暴走寸前嫉妬人形
◇◇◇◇◇
金木犀の花言葉は「気高い人」「謙虚」「真実」「謙遜」「初恋」
ーー貴方は残酷にも言い放った。お前は試作品だと。だから……。だからこそ、お前を愛そうと。人形はその時、恋に落ちた。
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僕はまあ、マスターの行動にいちいち文句を言ったりはしないけど、それでも女の子らしい生活を心がけてほしいとは思っている。
例えば夜、最近暖かくなってきたからといって、下着で朝を迎えるのはこう……健康的にもいけない気がするし、やめてもらいたい。なんだかなぁ。もっと自分の体に気を遣ってほしい。淑女の振る舞いとして? 美少女の責任として?
何でもいいけど、要はだ。要はそんなに無防備な姿を取られるとこちらも困ってしまうんだよな。やれやれ、みたいな? もしも僕が人形でなければすぐにでも止められるのに、人形だから仕方なくこの状況を受け入れているけど。いやーほんとにしょうがない。しょうがないけど顔には出さずに、僕は貴方をマスターとして常に一緒に、永遠に側にいる事を誓って……
「それじゃあ私はお風呂に入ってくるから、大人しく待っててね」
くそぉおおおお!! 何故! どうして! お風呂だけは置いて行くんだよ!
僕が人形だからか!? 防水性能には優れていないのか!?
ありえないありえない。
淑女? 美少女?
知った事かそんなもの!
……一体これは何の罰ゲームだ。
浴室の前、扉に貼られた一枚の紙を見ながら、僕は廊下に置かれた椅子で1人じっと横たわる。
ーーーーー
メリーの風呂。入るべからず。あなたがメリーでない限り。
ーーーーー
くぅっ……なまじ性能の良いこの体は、聴力は、メリーの風呂とやらから聞こえてくるシャワーの音や、時折流れるマスターの鼻歌を捉えて逃がさない。
やーめーてーくーれー。
くっそー、スマイルたるこの僕がなんたる屈辱だ。未だマスターと風呂に入るという目標に近づく手段を見つけておらず、こうして指すら咥えれずにただ時を待つしかないとは。
……あ、終わったみたいだ。浴室の扉が開きーー出てくる。
「パジャマ忘れちゃった……てへっ?」
下着姿のマスターが、出てくる。
だーかーらー……はぁ。
◇◇◇◇◇
マスターマスターと言っている僕は、何もマスターの不満ばかり持っているわけではない。例えば女子力の高いと名高いアレーーお菓子作りが上手い事は、とても素晴らしい事だと思う。
「じゃじゃーん、今日はマカロン」
「ママロン?」
「ううんマカロン」
「マカロー?」
「吹き飛ばすよ」
「わー、マ……マカロンって言うんですね!? 私初めてです!! 」
いつものように休日、ミリアが遊びに来た日も、マスターは毎回オリジナルスイーツをご馳走している。
……まあ、ちょっと、今さっきミリアの脳が命の危機にフル起動したみたいだが、甘いものでも食べて落ち着いてもらおう。
「い、いただきまーすマカロン!」
チョコレート色のマカロンをミリアが一口。僕も食べてたいな。あんなの初めてだ。
「はわわぁ〜」
恍惚の表情を浮かべたミリアは、一口と言わずお皿の上を最低限のマナーで貪り尽くす。喉に詰まって紅茶を飲むまで、それは続いた。ったく、いまの僕に対して最高の自慢だぜ。
「気に入ったみたいね。毒味、ありがとう」
「と、とっても美味しかったです!」
「うん、当たり前」
「本当に美味しかったです! サクッとフワッとして、見た目は厚いかなーと思ったんですけど、全く気にならないくらい、食べるとスッと口の中で溶けるんです! 中はたっぷりのバタークリームとジャムが、味に良いアクセントを生んでいるんですね! 食感、味わい、その2つの理想がふんだんに詰まってます! マカロンマカロン!」
「うん、ミリア?」
毎週マスターに鍛えられた舌だからこそのセリフだが……ふむ。どうやらミリアの脳は、まだフル起動しているらしい。
因みにマスターは一度もマカロンに手をつけてなかった。
「私は好きじゃない」
結局、全部ミリアが食べた。お腹周りを気にしていた。……頑張れ。
おっとそうだった。余計な情報かもしれないが、いつもはうるさい、あのコーちゃんクマちゃんセットは、今日は家でお留守番らしい。ミリア曰く、偶には彼女(黄色のクマ)と2人っきりにさせたいらしい。僕としてはそろそろミリアにカウンセリングを勧めたい。
