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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第二章 -ルクセン平原の戦い-
13/79

013.初陣

<< 呪いの槍視点 >>


大陸の西に位置するフェナンブルク王国、

そして東に位置するゴア帝国、

この両国を南部で繋ぐのが今回の戦場となる――ルクセン平原。


彼の地の朝は、戦争の緊張感で重く覆われていた。

広大な草原の一角に、フェナンブルク王国騎士団の陣営が築かれている。

昨日の夕刻から土属性魔術士たちが総出で構築した岩石壁が、簡易的ながらも堅固な砦を形成していた。石の壁は人の背丈ほどの高さがあり、所々に弓矢を放つための射撃孔が設けられている。

その内側では、五百名を超える初級騎士たちが出陣の準備を進めていた。


セラは砦の一角で、他の男性騎士たちと共に矢筒の整理をしていた。

彼の表情は笑えるほどに不満そのものだった。

作業をする手にも苛立ちが現れている。

周囲の男性騎士たちも似たような表情をしており、誰もが同じ思いを抱いているのは明らかだった。


「なんでオレが後方で荷物の整理なんだよ...」

セラの呟きは小さかったが、近くにいた男性騎士の耳に届いたらしい。

三十代半ばに見える男性の騎士は、まるで我が子を見るような優しい顔でセラの事をまっすぐ見据えた。


「仕方ないさ、セラ。これが現実なんだ。俺たちに前線で戦う機会なんて、最初から与えられていないんだよ」


男性騎士の声に滲む、長年の諦め――セラは拳を握りしめたが、何も言えなかった。

入団してまだ一ヶ月、この現実を受け入れるしかないのかもしれない。

この頃のセラには、現在の待遇にフレデリックの思い遣りが介在している事など考えられなかったろう。

男女の性別の前に、子供なのだ。


一方、砦の中央部では女性騎士たちが武器の点検と最終的な戦術確認を行っていた。

アム・グリエもその中にいて、愛用の剣を丁寧に研いでいる。

彼女の表情は強張っていた。恐らく彼女もまた、セラと同じく初めての実戦なのだろう。


「アム、準備はどうだ?」

彼女に声を掛けたのは、アムより少し年上に見える女性騎士だった。

実戦経験が豊富なのか、落ち着いている。

今回の作戦で中隊長の一人に任命されたギームイ・ロト上級騎士、だったか。

顔についた戦傷が中々良い味を出している。


「はい、いつでも行けます。でも...本当に陽動作戦なんでしょうか、ギームイ先輩?」

アムの疑問は当然だろう。

陽動とは言いながら、投入される戦力は決して少なくない。

五百名を超える騎士団を動員するのは、単なる陽動にしては規模が大きすぎる。


それが――何人死ぬかも算段に入れた構成だとは考えないのだろう。


「それは上層部が決めることよ。私たちは与えられた任務を全うするだけ。ただし...」

ギームイは声を低めた。


「敵も馬鹿じゃない。こちらの意図を見抜いている可能性もある。油断は禁物よ」


二人の会話を聞きながら、私は複雑な気持ちだったよ。

この作戦が本当に陽動で終わるのか、それとも予想以上の激戦になるのか。

いずれにせよ、セラが戦場に立つ機会は与えられそうにない。

彼の実力を知る私としてはもどかしい限りだったが――

それと同時にまだ戦場に出るのは早いとも感じてしまったのだ。


太陽が中天に昇る頃、砦の中央に設営された天幕から、一人の人影が現れた。

フレデリック副団長である。

しかし、その姿を見た瞬間、セラを含む全ての騎士たちが息を呑んだ。


「ちょ...ええぇ...フ、フレデリックなのか?」

セラは思わず驚嘆の声を漏らした。


フレデリックの顔には、丁寧に施された化粧が施されていた。

不精髭は綺麗に剃られている。

頬には薄く紅が差され、唇には艶やかな口紅が塗られている。

眉は細く整えられ、目の周りに黒い目弾き――

そして艶やかに風に靡く長い髪...まあカツラだな。


その姿と振舞いはまるで、どこぞの貴族のようだった。


「皆さん、いよいよ出陣の時が参りましたわ」

フレデリックの声は、普段の低い男性の声ではなく、少し高い声になっていた。

その変貌ぶりに、セラは目を丸くして見つめている。


