018.ダークエルフの研究者
<<呪いの槍改め、セラ・ドゥルパ視点>>
杖をついて救護室から出ると、何人もの騎士から歓迎された。
バッケン四天将との死闘は、騎士団内の雰囲気を大きく変えたらしい。
性差別のようなものは、あまり感じられなくなっていた。
残念ながらそれは、私に対してのみだったようだが。
女性の騎士達も親しみを込めて挨拶をしてくれるようになっていた。
そして鏡を見た時、一瞬それが自分だとは気づけなかった。
茶色だった髪の毛はすべて真っ白になり、老人のようになってしまったのだ。
これが一過性のものなのかはその時分からなかったが、
恐らく自身が呪いになったことが原因なのだろうと、すぐにあきらめた。
別に...前の髪の色に執着があったわけではないし、今はもう慣れたよ。
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その後、アムから私が眠っている間のことを聞いた。
フレデリックが前線で拠点からの報告を受けた時、丁度次の攻勢に入る算段を立てていた。
然し初級騎士達はすでに疲弊しており、相当数の犠牲が出てらしい。
帝国軍の兵士たちの練度と、自らの未熟さに心を折られていたのだ。
そしてフレデリックは理解した。
兵糧の状況、
拠点の人的被害、
四天将の襲撃――そして、
とある少年兵が撃退したことを。
兵糧の無い状況での戦闘継続は、敵の拠点と落とすほかない。
しかしそのための戦力は、意気消沈した初級騎士のみ。
フレデリックは撤退を決断した。
今回の南部戦線における陽動作戦は、
長期間敵を南部に留め、北部前線の奪還を推し進める為のものだった。
――その中で、戦死者八十九名、負傷者多数、そして矛を交えたその日の内に撤退という結果。
誰がどう考えても大敗と言わざるを得なかった。
新暦268年の初夏、ルクセン平原の戦いはフェナンブルク王国の敗北で幕を下ろしたのだった。
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怪我も癒えて来た頃、団長の執務室に呼び出された。
入るとそこには、フレデリック副団長と、隣に見慣れないダークエルフの少年が立っていた。
ふと思い返すと、以前シンシアが招集をかけた際、フレデリックと並んで立っていた記憶が蘇ってきた。
相変わらずシンシアの肩には横柄な態度の"白い梟"が――
そして、ダークエルフの少年も、"灰色の蛇"が巻き付いていた。
見世物小屋かここは、そう思ったよ。
「セラ・ドゥルパ初級騎士、ご命令に従い参上致しました」
「わざわざすまない、ドゥルパ。怪我の調子はどうだ」
「順調に回復しております。お気遣い、感謝致します」
挨拶もそこそこに、シンシアは本題を切り出した。
「さて、来てもらったのは他でもない。先日の陽動作戦において、敵将の拠点攻撃を一人で抑えたと報告を受けている。君の活躍で、多くの騎士達が救われた。心から感謝する。」
その時のフレデリックの眼差しが暑苦しくってな。
直視できないほどだった。
ダークエルフの少年は興味が無さそうにポケットから黒いハンカチを取り出していじっていた。
――あの癖は治したほうがいいぞ。
「いえ、私がもっと力があれば...犠牲も出なかったし、食糧も無事でした。敵将にとどめを差したかったのですが、逃亡されてしまいました。申し訳ありません」
「謙遜は不要だぞ、ドゥルパ――ではそろそろ呼び立てた要件を伝えなければな」
「セラ・ドゥルパ初級騎士。今回の君の功績を称え、異例ではあるが、君を中級騎士に昇級させる。そして、規模は小さいが君に数名の隊を預ける。...フレデリックの目は節穴ではなかったな」
「ううううおおおおおおおおぉぉぉぅ!吾輩っ!感動っ!!!!!」
シンシアの突拍子もない話も驚いたが、私以上にフレデリックが心を動かされたみたいでな。
逆に冷静になってしまったよ。
「...ありがとうございます。でも、そんな簡単に昇級出来るのでしょうか?」
「無論、否だ。しかし今回の功績は、何より命を賭して仲間を守ったということ、四天将をも退ける力を見せたことだ。何より、君の戦いを見た男性騎士からの上申が背を押した。押して然るべきだろう――誇っていいぞ、ドゥルパ」
「シンシア、割り込ませてくれ。私も彼の話を聞きたいんだ」
声を上げたのは、ダークエルフの少年だった。
中性的な声で、見た目と違って随分と落ち着いた雰囲気を纏っている。
さっきまでハンカチをいじっていたとは思えないほど、知的な印象を受けた。
「あー...そういえば君、私の事を知らないよね。魔法研究室の室長を任せてもらっている、デミ・フォレストだ。デミと呼んでくれて構わない。それと、こう見えても騎士団創立時からここにいるからね。」
以前フレデリックから聞いた話だと、確か騎士団の創立は新暦200年だったはずだ。
区切りの良い数字で覚えやすいなと思った記憶があった。
「ドゥルパ君。君さ、目が覚めたら髪の色が変わったいたそうだね。んっふふ...何か心当たりがあるんじゃあないか?」
「それは...どういう意味で仰っているのでしょう」
心臓が、跳ねたようだった。
私の正体に勘付いたのか、デミは嘘くさい笑顔でゆっくりと近づいてきた。
目はまったく笑っていない。
先ほど触っていた黒いハンカチをくるくると指で回していた。
「私はね、ドゥルパ君。この髪が白くなるという現象に、非常に興味があってね。見ての通り私も白髪だが、これには当然理由がある。ダークエルフに"なった"理由がね。一般的に白髪というのは、強力な魔力負荷がかからない限り発生しえないんだ。だからぁ、若い男性で白髪というのは――おかしな話だよねえ。フレデリックとは違って、君は魔力適正が無いと聞いているし」
早口で畳みかけるデミの確信めいた問いに、私は冷や汗をかいた。
無意識に後ずさりしてしまう程にね。
しかし負傷が尾を引いて、後ろに転んでしまったんだ。
「危ないっ!」
デミはすぐに私に駆け寄り、肩を支えてくれた。
そこで、おかしな事が、起きてしまった。
デミのハンカチが”黒く放電"して、そのまま焼けてしまったんだ。
焼け焦げた"損ねた"布の一部が床に落ち、ゆっくりと色を変えていく。
薄い――緑色に。
どこかで見た記憶があったそれは、
以前の私には何の価値もなかった、魔力適正検査で使用するマナトリ草で編んだ布だったのだ。
その一連の様子を見ていたデミは、まるで玩具を与えられた子供のように、純粋な笑顔で私を見た。
その口から発せられた言葉は、今度こそ私の心臓を止めるものだった。
シンシアやフレデリックに聞こえない囁き声で、彼は言った。
「君ぃ、一度死んだでしょ」
そう、君には本当に驚かされたんだ、デミ。