閑話休題。
「でも、あれですよね」
紅茶も飲み終えたらしいミリアが、空の皿を見つめながら言った。
「毎回こう、貰ってばかりというのも、心苦しいものがあります。総額で既にあのピンクのクマさんを超えているんじゃないですか?」
「別に、気にしなくていいのに。これは私の趣味だし、総額……なんて、生々しい」
「生々しい……」
「いやらしい」
「いやらしい!?」
確かにミリアは、15歳にしてはちょっと余分な、女としての魅力がある気がする。学校でもたくさんの男から狙われているに違いない。でも初心だよな……ん? 男からすれば、そこもまた魅力の1つなのか。
ミリア、恐ろしい奴め。
「元々、私の作ったお菓子にお金なんてつけられないから、いいんだよ」
「そんな…… お店に出したら、みんな美味しい美味しいって買いにくると思いますよ。お店のイメージアップにも繋がると思いますし」
「いや、価値がありすぎてお金に出来ないんだよ。国の宝みたいなものなんだよ」
「あ、そですか」
「うん。同様に、今のピンクのクマだって、お金なんてつけられない。あれは、貴女の宝だものね」
……
「何で黙るの」
「あ、いえ、ごめんなさい。何だかその、メリーさんが凄くまともな事を言ってビックリしたと言いますか……」
「失礼な」
……
「と、とにかく、このままでは私の気が収まらないので……そうだこうしましょう!
今部屋にピンクと黄色のクマがあるんですけど、思えば人形は1つも無いんですよね。だから私、今度の自分の誕生日に親に買ってもらおうかと。
ほら、こんなの可愛いですし!」
「総額は明らかに足りないけどね」
「総額いっちゃうんですね……」
ミリアは近くに飾られてあった人形を掴んだ。それは度々人形達のセリフに紛れてあった、痛いと叫んでいた人形だ。いや、痛覚なんて無いんだけどな、だからノリなんだろうけどな。
もちろん人間にそれが聞こえるはずもなく……
『痛ぁっ……ギャフンッ』
もちろんこれも聞こえず……しかし、視覚としての結果は共通だ。
ーーポトリ。
音としては軽いが、落ちてはならない人形の一部を床に落としてしまった。
目の前で商品である人形の腕が落ちるというショッキングな映像を見せられたミリアは、口をパクパクさせる。
やがて落ち着き、しっかりと現実を直視すると、泣きながら頭を下げた。
「弁償しますぅ……!」
「いいよ。それ、元々悪くなってたものだから、修理するつもりだったし」
「へ……よ、良かったぁ!」
「問題は材料だよね。綿も布は前から無い。この前のピンクのクマを修理した時で糸も使い切っちゃったから」
「やっぱりごめんなさい〜!」
大変だなぁ良い子は……
ーーだが、材料を切らすとはどういう事だろう。責めるわけではないが、普通そういう大事なものは予備でもなんでも置いてあるものではないか?
いや待てよ。
そういえば僕って、マスターが人形を作っている姿を、実は一度も見た事ない。唯一あるとすればそれは……僕自身。
「糸や綿くらいなら、私の家にもあると思いますよ」
「至高の人形店リトル・リドル・ドールズがそこらの安物を使うとでも?」
「え、なんだかごめんなさい。良かったら使ってくださいなんて考えてごめんなさい……でも、糸や布に、高いも安いもあるんですか? そういう専門店って、私見たことないです」
「私は、行商人を頼りにしているかな。もう2度と会えないと思ってたけど……うん、だから今回は丁度良いきっかけになったかも。ありがとうミリア」
そういえば、仕事を超めんどくさがっているし、だったら何で人形店なんかやってるんだ? 何か特別な理由が?
「会え……もしかしてメリーさん! 行商人って、メリーさんの……気になる方だったり!?」
おい静かにしてくれ思春期少女。僕は今、とても大事かもしれない事を考えているんだぞ。
「うん、好きな人だよ」
ほら、な。マスターに色恋沙汰なんてあるわけ……え?
「会うの、楽しみだなー」
ふだんは無表情が多いくせに、今ばかりは嬉しそうにするマスター。
僕は何も言えなかった。いや、元々何も言ってないけど。ミリア同様に言葉を発しきれないくらい、驚愕の最中にいた。
……まあなんだ、僕はマスターの行動にいちいち文句を言ったりしないけど、とりあえずーーそいつをぶん殴りたい。




