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華の人形 ー緑の国 外伝ー  作者: watausagi
第二章 黒薔薇姫
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閑話 「ドアも開いてないのに、風が吹くかよ」

◇◇◇◇◇


『お前もよ』


 あの日、黒薔薇姫が放った言葉に、どれほどの意味が込められていたのか分からない。そもそもあの言葉が、本当に自分へ向けられたものかも分からない。


 分からない……分からない。


 コーイチは分からない。何故、どうして、自分はぬいぐるみなのか……人間だった頃なら、あの時守れていたはず。姉の前にその身を投げ出し……人間だった頃なら頭を撫でられ、嫌がり、笑われ……人間だった頃なら……


◇◇◇◇◇


『動けよっ!!』


 その日はミリアが母の誕生日プレゼントを、人形師の桜・メリーゴールドと相談していた。

 人間のミリアにコーイチの叫びは聞こえない。聞いているとすればそれはピンクのクマと、それに……性格の悪そうなピエロ野郎。


「なあクマちゃん、カルシウム不足のコーちゃんがなんか怒ってるぞ。牛乳飲ませろ」

『そんな!? 自分、この体が牛乳くさくなるのは好みません!』

「それもそうだな。うん、僕が間違っていた。ならばどうしよう。僕はマスターの話を聞いていたいのに、コーちゃんが邪魔をする。ひとまずこいつを黙らせる方法を考えないとな……」


 コーイチはイライラする。目の前の茶番劇が、今まではなあなあで過ごせていたというのに、先日の一件からどうも見過ごせない。


『俺は! 俺は、真剣に考えてるんだ……動きたいって思うくらい普通だろ!』

「ぬいぐるみは動かないって」

『お前動いてんじゃん!』

「努力あるのみ、だ」

『……俺が、努力不足って言いたいのか』

「違うのか?」

 

 違う……とは、言い切れない。そもそも努力の仕方が分からない。ぬいぐるみの動かし方など、見当もつかない。


『大体お前が動いてくれればそれでいいんだろ? なんで、俺の言うこと聞いてくれないんだよ』

『だから自分、ぬいぐるみですし』

『ちょっとくらいいいだろ!』


 だめだった。自分の意見は通じない。ぬいぐるみに、人形に、人間である自分の心など分かりもしない。


 あぁ……


 どうしようもない怒りは、何のきっかけもなく、ふと収まり。代わりに残ったものは後悔。


 それだけは思ってはならない事を、例え思っても口に出してはならなかった事を、少年は呟いた。それがどれほどの意味を持つのかを考慮するに、少年は幼すぎた。


『死んでれば良かったんだ』


 ぬいぐるみの体などいらない。


『こんな事なら、俺はあのまま、死んでれば良かったんだ』


 動けもしない体など、意味はない。


『何で俺は、ピンクのクマなんだよっっ!』


 コーイチは存在しない肺から空気が抜けて、肩で息をする。連続的に漏れる吐息が、静かな店内に響く。


「へえ、死にたかったのか?」


 スマイルの声で理解した。軽い雰囲気だが、彼は怒っていると、コーイチはそれくらいは分かった。


 怖い。リアルに感じる死が怖い。1度死んだはずなのに、やはり怖いものは怖い。だが……それでよかった。今から自分がどうなろうと、どうでもよかった。


 もう……疲れーー


 ーーその時だった。


「コーちゃんの誕生日プレゼントはもう決まってありますよ」


 愛する姉の言葉。聞き間違いかと自分のフワフワした耳を疑ったが、メリーとミリアは、確かにコーイチの話をしていた。


「へえ、死人が喜ぶのかな」

「それは……分からないですけど、でも大丈夫です! 私、コーちゃんの好きな物なら誰よりも知ってますから! 知り尽くしていますから! きっと喜ぶと思います!」

「そういう意味じゃなくて……ま、いいや。君はやっぱり優しいね」

「え? ……えっと、よく分からないですけど、人に優しいって言える、メリーさんはもっと優しいと思います」

「そっか。なら、私達は似た者同士だね」

「そう、ですかね……えへへぇ」

「誕生日プレゼント、誰にも内緒にしておくんだよ。誰にもーー母にも、父にも、一応クマにも、うっかり漏らさないようにね」

「もちろんですよ……えへへぇ。似た者同士……えへへぇ」

「……」


 誕生日プレゼント? 死んだ自分への?


