026.アム・グリエ
アムの確信めいた表情を見て、私は悟った誤魔化すのは難しい――いや、不可能だ。
彼女は既に答えを知っている。
あとは私がそれを認めるかどうかだけの問題なのだ。
私は深く息を吸い、覚悟を決めた。
この話は、長くなる。
ここで立ち話をするわけにはいかない。
騎士団の入口で、他の騎士に聞かれる可能性もある。
仮に騎士団の中で話が広がってしまった場合、面倒事は避けられないだろう。
私は意を決して口を開いた。
「...アム先輩、長い話になります。私の家でお話致しましょう」
アムは少し驚いたような表情を見せた。
きっと私が素直に認めるとは思っていなかったのだろう。
しかし、すぐに納得したような顔になった。
「こんなところで話す内容じゃないってことね」
私たちは無言で街を歩き始めた。
石畳の道を進みながら、今はいない"彼"に想いを馳せる。
彼女にどう伝えるべきだろうか。
やましいことは何もないが幾分複雑な話だ。
ふと、以前アムに言われたことを思い出した。
彼女は確かに言っていたのだ、「なんで呪われた槍をわざわざ使っているの?」と。
その時の私は、彼女の言葉の意味を深く考えようとしなかった。
しかし今思えば、あの時から彼女は気づいていたのかもしれない
――私の槍に宿っていた"彼"の存在に。
街を歩く人々の視線は相変わらず冷たかったが、今夜は特に気にならなかった。
アムと並んで歩いていると、なぜか心が落ち着いた。
彼女の存在が、私の緊張を和らげてくれているのかもしれない。
それとも、秘密を打ち明けられるという――ある種の安堵感なのか。
「あ、あんたの家ってさ、どんなところなの?」
アムが突然口を開く――彼女の声は少し高く、照れたような響きがあった。
「街外れの質素な小屋ですよ。期待しない方がいいと思います」
私の答えに、小さな笑いを返す。
その笑顔にいつもの彼女らしい明るさがあるのと同時に、複雑な感情が隠されていることも分かった。
あちらもまた、この状況に戸惑っているのだろう。
得体のしれない何かと会話しているというのに、いつも通り振る舞えるはずはない。
それでもどこかで私のことを信じてくれている。
心の強い人だ。
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私たちはスマゴラの外れにある家に到着した。
石造りの簡素な建物は、夜の闇の中でひっそりと佇んでいる。
私は扉を開け、アムを中に招き入れた。
室内は薄暗く、月明かりだけが頼りだった。
私はテーブルの上の蝋燭に火をつけ、小さいながらも暖かい光が部屋を照らした。
「その椅子に座ってください」
彼女は少し緊張した様子で腰を下ろした。
私も向かいの椅子に座り、彼女の目をまっすぐ見つめた。
後戻りは出来ない。
では、長い話を始めよう。
私は深呼吸をして、口を開いた。
ゾーイとの戦いのこと、
意識を失った時に起こった出来事、
そして"彼"との融合について。
千の魂を背負うことになった経緯、
魂が呪いとなってしまったこと、
それでも私が――セラ・ドゥルパであり続けていること。
一つ一つ丁寧に、隠すことなく全てを語った。
アムは黙って聞いていた。
時折眉をひそめたり、驚いたような表情を見せたりしたが、最後まで口を挟むことはなかった。
私の話が終わると、しばらくの間静寂が部屋を支配した。
蝋燭の炎が微かに揺れ、私たちの影が壁の上を踊る。
「...結局、今のあんたはセラなのね?」
「魂は呪いとなってしまいましたが、私はセラです。それだけは変わりません」
私は真っ直ぐ彼女を見つめて答えた。
嘘偽りのない、私の本心。
アムはしばらく私を見つめていたが、やがて表情が明るくなった。
「ならいっか」
彼女はあっけらかんとした笑顔を見せた。
その表情を見て、私の胸に安堵が広がっていく。
彼女は私を受け入れてくれたのだ。
仲間として、セラとして。
「アム先輩、なんで分かったんですか?私がその...変わったって」
「あたしさ、呪いが見えるの。生まれつきね。騎士団に来た頃はあんたの槍の穂先が黒く光ってるのが見えた。でもルクセン平原の戦いの後、あんたの胸あたりにその黒い光が移ってたの。口調と言い態度と言い、なんだか気持ち悪かったし。」
そこからはいつも通りのアムだった。
彼女からは様々な話を聞けた。
本来の呪いとは、動物の姿をして本人の身体に憑りついているそうだ。
蛇や蛙、鼠など多岐にわたるらしいが、多くは動物の形を模しているらしい。
