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「この……小娘がッ!」


 まずは一人。

 挑発で頭に血が昇ったのか、連携も忘れた男の斬撃を、あえて前へと踏み込んでかわす。

 タイセイの動きに比べればあくびの出るような鈍重さだ。

 そのまま一気に詰めた間合いから、レガリアは体内の魔力の流れを操りながら膝で男の股間を蹴り上げた。


「がっ!」


 魔力の乗った痛打に男がたまらず声を上げ体をくの字に歪めたところに畳み掛ける。

 右腕は素早く弧を描き掌底を男の腹に叩き込む。

 ガチャリと重い音を立てて男の手から剣が落ちた。


 その体がゆっくりと地に倒れ切る前に、残る一人の前に素早い踏み込みで近づく。

 同時にドレスから引きちぎった装飾を無数の魔力を帯びた礫として投げ放った。


「こざかしい真似を……!」


 払いのけようとした男の前で礫は一気により細かな粒子となってその視界を奪う。

 塵にやられ、目を思わず覆ってしまった男は完全に隙だらけだった。


 それを見逃すレガリアではない。

 矢継ぎ早に掌底を打ち込み、続けて顎を下から綺麗に蹴り上げる。

 すっと足を下ろすと同時に、意識を手放した男がどさりと音を立てて倒れた。




「術式開放」


 拘束用の魔導具を放れば、植物のツルに似たそれが倒れた男たちの体の自由を奪っていく。

 ふーっと息を吐くのとタイセイがやってきたのはほぼ同時だ。


「ほう、自力で切り抜けたか。流石にいつまでも童扱いはできんな」

「……試してたでしょう」


 じろりと睨んだレガリアにタイセイは悪びれもせずに笑いで返す。

 そういう男であることは前々からわかっているだけに、レガリアは──悔しいことに――その笑顔を向けられたことに誇らしささえ感じていた。


「あっちは?」


 レガリアの問いにタイセイはにっこり笑う。

 こういう笑いは、過去の経験上あまりいい傾向ではない。


「うむ、聞いて驚け、やつら逃げおおせおった。やはり手練れ相手に不殺は難しいな!」

「喜ぶなバカ!」


 レガリアの叱責にタイセイがぶうと膨れる。

 いかつい顔つきのくせに、こういう時は本当に子供じみている。

 ため息をつくレガリアに、急にタイセイが表情を引き締めた。


「それより良いのか、せっかくのドレスが台無しではないか。上着なら貸すぞ?」


 気遣いはありがたかった。

 その場の勢いとはいえ、裾は縦一直線に裂けているし、せっかく小さな宝石まで縫い込んだ装飾はちぎれて台無しになっている。

 受け取るかと考えた瞬間、タイセイの上着がレガリアの視界に入った。


 艶のある黒い生地の中の、金糸で刺繍された獣と目が合う。

 勇ましいと言えば聞こえは良いが、正業の者が着る装束ではない。


 この趣味は、はっきり言って――悪い。


「いや……その気持ちだけで十分だ……」








 夜更けになって港を出る一隻の船があった。

 このあたりでは見通しの利かなさもあるが、海魔の襲撃も考えられ、夜は避けられることが多い。

 つまりそうするだけの事情が、この乗り手にはあるということだ。


「いやぁ、結局『星の乙女』にはまるで近づけなかったなぁ」


 明るく笑うのは、学院ではヴィルヘルムと名乗っていた男である。


「やる気もたいしてなかったでしょ、王子の許嫁にばかりかまけててさ」


 己の相棒である双剣の手入れをしながら、少年が睨む。

 背丈こそそれなりだが、顔立ちにはまだあどけなさが残る。


「仕方ないだろう、ああいう子は和むんだよ〜」


 クネクネとおどけて身をひねる男に、傍らの年嵩の男が見かねたように口を開いた。


「つまり、今回の本題は他人の恋路の後押しと……本国へ、報告なさるおつもりで?」

「いやあ、そこはこう…なんかいい感じに、あーそうそう聖女襲撃のテストケースとして、うん、そんな感じで行こう!」


 はーっと大きなため息をつく二人を前に、一向に悪びれる様子もなく男は終始にこにこしていた。

 なにしろ本当に、彼にとってあの令嬢の裏表のなさは、なかなかに楽しい時間を過ごさせてくれたのである。






 四阿のまわりではすっかり野バラが咲き誇っていた。

