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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第三章 -仲間-
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028.十二歳

<<セラ・ドゥルパ視点>>


新暦269年、春。


私は十二歳になり、小隊長となってから一年が経とうとしていた。

季節が一巡し、王国の空にも穏やかな日差しが戻っている。

戦争は膠着状態に入り、大きな動きはない。

そんな平穏な午後、私は騎士団本部の食堂で小隊の仲間たちと昼食を共にしていた。


食堂は無骨な石造りの壁に囲まれ、天井が高く、長いテーブルが整然と並んでいる。

窓から差し込む春の陽光が、埃の舞う空間を温かく照らしていた。

未だ男性騎士達への陰湿な嫌がらせは水面下でも存在しているようだが、少なくとも私はそういったことを感じなくなっていた。

以前は無理やり半分に千切られたパンが載っていたトレーには、街のパン屋から卸されたままの状態で二つも載せてくれる。

シンシア団長の方針が徹底されたのか、それとも中級騎士、小隊長という肩書によって周囲が変わったのかは定かではない。

そうではなく、皆が同じ仲間として認識を改めてくれたなら嬉しいのだが。

厳しい訓練を続けてきた一年だったが、少なくとも私の小隊の中に於いて、性別による差別は見られなかった。


「隊長、午後は連携訓練でしたよね?私はまだまだ走れますが、ビューラさんがもう限界だと...」

「ウィルさんちょっと!いや隊長違うんです!」

ウィルの告げ口にビューラは食い気味に反応する。

力を込めたせいか、手に持ったパンを握りつぶしてしまっている。

ビューラはすぐ限界だと言うが、まだ行けることはこの一年で良く分かった。


ウィルは三十三歳になったが、この一年で見違えるほど逞しくなった。

以前の泥臭い戦い方は健在だが、筋肉も一回り大きくなり、よく自信に満ちた表情を見せてくれるようになった。

息子の為に戦うという信念が、彼をここまで成長させたのだろうか。


十七歳になったビューラは、この一年で最も大きな変化を遂げた一人だ。

弱音を吐きながらも逃げることなく訓練に向かい続けた結果、今ではウィルよりも体力があるのだから驚きだ。

以前の気弱な性格は変わっていないが、それこそが彼女の索敵能力を裏付けるものだろう。

風魔法の応用によって、周囲の僅かな風の動きから敵の位置を正確に割り出せるのはとても頼りになる。


「連携か...」


フォウは二十九歳になった。

彼女は基礎体力訓練の他に、戦術眼を磨くことを重視してきた。

土属性の魔法も格段に上達し、戦場での陣地構築能力は騎士団内でも屈指のレベルに達している。

濃紺の髪を短くまとめた凛々しい姿は、まさに歴戦の戦士といった風格だ。


普段は寡黙だが、酒を飲むと随分饒舌になることも分かった。

以前私も同席したときは、同一人物とは思えない程よく笑っていた。

そのまま寝てしまったフォウを置いて帰った翌日は、鋭い目つきが更に細くなっていた。


「オレも魔法を自由自在に使えるようになるまで、ひたすら訓練しないとな」

「いやいやセラくん何を言うてはるの。もう十分やと思うよ?ウチも勝てへんくなってしもたし、あの頃の可愛い隊長殿が懐かしいわあ」


ハイネには多くのことを教わった。

数千人規模での白兵戦に於ける立ち回りや、受け流しに特化した槍術、魔法の技術指導...

