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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第三章 -仲間-
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024.黒雷の秘密

<<セラ・ドゥルパ視点>>


朝日が騎士団本部の石造りの壁を薄紅色に染める頃、私は目的の場所に向かって歩いていた。


騎士団本部の裏手にある屋外の広大な第三訓練場だ。

土魔法で整地された平坦な地面に、様々な訓練器具が配置されている。

木製の木偶人形、重量の異なる石や鉄の塊、そして障害物として設置された丸太や岩。

朝の清々しい空気の中で、既に何人かの騎士が個人的な鍛錬に励んでいた。


到着した時には既にウィルが待っていた。

私も早朝の鍛錬を終えた後すぐに向かったのだが、彼は真面目な性格らしく、予定された訓練開始の時刻よりもかなり早く来ていたようだ。

準備運動を行う彼のがっちりとした体は上気している。


ふと訓練場を見渡すとアム・グリエの姿もあった。

彼女はこちらに気付いており興味深そうに観察しているが――声は掛けてこない。


「おはよう。早いな、ウィル」

「おはようございます、隊長!今日からよろしくお願いします。他の皆さんはまだのようですね」


ウィルと話をしている中で、昨晩の酒盛りのことをきいた。

聞く限りではフォウとビューラがかなり酩酊状態だったらしい。

約束の時間まではまだ少しあるが、時間通りに来られるか怪しいところだった。

私は軽く溜息をついて、彼と共に準備運動をしながら待つことにした。


やがて約束の時間が近づくと、ようやく三人の姿が見えてきた。

しかし、その様子を見て私は思わず眉をひそめた。


フォウは選抜試験の様子とは打って変わって顔色が悪く、土の色をしている。

足取りもふらついて濃紺の髪は乱れ、凛とした表情も今日は苦悶に歪んでいた。

彼女は訓練場に入ってきて間もなく、入口近くの木陰に座り込んで頭を抱えた。

二日酔いというやつなのだろう。明らかに辛そうだった。


ビューラの状態はさらに酷かった。

ウェーブのかかった茶髪はぼさぼさで、顔は青白く、時々えずいている。

彼女は訓練場の端にある水桶で顔を洗いながら深呼吸し、そのまま水桶に嘔吐してしまった。

すごく汚い。


「あ...おはようございます隊長...」


選抜試験の内容は失敗だったか...二人の様子を見る限り先行きは曇っている。

いや雷雨と言っても過言ではない。

体調管理が出来ない戦士など足手まとい以外の何物でもないのだ。


一方、ハイネだけは相変わらずだった。

小麦色の髪は相変わらず美しく、歩き方にも特に問題はない。

傍目に歩く死体のような二人を見て、明らかな呆れの色が顔に浮かんでいた。


「まったく...しまらんなあ」


ハイネは肩をすくめながら私の前に立った。

私より30センチメートルほど背が高い上、こう目の前に立たれると朝日が遮られる。

それが余計に大きく感じさせる。


ウィルとハイネが正常な状態だったのは幸いだったが、残り二人があの状態では満足な訓練ができるとは思えなかった。


「おはよう、ハイネ。あの二人どう思う?」

「セラくんもおはようさん。死にはせんやろうけど、今日は使い物にならへんやろねえ」


---


「全員揃ったな。今日から本格的な訓練を始める。まず最初に言っておくが、第一に優先すべきは生き延びることだ」


私の言葉に、ウィルとハイネは真剣な表情で頷いたが、残りの二人は風に揺れる草木のようにゆらゆらと揺れている。

――こいつら、本当に大丈夫か?


「そのためには、まず基礎体力の向上が必要だ。個人の技術がどれだけ優れていても、体力が続かなければ戦場では役に立たない。全体の生存確率を上げるために、足並みを揃えるのは最低条件だ」


