されたラビは歯を食いしばりながら身支度を始めた。

あんなに純粋な彼女にこんな思いをさせるのは慙愧(ざんき)に堪えないが、今は仕方ない。


私は家を出て、音の聞こえる方向へと向かった。

集落の中央にある広場に近づくにつれ、異様な光景が目に飛び込んできた。


そこでは行われていたのは、獣人族同士の激しい殺し合いだった。

単なる喧嘩や争いではなく、

双方とも金切声をを上げながら唾液をまき散らし、

猛獣のような様相で相手に襲いかかっている。


「これは...何が起こっているというの...」


仮に、地獄というものが本当にあったとしたなら、今目に映るものが"それ"なのだと思った。


腕が不自然な方向に曲がっているにも関わらず、その腕を振り回して相手を殴りつけている者もいる。

痛みを感じていないかのように、ただひたすら相手を攻撃し続ける異常な光景だった。

理性を完全に失い本能のままに殺し合う姿は...正視に耐えないものがあった。


一刻も早くカルラ達を脱出させなければ――私は急いで皆の元に戻った。


「すぐに集落から出て下さい。何らかの伝染病の可能性があります」

伝染病かどうかは定かではないが、

この異常な状況が伝播する危険性を考慮すれば、一刻も早く距離を置く必要があった。

カルラは迅速に行動し、眠っているリリスを毛布に包んで抱き上げた。

ラビも最低限の荷物を背負い、準備を完了している。


「本当に...行かなきゃダメなの?」

ラビが最後の抵抗を見せたが、カルラが優しく頭を撫でた。


「集落より、ラビとリリスが生きている方が大事。いくわよラビ」

三人は裏口から静かに家を出て、集落の外へと向かった。


「私はもう少し様子を見てきます。お二人は先に安全な場所まで避難していてください」

「何を馬鹿なことを言っているの!アリアも一緒に来るのよ!」

カルラの言葉に、私は首を横に振った。


「何が原因でこのような事態になったのか、調べておく必要があります。ご心配は無用です。自分の命を最優先に行動します。」





実際のところ、住民たちを助けるためではない。

魔法研究者としての興味と、今後の対策を考える上で、この現象の原因を把握しておきたかったのだ。

好奇心とはかくも恐ろしいものである。


---


二人が安全な距離まで離れたことを確認してから、私は再び広場の様子を遠くから観察した。

相変わらず獣人族たちは狂ったように殺し合いを続けている。

しかし、注意深く見ていると、ある違和感に気づいた。


広場の端に、深いフードを被った不審な人物が立っている。


その人物は体の倍ほどもある巨大な荷物を背負っているのか、背中が異様なほど膨らんでいる。

性別も年齢も種族も判別できないが、獣人族の争いをただ静かに観察している姿は明らかに異常だった。


そして私はこの半年、集落で一度もあのような風体の住人を見ていない。

まず間違いなく、この悍ましい光景の原因だと断言出来る。


「魔術を行使している気配はない...何等かの呪術?」

家屋の陰から静かに観察していると、背後からけたたましい金切声。

振り返ると血走った目をした獣人族の男性が私に向かって走ってくるところだった。


「風よ、吹き荒れよ!風弾術<ウィンドブラスト>!」

咄嗟に詠唱した風魔法により、高密度の風弾が男性の首から上を吹き飛ばした。


宙に浮いた頭部が地面に落下する音が不自然なほど響くと、

広場で争っていた獣人族たちが一斉に動きを止め―――全員の視線が、私に集中する。



刹那、

子供も老人も関係なく、

集落"そのもの"が襲いかかってきたのだ。


「くっ...やむをえませんか」


そこからは私も、

地獄の一部となって踊った。


心は凍てつき、

感情が音もなく剥がれ落ち、

かつての冷たい人形が戻ってくる。


そう、私はこうして生きてきたのだ。

何も感じず、ただ命じられたことを遂行する――それが、私の役割だった。


詠唱と共に、圧縮された風の塊が老人の頭部を、少年の腕を、赤子の顎を次々と砕いていく。

この半年が泡沫の夢となり遠くなっていく。

いつしか私は完全に、以前の人形に戻っていた。

風の弾は次々と集落の住民を粉砕し、血と脳漿(のうしょう)が四方に飛び散る。






何故、こうなってしまうのだろうか。

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