――頼んではいないがモテる男の秘訣。


学んだことは数え切れない。

何度か手合わせをしていくうちに、いつの間にかハイネに勝ち越せるようになっていた。

初めて勝ったときは思わず勝鬨を上げてしまったものだ。

その日は口を聞いてくれなかったが。


彼女は今年で二十一歳なった。

その間王国からは何度も"星付き"騎士になる話を貰っているらしいが、相変わらずのらりくらりと躱しているらしい。


「そういえば隊長、里帰りとかしないんですか?」

ビューラの何気ないその質問に、私は手を止めた。



里帰り。


確かに、この一年間はあまりにも目まぐるしく、そんなことを考える余裕もなかった。

人族の文化を学ぶこと、呪い、騎士団での訓練、そして小隊長としての責務。

故郷のことを思い出す暇もなかった。


「里帰り...か。考えたこともなかったな」

私の答えに、ウィルが驚いたような表情を見せた。


「隊長はまだ十二歳じゃないですか。ご家族もきっと会いたがっていると思いますよ?」

ウィルの言葉には、不思議と説得力があった。

彼自身、息子のことを常に気にかけており、家族の絆の大切さを誰よりも理解しているからだろう。

そう言われると途端に郷愁にかられるのだから、本当に私は単純だ。


「母さんとラビ...元気かな」

「行きはったらええやん」


ハイネが軽い調子で言った。


「帝国との前線もからっきし動いてへんし、今なら一ヶ月くらい休暇取れるんとちゃう?シンシアも許してくれるやろ」

「ハイネさん、"団長"ですよ!」


ウィルの指摘にハイネは煩わしい顔で返すが、ハイネ以外の三人も意見としては賛成のようだ。

フォウに目線を投げると、彼女も話に参加してくれた。

「確かに、今は比較的平穏だ。前線の様子を聞く限りでもそうそう場面転換は起こらないだろう。隊長、私もいい機会だと思うぞ」


「でも、お前たちの訓練は...」

私が心配を口にすると、ビューラが慌てたように手を振った。


「大丈夫です!私たち、もうそんなに子供じゃありませんから!」

「そうそう。なーんも心配せんでええよ!もうホント気にせんで!」

「ご心配には及びません隊長!自らを律し、訓練に励みます!」

「ああ、その通りだ!我々なら問題ない」

(なんだコイツら)


普段の訓練でも見せた事のない連携に思わず疑念を持ってしまったが、

確かに今の彼女達なら、付きっきりで指導する必要はないかもしれない。


仲間たちの温かい言葉に、私の心は動いた。

実際母さんとラビに会いたい気持ちは強くなっている。

あの時、家を出る時の約束を思い出す。

「人族と獣人族が、もっと仲良く出来るようになったら帰る」と言ったが、少なくとも現状に不満は抱いていない。


訪ねても長居はせず、元気な顔を見て帰ろう。

二人にも余計な心労を掛けたくない。


「分かったよ。フレデリック副団長に相談してみる。ただし、訓練メニューは預けておくからな。毎日欠かさずやるように」


私がそう言った瞬間、全員の顔が一斉に曇った。

ウィルは苦笑い、フォウは深いため息、ビューラは露骨に嫌そうな顔をしている。

そして普段は何事にも動じないハイネが一番しょぼくれていた。


「冗談だって。お前たちなら、もう自分で考えて訓練できるだろ。信じてるぞ」

私の言葉に、全員がほっと安堵の表情を見せた。

この一年間で、彼らは確実に成長している。

技術的な面だけでなく、精神的にも大きく成長した。


きっと大丈夫だろう。


---


昼食を終えた後、私たちは午後の訓練に向かった。

第三訓練場では、他の小隊も訓練を行っており、活気に満ちていた。

最近は体力を有り余らせている騎士が多い。

実地に行けない血気盛んな者はこうして訓練に励むこともあるが、そうではない一部の人間は日々下らないことでいざこざを起こすようになっている。

難儀なことだ。


私たちが到着すると、既にアムと数人の騎士が魔法訓練を行っていた。

「セラ!丁度良いところに来た!」


私を見つけるや否や、訓練場に響き渡るやかましい声が耳をついた。

「アム。調子はどうだ」

「ぼちぼち。でも、小隊を持つってのは思っていたより大変なんだね。セラの苦労がよく分かる」


アムとの関係もこの一年で大きく変わった。

今では対等な戦友として互いに敬語を使わずに話している。


三ヶ月ほど前、彼女は私と同じく中級騎士に昇格し、自身の小隊を持つに至った。

なんでも、騎士団内に潜む――間者を見つけ出した功績なんだとか。


本来入団には"真実球"を用いて邪な考えを持つものはその場で発見できるハズなのだが、

どうやら間者は入団試験を受けることなく、さも騎士団に従事しているかのような顔で王国内を跋扈していたらしい。

随分と物騒な話だと思いながら聞いていたが、戦時中である以上当然のことなのかもしれない。

挙動を不審に思ったアムの調査により査問された間者は、その場で自死を選んだそうだ。


やるせない話である。


「やっぱり実戦を想定した訓練をしたくてさ!セラの隊がよかったら合同で訓練しない?」

「ええやん!やろやろセラくん!」


こういう時、ハイネはいつでも楽しい方に流れる。

まあ里帰りの前に皆の実力を見ておくのも悪くない。

お互いに何か得られるものがあるだろう。

実際、私の黒雷のせいで訓練の相手がいないのは悩みの種だった。

アムのように向かってきてくれるなら是非もない。


彼女の背後にいる小隊の四人がずっと首を横に振っているが、気のせいだろうな。

きっとそうに違いない。


「分かった。手加減は出来ないからな。おいアム、救護室のベッドは予約してあるか?」

「...言ってくれるねえ。絶対泣かしてやるからな。ハイネ先輩も、よろしくお願いします!」

「おう。よろしくなあ」


こうして、私たちは急遽合同訓練を行うことになった。

アムの小隊と私の小隊が向かい合い、実戦を想定した模擬戦を開始する。

互いの距離は100メートルほど。

小隊に素早く指揮を出す。


「皆、聞いていたな。敵の小隊と遮蔽物の無い状況下で接敵した想定の訓練を行う。相手はアム・グリエが指揮する小隊だ。負けるつもりは無いが、油断はするな。」


私の指示に、全員が緊張した面持ちに変わる。


「敵の使用する魔法は特定できない。フォウは全体指揮、状況に応じて臨機応変に指示を出せ。ビューラ、ハイネ、中距離から牽制魔法。ウィルはオレと突撃する。すぐに水魔法で防御する体制を整えておけ。以上、最後まで着いてこい!」