私は訓練場に置かれた重量の異なる石を指差した。


「今日からしばらくは基礎体力の向上に集中する。そこにある岩を背負って訓練場の外周を走り続けてもらう。自分の限界までだ。」

「せ、セラ隊長...今日はちょっと体調が...うっぷ」

ビューラが恐る恐る口を開いたが、私は首を振った。


「敵を前にして、同じことが言えるか?」

ビューラは絶句していたがそれが現実だ。

戦いでは常に最悪の状況を想定しなければならない。

体調不良、負傷、極度の疲労。

そんな状況でも戦い続けなければならない時が必ず来る。


「はい、準備万端です!」

ウィルの返答は力強く、やる気に満ちている。

目には信念のようなものが見える。


他の打ちひしがれた男性騎士達とは違うようだ。

彼を基準にしてフォウとビューラを鍛えていくのがいいだろう。

四人はそれぞれ訓練場の石を選ぼうとするが、私はその中のひとりに声を掛けた。


「ハイネ、お前には別の訓練をお願いしたい」

彼女の表情に興味深そうな色が浮かんだ。

そうこなくっちゃ、と顔に書いてある。


「何すればええの?」

「魔法と近接戦闘を織り交ぜた白兵戦の訓練だ。オレは魔法についてはまったくの素人だから、君に教えて欲しい。頼む」


ハイネの目が細くなり口角がぐんぐん上がっていく。

彼女の反応は予想以上に好意的だった。

これなら練達も速そうだな。


選抜試験での戦いで見た変幻自在の戦いが出来るようになれば、またゾーイや更なる強敵と対峙することになった時、必ず仲間を守る力になるだろう。


半面ウィルは目を見開いていた。

デミからは騎士団内で隠すことは出来ないと言われていたが、まだ上層部だけなのだろうか。

そう考えるとハイネはすでにそれを知っていたことになる。

まあ細かいことはいいさ。


「それじゃあ、フォウ、ビューラ、ウィル、君たちは基礎体力向上の訓練を始めてくれ。まずは軽いウォーミングアップから始めて、徐々に負荷を上げていこう」


三人は重い足取りで石の重りを背負った。

特にフォウとビューラは今にも倒れそうな様子だったが、それでも歯を食いしばって訓練に取り組もうとしている。

ウィルが最初に50キログラムの石を背負った。

彼の筋肉質な体には、この重量でもそれほど負担にはならないようだった。

続いてフォウが同じ重量の石を背負うも、酒の毒は彼女の身を着実に弱らせているようだ。

しかし諦めることくなんとか足を踏み出した。


「うっ...吐きそう」


何か聞こえたが気にしないことにした――吐いても走らせるだけだがな。

一方ビューラは30キログラムの石を選んだ。

彼女は背負ったと同時に吐いた。

忙しいやつだ。


「それじゃあ、走り始めてくれ。ペースは各自で調整していい。限界に挑戦する気持ちでな」


三人は頷くと、ゆっくりと走り始めた。

ウィルは比較的安定したペースで走っているが、フォウとビューラは明らかに苦しそうだった。

特にビューラは酷い。

数百メートル走っただけで息が上がり、時々立ち止まって吐いている。

あれほど苦しむなら、酒など飲まなければいいのではないだろうか。


「ほんまにもう...セラくん、容赦したらあかんよ。最初だからこそきっちりシメておかんと」

「ああ。人族は自分が思っているよりもずっと頑丈に出来てる。それは身に染みてるからな。何より今の苦しみが後で必ず役に立つ。...じゃあ、ハイネ。早速だけど、白兵戦における魔法の基礎を教えてもらえるか?」

「ええよ。でもな、セラくん。まず大前提として理解しておかなあかんことがあんねん」


ハイネはいつもの飄々とした態度を一変させ、真剣な表情をつくる。


「基本的に白兵戦において魔法は使わへん。なんでか分かりはる?」


私は首を振った。

魔法が使えれば戦闘で有利になると思っていたが、どうやらそう単純な話ではないらしい。


「杖を使わんと照準を定めるのが非常に難しいからや。制御できない魔法は仲間に被害を出してまうやろ?乱戦の中で迂闊に魔法を使えば、味方を傷つけてしまう可能性があるんやね」


なるほど、理にかなっている。

確かに混戦状態で魔法を使えば、敵と味方の区別がつかなくなる可能性がある。

その上制御が出来ないとなれば使う方が危険だろう。


故に、今なら分かる――ゾーイが如何に秀でた戦士だったのか。

...いや、周囲に味方がいないあの状況であればそれも可能か。


「つまり、周囲に被害を出さなければええということやな。そこで雷属性の魔法が重要になってくる」


ハイネは手早く詠唱し、手のひらに小さな電気を発生させた。

青白い光が彼女の手の中で踊っている。


「発現した魔法が雷属性でよかったなあセラくん。この属性は近接戦闘との相性が抜群にええねん。特に雷撃術<サンダーショック>なら、味方に被害を出すことなく戦いを優位に進められる」

「どういうことだ?」

「実際にやってみるのが手っ取り早いかなあ。じゃあセラくんに雷撃術を覚えてもらわな。ちっさい稲妻を発生させるだけやし、射程も短いんやけどな?白兵戦で使うと敵にがっつり刺さるんよ」


