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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第三章 -仲間-
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025.言の葉の弓矢

夜の帳が静かに降りた頃、魔法研究室のドアを叩く。


ハイネに起こった異変はすぐにでも報告すべきことだ。

訓練場に残って鍛錬していたらこんな時間になってしまったが、その中で掴んだこともある。

専門家の意見を聞けば、また別の気付きが生まれるかもしれない。


騎士団本部の最上階にある魔法研究室は、夜でも薄っすらと明かりが漏れていた。

デミはいつも遅くまで研究に没頭しているらしい。


――しかしノックの返答はない。留守だろうか。


「デミ、セラだ。少し相談したいことがあるんだが...」


しばらく待ったが、やはり返事はない。

もう一度ノックしようとした時、扉がゆっくりと開いた。

現れたのはデミ――ではなくダークエルフの少女。


長い銀髪を後ろで束ね、とがった耳が特徴的だ。

年齢は私と同じくらいか、もう少し上に見える。

黒い肌に美しい顔立ちをしており、知的な印象を与える瞳をしていた。

彼女は私と同じ騎士団の制服を着用しているが、随分と着崩している。


このだらしなさ、デミそっくりだ。


「あっと...夜分遅くに申し訳ございません。セラ・ドゥルパ中級騎士であります。火急の報告がございまして、デミ様はいらっしゃいますか」


恐らく妹か姉か、デミの親族に違いない。

しかし同じ騎士団に所属しているとはな。

まあこういうこともあるだろう。

こんな夜分に押しかけて悪いことをしてしまった。


「ぷっ!はは!私だよ、セラ。デミだ」

「...え?でも、君は...は?」


くそ、驚きすぎて変な声が出てしまった。


「まあ入りたまえよ。火急の報告があるのだろう?紅茶でいいかな?」

「ああ...」


---


デミは私を研究室の中に招き入れた。

室内は相変わらず実験器具と書物で埋め尽くされているが、夜の静寂の中では昼間とは違った雰囲気を醸し出していた。

用意された紅茶の香りは鼻腔を穏やかになぞる。

実験に使う器具に入れられているからか、変な匂いも混ざっていた。


デミの手元で、いつもの"灰色の蛇"が寝ていた。


「さて、火急の報告、だったね。では聞こうか。さあ早く話すんだ。さあ!」

「デミ、近すぎるぞ」


椅子から上半身を乗り出して鼻息を荒くするデミからは、悔しい事に少し良い匂いがした。

それにしても――可愛い。

なんだか鼓動が早く感じる。


私は今日ハイネとの訓練で起こった出来事を詳しく説明した。

黒い雷がハイネの魔力を奪ったこと、

彼女が魔法を使えなくなったこと、

そして脱力して訓練の継続が難しくなったことまで。


デミの鼻息はどんどん荒くなっていった。

話は真剣に聞いてくれているのだろうが、どうにもこの態度には狂気じみたものを感じる。

一通り話し終えると、デミが口を開いた。


「ふぬ...んあああぁっ!たまらんっ!!!」

「たまらないか...」

この気持ち悪さにはもう慣れたものだ。


「雷自体に魔力を奪う効果があるのなら、きっとマナの動きを無視して流れを作ることが出来るんだっ!!だとしたら!だとしたらだよ!?敵の魔法をかき消すことも可能!こおおおれはすごいっ!」

お前の興奮の方がすごいぞ、デミ。

彼女は机に手を突きながら、ぴょんぴょんと跳ねている――ラビを見ているようだった。


---


「―――では研究者としての見解だが、君の黒雷は相手のマナの流れを乱すものではないだろうか。吸い取った、とハイネ嬢が証言したそうだが、仮にそうだとしたら入念に検証する必要があるだろう。吸い取られたマナが君に移動するなら、君が許容出来る量以上のマナが流れ込んだときどうなってしまうのか、正直みだりに使うのはあまりお勧め出来ないね」


デミの話によれば、マナは器に注いだ水に例えられるという。

魔法を使えば水は減り、休めば水は元に戻る。

しかし器から水が溢れ出るときどうなってしまうのか、現在の魔法体系ではマナの移動という概念がないそうだ。

故に、どうなるかは分からない。

器が"壊れて"しまったら私は...まさに諸刃の剣とはこのことだろう。

使いどころは良く考えなくては。


「しかし、君は特殊中の特殊だ。なにせ、千の魂を内包しているのだからね。マナの器とは、肉体ではなく魂のことを指す。即ち、君は膨大なマナを貯蓄出来る...かもしれない。"呪い"こそが君の正体である以上、あまり一般的な考えに捕らわれない方がいいだろう――私も、そうだけどね」

