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そして魔女は造られた  作者: 狐花
一章 吸血鬼騒動
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5.未知との攻防


 長剣の刃を立てながら触手の動きを予測し、頭の横に剣を置いた構えから大きく踏み込んで、すくい上げるように鋭く剣を振り抜き迎撃する。


 重い手応えが伝わり、切断された触手が霧のように消散した。剣で断ち切れるような物体であることにひとまずは安心する。


 だがシリルが触手を切り払ったところへ、二本目の触手が角度を変えて襲い掛かってきた。動きに合わせてこれも切り落とすが、続けて三本目、四本目……それ以上の触手がシリルに向かって伸びてくる。


 それらすべてを剣で受けきるのは不可能で、防御魔法を織り交ぜないと到底耐えられそうにもない。


「――“水よ 氷となり 楯となり 守れ”」


 魔法陣の青白い光が一閃し、ちょうどシリルの左側面を守る範囲の、氷の防壁が顕現する。冷気に覆われた真っ白な厚手の楯は、対射撃防御に特化した風の防壁とは比較にならないほどの強靭さをもって触手達の一撃を受け止めると、無数の白い氷片となって砕け散った。


「“火よ 三つの刃 火の槍となり 貫け”」 


 動きが止まった触手の束を長剣で立て続けに断ち、反対方向の触手を火の投槍術で撃ち抜く。間隙を縫う中、ふと横目に見たヘルマンは大盾と防御魔法を巧みに駆使して触手をいなしているようだが、どうやらこの場を凌ぐのが精一杯のようだった。


「くそったれが! これじゃあキリがねぇぞ!」


 ヘルマンの悪態の通り、触手は本体である異形の身体からすぐに再生して、何度も襲いかかってくる。後ろに下がれば杭に、前に出れば触手に狙われる状況だ。


 杭のほとんどは後衛が抑えてくれているが問題は触手だ。痩せた木の幹のようなそれは、幸いにもあまり俊敏ではないので対処は難しくない。


 しかし数の多さと不規則な動きもあって予想以上に隙が少なく、二人は五十メートルも進まないうちに足止めされ、ほとんど前進できずにいた。


 ヘルマンの足が完全に止まっているのを見て、シリルは彼との間隔を一気に詰め彼を援護するように立ち回った。分散していた攻撃が一ヶ所に集中する反面、その分触手の軌道が読みやすくなり、二人が協力することでむしろ効果的に防御ができるようになった。


 余裕があるタイミングを見計らってシリルが言った。


「ヘルマンさん、思った以上に余裕がありません。俺が突っ込みますからみんなで援護をお願いできますか?」


 触手をさばきながら振り返ったヘルマンが目を丸くする。


「突っ込むってお前、まさか一人でやるつもりか!?」


 シリルが頷いて答える。


「時間をかけ過ぎると皆の余力が無くなります。ここは無理をしてでも短期決戦に持ち込むべきです」


 シリルとヘルマンは言うに及ばず、ジネットは杭の出現を防ぐために魔法を集中させていて異形を攻撃するだけの余裕がない。同じくアウレリアは後衛に降りかかる杭の猛攻を凌ぐのに手一杯だ。


 前衛も後衛も、このまま拘束され続けては体力も魔力も消耗し尽くしてしまうのは目に見えている。


 そうなったら全滅は免れない。ここは多少強引な手を使ってでも、この状況を打破するための決定打を早急に与える必要があった。


「だが危険だぞ!」


「わかってます。……だけどこのままだと本当になぶり殺しになるだけですよ!」 


 危険は承知の上だった。それに遠距離攻撃が無力化される現状では誰かが接近して確かな一撃を加える必要がある。誰かが危険を冒さなければならないのなら、その役割は自分にあるとシリルは思った。


「……勝算はあるんだろうな?」


「あいつはこの触手らしきものを使って火の投槍を防いでいました。推測ですが……本体に攻撃を集中させて触手をできるだけ守りに使わせれば、こっちを攻撃する触手は減るはずです。俺がその隙を突いて強引にでも接近します」


 そのために後衛と協力して援護に回ってほしいとシリルは言った。


「至近距離まで近づいた後は火の騎槍(ランス)を最大火力で叩きこんでやりますよ。……さすがに無傷とはならないはずです」


 ヘルマンも決心したように答えた。


「この状況じゃ確証がなくてもしょうがないか……。わかった。そうとなりゃこの時間さえ惜しい。アウレリアと嬢ちゃんにもすぐ伝える。……気を付けろよ」


 ヘルマンが後退を始めた。それを目で見送ったときに見えたが、後衛の二人も徐々に前へ距離を詰めてきていたらしく、思ったよりも近い距離に位置していた。


 シリルが駆け出すと同時にアウレリアが叫んだ。


「ヘルマン、私達も前に出るわ。全員で攻撃を集中させて押し切るのよ!」


 アウレリアもジネットも疲労の色を隠せていなかった。どちらも額に汗を浮かばせ肩で息をしている。今も継続して魔法を行使しているものの、この勢いが長続きしないのはヘルマンから見ても明らかに思えた。