ハイネは私の前に立つと、呪文の詠唱を始めた。


「まず、呪文を覚えてや。『稲妻、駆けよ。電撃術<サンダーショック>』。これが基本の雷撃術や。」


私は彼女の言葉を反復する――

「稲妻、駆けよ。電撃術<サンダーショック>」


その瞬間、私の手のひらから黒い稲妻が迸った。

それはハイネの青白い雷とは明らかに異なる、不吉な色。

稲妻は空中で蛇のようにうねり、周囲の空気を焦がしながら消えていく。


「ほおお..."やっぱり"黒い雷やな。じゃあ今度は実際に使ってみよか。ウチがその雷撃を受けてみるから、遠慮せずに撃ってや」

「え?大丈夫なのか?」

「何?心配してくれはるの?雷撃術程度なら問題あらへん。ウチも雷属性やから、ある程度は耐性があるんよ。あと魔力適正ってのは、抵抗する力も含まれた総称ってのを覚えといてな」


魔力適正――ハイネは強力な魔力適正を持っている。

つまり、そもそも魔術自体が効き辛い体質ということか。


ハイネは自信満々に胸を張った。

私は少し躊躇したが、彼女の言葉を信じて再び呪文を詠唱し始める。

今の私に加減する技術はない――ならば、"師"の胸を借りる事にしよう。


「稲妻、駆けよ!電撃術<サンダーショック>!」

黒い稲妻がハイネに向かって放たれた。

彼女は避けることなく、その雷撃を正面から受けた。


――感じたことのない、感覚があった。

何かが私の中に流れ込んでくる。


「あばばばばば!なんてな...て、あら?」

ハイネは困惑した表情を浮かべ、よろめいた。

体に力が入らなくなったようだった。

すぐに駆け寄り、肩を貸す。

何か異常事態が起きたのだろうか。


「ハイネ!大丈夫か?」

「なんや、おかしい...自分の魔力がごっそりなくなってしもた...体に力が入らへん...」


彼女の声は震えていた。

あっけらかんとした態度はなりを潜め、明らかに怯えている。

何度か深呼吸をして、立ち上がろうとするも足に力が入らず、再び膝をついてしまう。


「何が起こったんだ?オレの魔法のせいなのか?」

「分からへん...こんなこと初めてや...ちょっと待ってな」


ハイネは手のひらを前に向け、呪文を詠唱しようとした。

「稲妻、駆けよ。電撃術<サンダーショック>」


しかし、何も起こらなかった。

先ほどは難なく発生させて青白い稲妻が姿を現す気配はなかった。

彼女は何度も呪文を詠唱したが、やはり結果は同じだ。

魔法は発動しない。

ハイネは小さく、「ダメか...」と呟いた。


「セラくんの黒雷には...相手のマナを奪う効果があるんかもしれへん...」

「それって...どれくらいで回復するんだ?」


彼女の返答は沈黙だった。

分からないということだろう。


私には初めて見せる弱った表情を浮かべていた。

彼女の魔力が回復するまでどれくらいの時間がかかるのか、もしくは回復すら許さないのか。

それは誰にも分からない。

早くもデミに相談しなければいけない事案が発生してしまったようだ。

訓練を終えたあとに向かうことにしよう。


---


「ちょっと休憩させてもらうわ...かんにんな」


ハイネは近くの木陰に座り込んだ。

彼女の額には冷や汗が浮かんでいる。

魔力を失った影響は想像以上に深刻らしく、立っているのも辛そうだった。


私は彼女の隣に腰を下ろし、自分の力について考えを巡らせていた。

魔力を奪う能力――それは確かに強力だ。

応用が利くようになれば戦術の幅も大きく広がる。

しかし、万が一味方に誤って当ててしまったら、取り返しのつかないことになりかねない。


「ハイネ、どれくらいで回復するか分からないが今日の訓練はここまでにしよう」

「いや、待ってや。ひとまず今起きた出来事を正確に把握しておかんと。実戦で困ることになる」


確かに彼女の言葉はもっともだ。

私の能力について理解を深めることは最優先事項だ。

デミに相談するにしても、分かる範囲は自分で調べた方がいいだろう。


「分かった。でも無理はするなよ」

「おおきに。それでな、セラくん。君の雷撃を受けた時、変な感覚があったんや。普通の雷撃なら、痛みや痺れを感じるだけやねん。でも君のは違った。それだけに飽き足らず、まるで体の中から何かを吸い取られるような...もしかしたら、君の黒雷はもっと複雑なものかもしれへん」


それで脱力したのか...