「うん?どういうことだよ」

「私も"呪われて"いるからだよ」


---


「別に隠す必要もないし、君なら――いいか。なあセラ、なぜ私の性別が変わっているのか気になるだろう」

「まあ.....................ちょっとは。」


嘘だ。

すごい気になっている。


「そもそも君は、エルフとダークエルフがどう違うか、知っているかい?」

「いや、まったく。母さんから長命の種族ということだけ教わったくらいだ」

「この大陸にはエルフがいないから、仕方のないことさ」


デミから聞いた話によれば、エルフは生まれた時に"望終の儀"という儀式をするそうだ。

それにより、得ることが出来る。

寿命の、終わりという概念を。

即ち本来のエルフとは不老不死であるらしい。


「でもね、その加護とも呼べるものが剥奪されてしまうと、私のようにダークエルフになるんだよ」

「――なんでデミは剥奪されたんだ?」

「"同族殺し"さ」

「......そうか」


日常的な会話をするように、デミは語った。

私も境遇は違うが、集落の獣人を殺してやりたいと思ったことはある。

彼――いや彼女か、デミとは境遇が異なるが、何故か嫌悪感は無かった。


「で、流石に里を追い出されてしまってね。放浪していた時に、フードを被った変なやつに呪いをかけられたんだよ。――――欲情を向けられると、男になってしまう呪いにね。一日で戻るとはいえ、もう私に女として生きることは許されなくなってしまったんだ」

「よ、欲情...?じゃあデミは、本当は女なのか?」

「まあ、そういうことになるね」


"欲情"という聞きなれない言葉の意味が分からないが、なんだか聞ける雰囲気じゃなかった。


「じゃあたまに男になる呪いってことだな」

「...ぷっ!はは!そうそう!そういうことだよ!いやあ君はいいなセラ!君と話していると――」


笑った顔に、心臓が跳ねる。

本当に可愛いな―――喉のあたりに、息苦しいような、不思議な感覚。


しかし次の瞬間、デミから白い煙のようなものが出始める。


煙が無くなり、目の前に座っていたデミは...男に、なっていた。

長かった髪も短くなり、少年と呼ぶに相応しい風体だ。


「え、ええ!?デミ!なんで男になってるんだよ!?」

「......自分の胸に聞きたまえよ」


何故か機嫌が悪くなった。


---


話題を戻し、黒雷についての意見交換を続ける。


「なあデミ、自分がどれくらいマナを蓄積出来るか、調べる手段はないのか」

「――――はあ。どでかい魔術を何発打てるかで調べればいいんじゃないの?」

「な、何怒ってるんだよ...」

「別に?私はいつも通りさ。ちょっといいなと思ったらこれだよ。まったく。」


怒ってるじゃないか。

そうは言えないほど怒っている。


「...ただ、魔法というのは修練を続けることでかなり幅が広がるのも事実だ。もしかしたら相手のマナを吸収するかどうかを制御出来るようになるかもしれない。それ以外にも道具に頼るという考え方もある。例えば槍に黒雷を流して蓄積を...................」









デミの身体が硬直し、口は開いたまま止まってしまった。

どうしたことだろう。

目が尋常じゃないほど開いている。

気づけば呼吸もしていないようだ。

明らかに何かの異常事態、すぐに行動した方がいい!


「デミ!どうし」「んああああああああああああああ!閃いたあああ!!!!」

「..................そうか。よかったな」


ダメだ、どうにもこいつとは合わない。

悪い奴ではないのだが、自分勝手に事を進め過ぎる。


「セラ、悪いが今日は帰ってくれ。今、すんごいのキてるから!」


---


以前も時間がどうとかで追い出されたが、今回は随分と乱暴だった。

何が"キてる"のか知らないが邪魔はしない方が良さそうだ。

それに、目的は達せられた。

黒雷の危険性を―――知ることが出来た。


この力をどう使うべきか、まだ答えは見つからない。

だが、少なくとも仲間を傷つけることだけは避けなければならない。

自由自在にこの力を制御出来るようにならなければ。


夜風が頬を撫でる中、私は自分の家に向かって足を進めようとすると騎士団の入口に人影が見える。

アム・グリエだった。


「訓練お疲れ様。随分遅くまでやってるんだね」

「少しデミ...様のところで報告していたんです」


彼女は言葉遣いに厳しい。

入団当初に散々注意された。

しかしそのおかげで他の騎士と大きないざこざを回避出来たと思っているし、彼女には感謝している。

逆に今は...意識して崩した言葉遣いをしなければならない。



ふと、気付く。

今日のアムは雰囲気がいつもと違う。

何かあったのだろうか。


「聞いたよ。自分の小隊を持つことになったんだって?あたしよりも早く中級騎士になっちゃうなんて...生意気」

「ええ、心強い仲間が集ってくれました。生意気と言われましても...」


アムの目は笑っていない。次の言葉は中々紡がれなかった。

少しずつ風は止み、虫も声を潜める。















「ねえ、あんたセラじゃないよね。誰?」



彼女の口から放たれた一言は、

氷の矢となって、

私の胸を貫く。

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