私の場合は黒い光で、なんと形作っていたのは人の表情であり、異端であるのは一目見て分かっていた。
点と、点が繋がった気がした。
デミと共にいる"灰色の蛇"は――呪いだったのか。
部屋の雰囲気は柔らかくなったころ、アムはふと窓の外を見る。
来た時よりもさらに夜は深く、月ですら姿を隠してしまった。
「もう夜も遅いね。泊っていくわ」
「ええ、気をつけて帰ってくだ――――なんて?」
「今から帰るの面倒だから、今夜はここに泊まるって言ってるの」
これは想定外だ。アムと一つ屋根の下で夜を過ごすなど、考えたこともなかった。
しかしこの女――私の反対を聞く気は無さそうだ。
「お腹空いたわね。何か食べるものある?」
アムの言葉で、私は我に返った。
そういえば、まだ夕食を取っていなかった。
私は食料庫から保存食を取り出した。
硬いパンと干し肉、それに塩漬けの野菜。
騎士団が支給してくれる質素な食事だった。
「どうぞ」私がテーブルに食事を並べると、アムは驚いたような表情を見せた。
「これだけ?毎日こんなもの食べてるの?」
「...?ええ。十分事足りると思いますが?」
私の答えに、アムは眉をひそめた。
彼女は女性騎士として、もっと良い待遇を受けているのだろう。
この現実を目の当たりにして、改めて男女の格差を実感したのかもしれない。
「セラ、あたし湯浴みしたいからお湯を沸かして。あと、このパン硬すぎ!ミルクある?」
ここは宿屋ではない。
そう言い放ってやりたかったが、私はしぶしぶ釜に火を起こした。
ミルクは無いので汲んでおいた井戸水を木製のカップに入れて渡す。
その水で硬いパンを柔らかくして食べた。
このようにしてパンを食べたのは初めてだったが、悪くない。
しばらくして湯が沸くと、アムは別の部屋で湯浴みをした。
その後、問題が起きた。
湯浴みを終えて出て来たアムに、そろそろ就寝する旨を伝えようと振り返った時、目を疑った。
アムは何も着ていなかった。
白く柔らかな肌が露わになっている。
顔を勢いよく反らした。
「おい!何してるんだ!服を着ろ!」
つい敬語も忘れてさけんでしまった...
「はあ?夜は裸じゃないと寝れないから無理。」
彼女の尊大な態度に呆れて口が塞がらない。
こ、これが人族の文化なのか。
母さんやラビを始め、獣人族は全裸になることなど、まず見た事はない。
幼い頃、共に水浴びをしたときくらいだろう。
しかしアムは実に自然体だった。
女性の方が大胆で、男性の方が恥じらいを持つのが普通なのかもしれない。
しかし、私にはその光景が衝撃的すぎた。
「せめて何か着てくれ!」
「ヤダ。見たくないなら目つぶってればいいじゃん」
「なああああぁんでオレのベッドに入るんだ!」
「詰めれば寝れるって」
女性を家に招くのはもうやめよう。
こうなると分かっていたなら絶対に呼ばなかった。
教訓だ――教訓にしなければならない。
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結局、私たちは小さなベッドに一緒に寝ることになった。
私は端の方で丸くなり、出来るだけアムから離れようとした。
しかし、この狭さではどうしても彼女の温もりを感じてしまう。
心臓の音が、うるさい。
このまま一睡も出来なかったら、私にフォウやビューラのことをとやかく言う資格は無くなってしまう。
困ったな...。
「セラ、起きてる?」
「寝てます」
「起きてるじゃん」
「あんたのこと、大切な仲間って思ってるから――おやすみ」
我ながら、単純な性格だ。
端的で飾り気のない彼女の言葉は私の胸を熱くした。
仲間に受け入れられ、信頼してもらえる。
私は上手く答えることは出来なかった。
込み上げる何かが瞳から零れ落ちそうになるのを堪えるのに必死だった。
アムには感謝してもしきれない。
フレデリックが父親のようなものなら、彼女はさしずめ姉にあたるのだろうか。
なんて下らないことを考えていると、アムの寝息が聞こえ始めた。
長い一日が終わる。
そして明日からまた新しい日々が始まる。
小隊の訓練、仲間との絆を深めること、そして自分自身と向き合うこと。
やるべきことは山積みだった。
しかし、今夜アムと過ごした時間は私にとって大きな意味を持っていた。
秘密を打ち明けることで、私は一歩前に進むことができた。
そして、真の仲間を得ることができた。
アムの温もりを感じながら、私もようやく眠気に身を任せて瞼を下ろした。
蝋燭の炎が最後の光を放ち、部屋は完全な暗闇に包まれても、胸の内には温かい灯が存在した。
友情という名の、決して消えることのない明りが。