危険なことには違いない。

違いないが――裏を返せば魔法を直撃させることで相手を傷つけることなく無力化出来るということになる。

厳しい訓練を積んできた自負はある。

敵を目の前にした時、相手が人族であろうと躊躇なく槍を振るえるだろう。

振るわなければ、ならない――しかし人を殺すということに、不安が無いと言えば嘘になる。


出来るなら、傷つけたくはない。

戦争は、戦士の一騎打ちとは違うと学んだ。

親がいて、その死を悼む者がいるのは敵だろうと味方だろうと同じことだ。

どんな生物でもそれは変わらない。


「ウチの感覚としては...ここから悪化する予兆はない。恐らく一時的なものやと思う。でも、もっと強力な魔法だったらヤバかったかもなあ。魔法に依存している敵に――致命的な一撃になる」


私の能力は諸刃の剣だが、正しく使えば戦場で大きなアドバンテージとなるだろう。

朝の鍛錬の中で練達を深めていく必要があるな。


「デミに相談してみるのがええかもしれん。あーでも、あいつの洞察力は変態じみてるさかい、おかしなことされんよう気い付けてな」

「ああ。訓練が終わったら研究室を訪ねてみるよ」


私たちの様子を見てか、走っていたウィルが近づいてきた。

彼は汗をかいているが、まだ余裕がありそうだった。


「隊長、ハイネさん、どうされたんですか?何か問題でも?」

「心配するな。ちょっと魔法の訓練で予想外のことが起こっただけだ」


私は詳細を説明することを避けた。

ウィルに余計な心配をかける必要はないだろう。


「そうですか。それより...フォウさんとビューラさんが心配です。特にビューラさんは何度も吐いています。あ、また吐いた」

「はあ...あいつらは今回の一件を教訓にしてもらわないといけない。本当の限界まで走らせるぞ」


---


昇った日が姿を隠そうとした頃、ウィルがそろそろ限界を迎えようとしていた。

フォウもビューラも辛うじて足を動かし続けているが、とうに限界は越えているのが見て取れる。


三人の訓練も今日のところは頃合いだろう。

その間私はハイネから魔法の技術指導を受けていた。

雷撃術は基礎の魔法で、それ以上の魔法は人がいない場所で試すことになっていた。

教本のようなものも借りる事が出来たし、上々だ。


「訓練、止め!全員戻ってこい!」


全員足を止め、こちらに向き直る。

息絶え絶えながらも全員が戻ってきた――これなら大丈夫だろう。


苦労を共にした仲間には絆が出来ると母さんから聞いたことがある。

...私には無縁だったから、実感はない。


「皆、よく頑張ったな。今日の訓練はここまでにしよう。」


私は彼女らの努力を認めた。

二日酔いの状態で、それでも最後まで諦めなかった姿勢は立派だ。

フォウもビューラも相当疲労していたが、まだ立っていることはできた。

もういろいろ吐ききったようだな。


「今日はしっかり休みように。それと、夕食を抜くなよ。体の回復には食事が絶対に必要だ。どんなに気分が優れなくても必ず食べるように。フォウ!ビューラ!聞いているか?」

「了解...」「は、はいいぃ...」


二人は私の言葉に力なく返答した。

ウィルを見るとさわやかな表情だ。

意外とまだ限界は遠かったか。

私のやってきた訓練は厳しすぎたと思っていたが、まだなんとかなりそうだな。


流石は騎士団だ。

なかなかに鍛えられている。

明日からはもっと厳しくしよう。

ハイネの基礎体力も知っておきたいところだ。


「ウィルは――なんだ、まだいけそうだな」

「はい。もう少し続けられそうです」


彼は嬉しそうに頷いた。

素晴らしい向上心だ。

あの選抜試験で見せてくれた胆力の根幹はこの体力にあるのだろう。


「では訓練を終了する。明日も同じ時間に集合してくれ。今後は体調に気を付けるんだぞ」


ハイネを含めた四人は敬礼し、訓練場を後にした。

私は改めて自分の能力について考えていた。


"彼"からの贈り物であるこの力と、どう向き合うべきか――問われている気がする。


敵を活かすためか、殺すためか。

簒奪者としての矜持を自分の中で積み上げていかなければならない。

なんにせよデミに相談する必要がある。

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