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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第二章 -ルクセン平原の戦い-
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016.届かぬ槍

『セラ、すでに槍で傷をつけている。君さえよければ私の呪いで...』

「水を差すんじゃあねえ。」


私の申し出は間髪入れずに棄却されてしまった。

カルラとも長く共に戦ってきたが、これほどまで心を動かされたことはなかった。


元々カルラの頼みだったし、最初は興味本位だった。

しかし彼女の息子が、

十一歳の少年が、

強敵を前に一歩も引かず槍を振るうその姿は――美しかった。


美しかったんだよ、とてもね。


セラとゾーイの死闘は、既に開始から三十分以上も続いていた。

両者とも重傷を負いながらも、一歩も譲らぬ攻防を繰り広げている。

私は槍として彼らの戦いを見守りながら、この戦いが既に常人の域を超えていることを実感していた。

十一歳の少年が一軍の将と互角に渡り合うなど、本来はありえないことなのだ。


ゾーイの左目からは絶えず血が流れ続けており、視界の半分を失った状態での戦闘は明らかに彼女を不利にしていた。

しかし、それでもなお彼女の剣筋は鋭く、衰えを見せない。

一方のセラも、わき腹の傷から大量の血を流しており、その顔色は既に青白くなっていた。

体力の消耗は激しく、息も荒い。


それでも彼は――槍を、構え続ける。


「君とは...肩を並べて戦いたかったよ、セラ」

「...アンタが味方ならよかったのにな、ゾーイ」


言葉以上の何かが込められた、両者の短い問答。

実力を認め合い、

命を賭して戦った者同士の、

戦士としての敬意と畏怖。


周囲では、異変に気づいた騎士たちが徐々に集まり始めていた。


彼らは恐る恐る戦いの様子を見守っている。

誰も加勢しようとは思わなかった。

出来ないからだ。

目前の信じ難い光景を目の当たりにして、誰もが息を呑んでいた。


―――恐らくこれは、伝説の始まり。

誰かの記憶に色褪せることなく刻まれる、強者の戦い。

彼の背中を見た者は、きっと何かを受け取るだろう。


今、セラの心に灯る篝火は高く燃え上がる。


しかしゾーイは、セラとの死闘を繰り広げながらも周囲の状況判断を怠らなかった。

集まりつつある王国の騎士を傍目に、彼女は唇を噛む。

このまま戦闘を続けていては、いずれ数の力で押し切られてしまうだろう。

帝国四天将の判断は迅速だった


――彼女は構えを解き、剣を下ろす。


「セラ・ドゥルパ。この続きはいずれまた――必ず。ここで私が捕らえられるわけにはいかないのでね」

「逃げるのかよっ...!」


彼女は動じない。





「いいや、"もう勝っている"よ」





ゾーイは詠唱を始めた。

その声は先ほどまでの戦闘で掠れていたが、それでも明確に呪文を紡いでいく。


「水は集い、束なる。流れは生まれ、敵を穿つ。大いなる奔流の力を今ここに!高圧水流<トレントスプラッシュ>!」


ゾーイが放った高圧水流は、セラに向けられたものではなかった――


彼女は地面に向かって最大出力の水流を射出したのだ。

凄まじい水圧の反動により、ゾーイの体は空中に舞い上がる。

水の噴射で推進力を得た彼女は、砦の壁を越えて空中を移動していく。

騎士たちは唖然として、敵将の離脱を見送るしかなかった。


私も、水魔法をあのように利用する者は初めて見たよ。

生身の状態で、魔法を推進力として使用するなど常人には思いついてもやろうとは到底思えないだろう。


あー、待て。今いいところなんだから、"その"話は後にしろ――続けるぞ。


セラは地面に膝をついていた。

ゾーイの撤退を阻止しようと動こうとしたが、既に体力の限界を超えていた。

大量の失血で彼の意識は朦朧としており――体温が下がり始めていた。

青白かった顔は更に白くなり、彼の魂は今まさに現世を離れようとしていた。


「くそ......」


セラの呟きは、ゾーイに届くことはない。

しかし、十一歳の少年が四天将を撤退に追い込んだという事実は、誰の目にも明らかだった。

周囲の騎士たちは、この少年への見方を完全に改めることになるだろう。

その内一人の騎士が救命道具を急いで持ってきたが、それを待たず――セラは力尽きて気を失った。


ゾーイが砦から離脱した後、騎士たちは戦闘の痕跡を調べ始めた。

そして、彼らは愕然とする。

食料庫の中の兵糧が全て切り刻まれ、凍結されていたのだ。

あの敵将は単独で敵拠点に乗り込み、補給路を断つという戦略的な行動を取っていたのである。

引き際の捨て台詞では、なかった。

それを見た誰もが、もう戦闘の継続が不可能だと察したことだろう。


騎士たちは改めて敵の実力を思い知った。

言葉の通り、決定打を与えたのだ。

その場の全員が意気消沈していたその時、砦の入口からアムを先頭とした数人がハイドラに跨って戻ってきたのだ。

彼女たちの表情は険しく、明らかに急いで駆けつけてきたことが分かる。


「皆、無事ですか!...セラっ!大丈夫!?」


担架に乗せられたセラを見つけたアムは急いでハイドラから降り、セラの元に駆け寄った。

彼女の顔には純粋に後輩を心配する表情が浮かんでいた。

しかしセラの傷の深さを見て、アムの表情はさらに険しくなっていく。


「フレデリック副団長が拠点攻撃の可能性を読んで戻ってきました。...四天将は?」


気を失ったセラの代わりに、周囲の兵士が一連の報告をした。

アムは苦しい表情で聞き終えた後、連れてきた騎士の一人を前線に戻らせた。

状況をフレデリックに伝え、判断を仰ぐ為だろう。

すぐに翻し、担架のセラに駆け寄る。


「セラ!目をあけろ!セラ・ドゥルパ!」

アムの声には切羽詰まった響きがあった。

彼女は必死にセラの意識を取り戻そうとしたが、無常にも彼の呼吸は更に浅く、脈も弱くなっていった。

周囲の騎士たちも懸命にセラの処置を続けた。

食糧を守って殉職した騎士の他には、怪我を負ったものは誰もいなかったからだ。


彼が命がけで拠点を、他の騎士を守ったことを皆理解していた。


「急いで止血を!」

「絶対に彼を死なせるな!」


負傷者用のテントに運ばれたセラは既に虫の息になっていた。

私が憂慮した戦争の恐ろしさが、こうも早く牙を剥くとは正直思ってもいなかった。

私自身も考えが甘かったと言わざるを得ない。


英雄譚と言えば、弱き者が強き者を打ち倒し世界に平和をもたらす話だが―――


現実はそう甘くはない。




セラの魂は体から離れようとしていた。

そしてそれは、もう間もなく訪れるのだと私には分かっていたのだ。

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