第一話「A Bitter Chocolate.」(前編)
2026年1月。軽音楽部が使用しているリハーサル室では重厚感溢れるサウンドが響いていた。
「ほんと颯太の作る曲は凄いよなぁ...」
「ヴォーカルの声質に合わせて作ったからね。ここまでいい曲になったのは僕の力だけじゃないよ。」
そう謙遜しているのは、星任颯太。深戸高校に通う、生徒会と軽音楽部に所属する高校1年生だ。学力は最初こそビリッケツだったものの順調に成績を伸ばしていき今や学年上位15%。中学時代にはバドミントンをやっており県大会出場も決めているという、まさに誰もが憧れるであろうエリート高校生だ。そんな彼のため、やはり軽音楽の分野においても相当な実力を誇っており、一年生に向けて開催されるライブの校内オーディションは彼のバンド「Coda」がトップで通過。さらに本戦出場を決めた2バンドとも彼の曲で本戦に臨むこととなっている。そんな彼とバンドを組んでいるのは酉都智樹。星任のバンド「Coda」のヴォーカル。彼の歌の実力は日本の高校生の中でもトップレベルで、カラオケ番組には5回以上本戦に進出、しかも大会記録まで持っている。しかしなかなかの天然であり、周りからは「宇宙人みたいな人」と言われている。彼らは、現在本戦に向けての練習中である。
「そう言われるとこっちもやる気が出てくるよ〜!がんばるぞーー」
「棒読みすぎるだろww」
「いやぁでも、まさか2バンドとも颯太のバンドとはねぇ...もう一つは眞琴が行くと思ったんだけど...」
「眞琴ねぇ...」
大嶋眞琴。颯太と同じ生徒会・軽音楽部員キーボード担当にして文系科目の偏差値は軽く75を超え、学年一位も獲ったことのある秀才である。といっても数学の出来は頗る悪く、2回ほど最も下のクラスであるCクラスに行ったことがあるのだが。彼も作曲業に長けていたはずなのだが...
「カバーで予選に出て最下位だったよねw」
「作詞が間に合わなかったらしいよ。」
「えw文系なのに??ww」
「いや、ドラムの鞍網さんにまかせたらしい。」
「いやぁ...眞琴が作ったほうがよかったでしょ...」
鞍網ひかる。眞琴のバンド「Quietus」のドラム。洒落にならないレベルの数弱であるのに加え、語彙力もないため国語もあまりできず、高校での成績は下の上くらいだ。
「そろそろ再開するかー....ってもうこんな時間!?」
「うぇ!?全く気づかんかった...」
「気づいとけよ颯太。」
突然後ろから声をかけられ動揺した颯太は、咄嗟に手に持っていたキーボードで後ろにいた人物を思い切り殴った。
「ゔっ...」
後ろにいた人物の呻き声がリハーサル室に響く。
「...急に殴ってくるなよ...こっちも対応できねぇ...」
「眞琴!!ごめんごめんww」
「笑うな....!!」
「ほんとに気配ないよね眞琴。」
「まぁ...そういう時もあるだろ。」
「そういうときしかねぇよw」
眞琴は秀才ではあるが、時折ズレた回答をすることがある。そのためか、一部の生徒からは何を考えているのかわからないと言った様な理由で少し距離を置かれている。颯太は彼のズレた回答にも難なく対応できる柔軟性と温厚さを持ち合わせており、趣味も一緒のため真琴とは親友と呼べるような間柄となっている。
「で、練習はうまく行ってるのか?」
「もちろんだよ。でも僕らはまだ出来に納得してない。あと一週間頑張るよ。」
「応援してるぞ。俺の分まで頑張れよ。」
「優勝しちゃうぞっ(キラーン)」
「その意気だ!じゃ、出てって。」
「うぇぇなんで急に...」
「時間やねんwww」
「あwww」
「颯太ぁ。頑張ってね〜♪」
「ひかるさんもありがとう!」