「フレデリック――副団長、その姿は...」セラが言いかけた時、周囲の女性騎士たちから歓声が上がった。


「フレデリック様、今日もお美しいです!」

「副団長に続いて戦えるなんて、光栄です!」

「私たち、絶対に勝利してみせます!」


女性騎士たちの士気は一気に高まった。

彼女たちの目には、明らかな憧憬の色が浮かんでいる。

フレデリックの戦化粧は単なる変装ではなく、部隊の士気を高める重要な儀式だったらしい。


「ありがとうございます、皆さん。私も皆さんと肩を並べられる事――誇りに思いますわ。今日は陽動作戦とはいえ、敵も本気で迎え撃ってくるでしょう。しかし、私たちには負けられない理由があります」

フレデリックは優雅に手を上げると、女性騎士たちは熱狂的に応えた。


「この戦いは、王国の未来を左右する重要な作戦の一部です。私たちが敵の注意を引きつけることで、北部戦線での反撃が可能になります。」

「あの...副団長。オレも前線で戦わせてください。後方支援だけでは...」

セラが勇気を振り絞って声をかけた。


彼の言葉遣いもかなり改善されたのだ。あのアムという小娘にも感謝せねばなるまい。


「セラくん」

フレデリックはセラの方を向いた。

母親が子供を諭すような――優しい表情で。


「あなたの気持ちは分かりますわ。でも、戦争というのは適材適所が重要なのです。あなたたちには後方での重要な任務があります」


「でもっ!」「セラ・ドゥルパ初級騎士!!」


フレデリックの声には、有無を言わせぬ雰囲気があった。

「命令です。後方で補給と支援に徹してください。これも立派な戦いの一部ですのよ」


セラは唇を噛んだ。

戦争が個の戦いではない事を学んだ以上、自分の考えを無理やり通す事が如何に浅慮なのかは誰しも理解出来る。

セラもひとつ大人になったという事だな。


「...わかり、ました」


フレデリックは満足そうに頷くと、再び女性騎士たちの方を向いた。

「それでは、出陣の準備を整えましょう。敵陣まではおよそ三キロメートル。途中で敵の斥候と遭遇する可能性もあります。警戒を怠らないように」


女性騎士達は美しく統制された敬礼で応える。

「近接攻撃部隊は私が直接指揮を執ります。中距離攻撃部隊はギームイ小隊長、頼みますわよ」

「はい、フレデリック様!」


ギームイの返答は一種の崇拝じみた感情が込められていた。

フレデリックの戦化粧した姿は、女性騎士たちにとって憧れの象徴らしい。

騎士たち士気の上がり方は尋常ではなかった。


準備が整うと、フレデリックは砦の門の前に立った。

その傍らには、トカゲのような体躯をした大型の二足歩行獣が控えていた。

強靭な脚力を持っているのが一目で分かる。

ハイドラと呼ばれる騎馬の代わりとして使用される騎獣だった。


フレデリックは優雅にハイドラの背に跨ると、全軍を見渡した




――そして時は満ちる。


「...全軍、出陣!」

フレデリックの号令と共に、女性騎士たちが砦から出発していった。

近接攻撃部隊が先頭に立ち、中距離攻撃部隊がそれに続く。

彼女たちの足音が大地を踏み鳴らし、戦場へと向かっていく。

セラは砦の壁の上から、出発していく部隊を見送っていた。


その目には悔しさが色濃く出ていた。

彼の手は無意識に槍の柄を握りしめていた。


『セラ、焦るな。いずれ、君にも戦う機会が訪れる。今は我慢の時だ』

私は彼に語りかけた――もちろん、周囲に聞こえるような声ではない。


しかし、セラの気持ちが収まることはなかったし、

遠ざかる自軍の背中から目を反らすこともなかった。


...出来なかった。


砦で待機していたセラは、戦場の様子を固唾を呑んで見守っていた。遠くから聞こえてくる戦闘音と、時折上がる煙を見て、戦いの激しさを実感していた。そして、風に乗って運ばれてくる血の匂いが、戦争の現実を物語っていた。


「くそ...オレも戦いたいのに...」


セラの呟きは、誰にも聞こえることはない。

この少年の戦いたいという気持ちは本物でも、彼はまだ戦争の真の恐ろしさを理解していない。

戦いはまだ口火を切ったばかりであり、平原での様相はこれから更に激化していくことになる。

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