 花の香りを楽しみながら、レガリアは少し塩を効かせた焼き菓子を味わっている。

 アラステアとイザベルもゆっくりと茶を味わう。

 忙しないのは、少し離れて何か武術の型らしきものをせっせと続けているタイセイくらいである。


「義兄上は、モントローズ嬢と卒業後に式を挙げるそうだよ」

「それは何より…けど、ご令嬢の方は大丈夫でしたか?」


 アラステアへのレガリアの問いは当然のものであった。

 結果論ではあるが、悪気がなくとも彼女があの『ヴィルヘルム』らを招き入れてしまったようなものなのだから。


「そこはリチャード様が随分とご尽力されたとか。立太子争いから降りたのも彼女のためでしょうね」


 なんでもないことのようにイザベルは言うが、レガリアは少しばかり驚いていた。


「思い切りの良い方なんですねえ……」


 しかしそもそも、レガリア相手に式典のさなかに告白しようとした青年である。

 その度胸を考えれば、案外そんなものなのかもしれない。

 お茶のおかわりをしながら彼は一つため息をついた。


「ああそうそう、件の『ヴィルヘルム』の方だが、芳しくないね」

「三人捕らえましたが……」


 イザベルがぱりっと焼き菓子を行儀悪くかじる。


「三人とも、隣国の冒険者ギルド経由の請負で依頼主の素性はわからずよ、まったく……」

「ギルドも地域によりけりですからね」


 なるほど、だから自身の挑発でああも動きに精彩を欠いたのかと、レガリアは納得した。

 おそらくタイセイを相手取って逃げおおせた、あの二人が『ヴィルヘルム』の手足と考えた方がいいのだろう。


「まあどうせ帝国よ。あそこは『聖女』に興味津々ですもの」

「叔父上がかなりチクチクと嫌味な外交をしているからな、しばらくは大人しくしていると思うがね」


 面倒な。

 レガリアは天を仰ぐ。

 そこにイザベルが意味深な目を向けた。


「それよりねえレガリア、せっかくだから今のうちにあなたは自分自身のこと、もう少し頑張りなさい?」

「は?」


 イザベルの言葉にアラステアが腕を組んでうんうん頷く。


「そうだな、モントローズ嬢を少し見習ったほうがいい、どうせ君のことだ『変に拗らせるより今の方が心地良い』とか言って何十年もそのままになる決まってる」


 突然の矛先にレガリアはぶんぶんと首を振り、否定する。


「いや、その、知っての通り『聖女』は次代が出るまで老いず死なずで、連れ合いなど作るわけには」

「時告さまはあなたの大お祖母様でしょうに」

「あの人は心臓に毛が生えてるんです、でなきゃお忍びで夜会に出たりしませんよ!」


 曾祖母でありレガリアの女装の元凶である時告の乙女は、今も年若い娘の姿である。

 年頃には曽祖父と大恋愛の末に家庭を築いたおかげで、無事家も続いてレガリアやその兄弟も世に生まれたわけではある。

 その彼女と共にいると姉妹のようだなとと言われてしまうので、レガリアとしては二重の意味で勘弁してほしかったりする。


「とにかく取り残されるのなんて、私は嫌ですよ」


 とりすまして言うレガリアに、イザベルがいたずらっぽい目を向ける。


「あなたねえ、アレだって突然『真実の愛』に陥らないとも限らないのよ?」


 彼女の視線の先を追ってレガリアは呻いた。

 そこにはきょとんとした顔のタイセイが立っている。


「いや、タ、タ、タイセイが誰と恋に落ちようが私にはどうこう……」

「何の話かはよくわからんが、今代の御子につかえるのが与えられた使命だ。わしはレガリアが息絶えるまで共におるぞ?」


 軽く言い放たれた言葉の中身にレガリアは硬直した。

 やがてじわじわと耳が赤くなっていったが、彼はそれを自覚することはなかった。




「イザベル」


 かたまっているレガリアとそれに怪訝な顔をしているタイセイを眺めつつ、アラステアが耳打ちする。

 イザベルもわかったものでそっと身を寄せる。


「いまさらだが、そういえばアレ、全然老けないな」

「レガリア……いつ気づくんでしょうね」



この世界の冒険者ギルドは民間軍事会社くらいの位置付けです。

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