「「「「応っ!」」」」


---


「巨人の腕は彼方より出る。岩岳壁<プロテアムド>!」

訓練が始まると、フォウが即座に土属性魔法で防壁を構築した。


築陣の際に使われる土属性魔法は、照準を定める必要がなく杖が無くとも発動出来る。

しかし訓練によって培われた彼女の魔法は、芸術的なほど迅速でぶれない。

ビューラとハイネは即座に身を隠し、次の詠唱を始める。


その間に敵小隊の中距離炎魔法が着弾した。

魔法の消失を待ってウィルとオレは打って出る。


「隊長!右翼に"渦"出します!」

「了解。ウィル、左翼から出るぞ!」


「天を舞う風の槍よ、螺旋を描き敵を舞い上げよ。雲を裂き、空を割れ。竜巻<トルネード>!」


ビューラの風魔法による牽制が入ると同時に、ウィルと同時に防壁から外に出る。

敵小隊視認、三名。

ウィルは再度放たれた敵の炎魔法を視認し、素早く防御魔法を展開する。

「激流よ渦を成せ。万象を飲み込みたまえ。渦流盾<スプラホイル>!」


正面に展開された水の渦は、敵の炎を相殺する。

この一年、彼の低い魔力適正を最大限生かす為に、攻撃魔法は捨て、防御魔法だけを鍛錬させた。

距離を詰め、敵の一名に低い体勢からタックルをお見舞いし、頭を打った相手は失神した。


「稲妻、駆けよ。電撃術<サンダーショック>!」

黒雷を纏わせた槍で鳩尾を射抜く――私の中に、微量ながらマナが流れ込む。

石突が深々と突き刺さった二名も戦闘不能となった。

しかしアムの姿が見えない。

(あいつ――どこにいる?)


その時後方から険しい表情のビューラが駆けてきた。

「報告!視認できない敵の攻撃により、ハイネ、フォウ二名戦闘不能!」

「...ビューラ、風魔法で索敵。ウィル、ビューラを守れ。アムのやつ、光の屈折で姿を隠してるな」


一帯をビューラの風魔法が静かに満たしていく。

何故か彼女の起こす風は花の香りがするのだ。

索敵開始から数秒、ビューラが小声で私に伝える。

「四時の方向、距離十三メートル、二名、歩は遅し、三十秒後に接敵」

「任せろ」


ハイネと共に練り上げてきた雷魔法。

槍を杖代わりとして、精密に、正確に、敵だけに直撃させる訓練を積んできた。

何度も、何度も。

すでに射程圏内なら、遠慮なくいかせてもらおう。


穂先を四時の方向に突き立て、照準を定める。


「振り下ろされし天雷は...」

空間を切り裂くような漆黒の稲妻が、黒曜石の切っ先に宿る


「番犬となりて簒奪者の腸を食い破らん」

アム、救護室には連れて行ってやるから安心しろ――大丈夫だ、死なない程度にしてやる。


「雷鳴斧<サンダーアクス>!」


槍から放たれた凄まじい黒雷は地を這いながら突き進み、その場にいる"何者か"を暴き出した。

当然アムともう一人の小隊員だ。

二人からは黒い煙が上がり、その場にへたり込んだ。



「あ...あうぅ...セラ、覚えとけえ...」

「ああ。しっかり覚えておくよアム。この光景をな」


ウィルと共にアムの小隊全員を救護室に運びこんだ。

少なくともあの威力なら、三日は起き上がれないだろう。

ウィルには何度も実験台になってもらった。

彼の献身的な協力のおかげで魔術の制御がかなり上達したのだ。


実験台を買って出てくれたこともそうだが、何度倒れてもめげずに付き合ってくれた。

彼には頭が上がらない。


「ウィル、悪いけどあと頼む」

「あー...了解です隊長!」


さて――私にはまだやらなければいけないことがあった。

訓練場に戻ると、背筋を正して待つ騎士が二人。

ビューラはそれを嬉しそうに眺めていた。

まずは...

この二人に灸を据えなくては。







「ハイネ、フォウ。」

「ちゃうねん」「違うんだ隊長」


「違わない―――三十周だ。行ってこい」

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