「二人ともシリルを援護しろ! とにかく奴に向かって撃ちまくって、触手を使わせないようにするんだ!」


 合流したヘルマンが異形を剣で差しながら手短に伝える。アウレリアは一瞬驚きながらもすぐ状況を理解したらしいが、一方のジネットは困惑を隠せないようだった。


「シリルさんが一人で? そんな無茶な……」


「ジネット、話は後よ。こうなったら短縮詠唱で構わないからあの怪物に向かって火槍を間断なく撃ち続けて。私は杭を対処しながら隙をみて攻撃に参加する。ヘルマンは防壁魔法の維持をお願い。崩れそうになったら私が交代するわ」


 頷いたジネットが杖を振るい、宙に浮いた一つの魔法陣から十二の火槍が連射される。アウレリアが同じく火槍で杭が出る空間を制圧し始め、交差するように飛翔してきた杭の群れをヘルマンが風の防壁で弾き飛ばす。


 三人は適度に散会しながら、突撃するシリルとの距離が開き過ぎないように少しずつ前進を続けた。


 皆が援護の態勢に移るまでのわずかな間に、シリルは半ば強引に異形との距離を詰めつつあった。


 杭と触手が地面を無茶苦茶に叩きつけたおかげで石畳は砕け、下の地面までがむき出しになり土煙を巻き上げている。その煙幕の向こうから襲いかかって来る杭と触手をシリルは最小限の防壁で受け止めながら血路を開く。 


 途中、乱れた地面に足を取られる。姿勢を崩して地面に手をつき、反射的に氷の防壁を展開するが……それが砕かれたのはシリルの予想よりもはるかに遅く、すでに体制を立て直した後であった。


 それを見たシリルは確信を持って土煙を突き抜ける。その先で見えた異形の怪物は何本もの触手を振り回し、上空から絶え間なく迫る火槍を次々と、しかしどこか苦しげに叩き落としていた。予想通り魔法は命中こそしていないが、異形から攻撃手段の一つを確実に奪っていた。


 シリルに向かってくる触手の数も目に見えて減っている。遠距離用の攻撃手段なのか一定の間合いに入ってからは杭も降ってこない。そうなればわざわざ足を止めて防御魔法を使うまでもなかった。


 最小限の動きで攻撃を避けながら突き進み、気がつけば異形とは幾ばくかの距離。


 目前に佇む異形の姿――真っ黒なヘドロ状の粘液で覆われた人型の何かを間近で目にしてシリルの全身に悪寒が走り、冷や汗が背を伝う。不可解な存在に近づくにつれて、得も言われぬ恐怖が心の奥底から湧き上がっては手足が細かく震えだす。


 本能が「奴には近づくな」と強く警鐘を鳴らす一方で、それと同じか、あるいはそれ以上に「あの怪物を必ず倒さなければならない」と理性が訴えていた。シリルは大きく深呼吸をして、恐怖心を抑え込み、覚悟を決める。


 そこに二本の触手が左右の上空から迫ってきた。だがそれも最後の足掻きに過ぎず、シリルが火槍で迎撃しようと構える前に、横合いから飛んできた氷状の投槍に撃ち落とされ塵と消えた。


「今よ、攻撃を集中させて!」


 アウレリアが合図を出す。彼女が展開した六つの青白い魔法陣が揺らぎ、凍てつく氷塊でかたどられた投槍が異形に向けて撃ち込まれる。ヘルマンも防御を解いてそれに続き、ジネットは火槍を一斉射に切り替え放つ。


 火と氷の投槍が異形を襲う。距離にして三十メートルもない、近距離ともいえる間合いからでは防ぎきる余裕も無かったか、とうとう異形の本体に幾本もの槍が突き刺さり、その身体が大きくのけぞる。


 傷は瞬く間に塞がったが、それでも大きな隙をシリルの前に曝していた。


「“火の精霊達よ 集い給え 紅蓮の騎士 灼熱の騎槍を以て 我が敵を穿ち貫き給え”」


 完全詠唱が成り、赤い魔法陣が左手に浮かび上がる。シリルは異形に向かって最後の一歩を大きく踏み込み、魔法陣を載せた左手を突き出した。


 赤く輝く魔法陣から灼熱に焼けた騎槍が放たれる。追い詰められた異形が身を守るかのように触手を身体に巻きつけたが、火槍よりも遥かに巨大で貫徹力も桁違いの騎槍は触手の壁を貫いて胸元を抉り取り、宙に舞った火の粉がその漆黒を赤く照らした。


 出血らしきものも何もない。漆黒の液体が想像以上に衝撃を受け止めたせいで威力がかなり減殺されたようだが、しかし騎槍が開けた穴の先、闇の中心に大きな赤黒い水晶玉のようなものがあるのをシリルは見逃さなかった。


 中心部が騎槍によって円錐状に抉られている。暗く沈み込んだ赤色も漆黒の中ではひときわ輝いているように見える。


 シリルは直感でそれが異形の弱点であると察した。そして騎槍が命中して消えてから瞬間と呼べるほどの時間しか経っていないにもかかわらず、そのごくわずかな間に異形の傷は水晶を守るかのように塞がり始めていた。


 ――魔法は間に合わない。


 頭がそう判断するよりも早く、半ば本能的に長剣を両手で握りこみ、渾身の力を込めて切っ先を水晶へと突き立てる。途端、甲高い音が周囲に響いた。


 水晶に届いた鋼鉄の刃はそのまま力に任せて水晶を砕く……はずだった。


 だが長剣の先端は勢いよくへし折れ、破片が跳ね返り、唖然とするシリルの頬を切り裂いた。


 そしてそれと同時に水晶は再びヘドロのような闇に包まれていった。

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