 言い知れぬ何かが、胸の中で膨らみ、膨らみ、膨らみ、胸いっぱいにそれが広がったあと、コーイチは心の中で涙した。


 そこへ、もう一度スマイルの言葉が繰り返された。


「本当に、死にたかったのか?」

『っ……』


 普段なら、もう死んでるわ! なんて返せたりもしたけれど。


『俺っ……俺、まだ姉ちゃんといたいっ……! 嫌だよ。死にたくなんかない。死にたいはずないだろ! 生きたいに決まってんじゃんか! 』


 そういえばそうだった。今も姉は、自分を抱きしめてくれる。こっそり学校にだって連れてってくれる。時々は汚れを落とすためにお風呂なんかも、寝る時も、ずっとずっと……そばにいてくれている。一心同体である熊次郎に文句を言いながらも、幸せを感じていたのは、確かだった。


 忘れてはならない事なのに。全部を捨てようとした自分が憎い。ちょっと不甲斐ないからって、弱いからって、結局は逃げようとしただけではないか。


「耐えろよコーちゃん。男だろ」


 何の気まぐれか。普段は生意気で偉そうな人形が、今だけは優しげな声を出した。


「誕生日プレゼント、気になるな」

『うんっ……ゔん!』


 スマイルの優しさに触れ、もしかしたらこの男の本来は、こんな風に温かみを感じる事のできる奴なのかと……


 少しでも思ったコーイチは、すぐに自分の愚かさを殴りたくなった。


「でもまあ、やっぱりマスターの言う通り、死人にまで誕生日プレゼントを考えるっておかしいな。お前の姉って意外と変なところ多いよなぁ」

『ーー俺の姉ちゃん』

「ん?」

『俺の姉ちゃんを馬鹿にすんじゃねえ!』


 感情のままにコーイチはスマイルを殴りかかろうとしてーー遅れながら自分が動けない事に気付きーーしかしピンクのクマは、その場で倒れた。


 ーーコテン。


 そんな可愛らしい音と共に。


『……あれ?』

『一応言っておきますけど、自分、なんにもしてないっすから』

「ふっ、やはり僕の言う通り。努力あるのみ、だな」


 ぬいぐるみと人形の言葉が耳に入ってこない。ただひとつ、動いたという事実だけが、コーイチの頭の中で繰り返された。


「おや、コケちゃってるね」

「え……ああ! クマさん!」

「いいよ。私が直す」


 動いた。動いた動いた動いた!よっしゃ踊ってやる! あれ、動かないぞ。いや今動いたんだから出来る! 俺は踊れる! タップダンスだ!


 今のコーイチは、ちょっと馬鹿だった。


「幽霊でもいたんですかね? ここ、ちょっと怖いですから、幽霊くらいいそうですし」

「失礼な……風でも吹いたのかもよ」


 メリーが意地悪くそんな事を言いながらピンクのクマを元に戻してーー馬鹿になっていたコーイチは、冷水をかけられたように、すぅ……と冷静になる。


 え? 動いたの風? 踊れない? 風吹かないと踊れない? ……そんなぁ。


 がっくし。正にそういう音が出そうなほど、ピンクのクマに影がさす。


 ……落ち込むコーイチに、スマイルの声など、聞こえはしなかった。


◇◇◇◇◇


 それから1ヶ月後、コーイチの部屋にはピンクのクマと、そして誕生日プレゼントである黄色のクマが並んでいた。

 コーイチの父は、それを見て思わず笑ってしまったという。無理もない。黄色のクマには、こんなタグが貼られてあったのだそうだ。


 “コーちゃんの彼女”


『よ、よ、余計なお世話だぁーー!!』

『あ、自分熊次郎です、よろしくお願いします』

『あ、おいらは熊三郎です、よろしくお願いします』

『男じゃねえかぁーー!!』


 自分こそ彼氏を見つけろと叫びたかったコーイチだったが、何はともあれ、この部屋の中をスマイルはこう語るだろう。


 また騒がしくなった……と。

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