こうして、Quietusのメンバーに激励の言葉を貰い、颯太はどこか満足げにリハーサル室を後にした。
迎えた本番前日。深戸高校が本戦の会場校に選ばれたため前日準備が行われることになっていた。智樹は同じバンドのベーシストである増次彰子と登校していた。増次は智樹と同じく「宇宙人みたいな人」と称されておりかなりの天然。更に、下ネタには精通しており非常に耐性が強いというよく分からない性格をしている。彼らは今、お互いの恋愛事情の話で盛り上がっているようだ。
「ねぇねぇ智樹くん。昨日きみの好きな人を明日私に言うって言ってたよねー?言ってくれないの?」
「え、あ、そうだったねwえーどうしよ言いづらいな...」
「どwゆwこwとwほwんwとwに」
「いや、違っ...もーーーーっ!!」
「ッハハハハハハハハハハハハ」
「笑い方悪魔みたいww」
「うるさいっ」
「・・・・・。」
「...で、だれ?」
「...じゃ、言うよ?」
「うん。」
「僕の好きな人は...」
2人の時が止まる。
「・・・・・・・!!」
「・・・・あててみてっ!!!」
「なwんwだwよ」
「いやクイズにしたほうが面白いかなって」
「えーそうだなぁ...うーんひかるちゃん?」
「ちがうよー」
「じゃあいよちゃん?Triumphaの」
「ちがうんだなそれが」
「...私?笑」
「うん。」
「.....へ?」
「僕の好きな人は、彰子。」
「....あ、うん。」
「え?」
「...あ、違う違う笑 びっくりしちゃって何も言葉が出てこなかった笑」
「あーなるほどねw」
「とっても嬉しいよ。私でよければお願いします!」
「ほんと!!嬉しい!!」
智樹はその場で小刻みに縦揺れのようなジャンプをしだした。
「ッハハハハハハハハハハハハ」
「その笑い方やめてw」
「っていうかさ、バンド内恋愛禁止だけど大丈夫なの?」
「....あー」
そう。深戸高校軽音楽部ではバンドの不和や特定のメンバーへの過剰な接触を防ぐためバンド内恋愛が禁止されているのだ。
「まぁ、大会のために作った後出しバンドだし大丈夫でしょ!!」
「私もバンドと恋愛は分離して考えるようにしよーっと」
さて、先ほど彰子が言っていたTriumphaとは何か。
Triumphaとは深戸高校ダンス部の俗称である。Triumphとは「大勝利」を意味する名詞、「勝利を誇る」を意味する動詞であり、その名の通り非常に女王様気質の部員が多い部活である。彼女らはクラスで所謂「一軍」に所属することで優越感を得ることを最大の快感とし、平気でクラス運営に口を出してくる。また自分の欲求を満たすためには時に横暴な態度をとることも厭わないため周りの人間が彼らに合わせて動いていることが多く、更に悪いことにそれを自分に貢献しているなどといった実に都合の良い勘違いをして更につけあがる部員もいる。
その筆頭とも言えるのは
瞳虎伊代
翡翠遥
伊丹紫晴
武藤寧萌
有楽道佳澄
三田地梨那
「最近智樹くん気になってるんだよねぇー」
「お前色んなところに手出しすぎだろww」
「一騎にいわれたくないわwww 彼女もできなことないくせにぃー」
「いや、それはちがうじゃん」
「wwwww」
「いよ。最近失敗したばっかなんだし、しばらく下手に動かないほうがいいんじゃん?」
「何言ってんだよ一騎。いよはとってもかわいいんだよ?いよにメロメロにならない男の子なんていないの!今回もきっと絶対成功するの!!智樹も最近いよのことジロジロ見てくる気がするし...」
「...いよがいいなら、狙ってもいいんじゃない?」
「きょうりょくしてくれる??」
「.....っっもちろんっっっっっ...!!!」
「やったぁ!いつきだーいすき!」
「へへっ...あいつとは中学一緒で仲いいから、後で連絡してみるよ」
「はぁーい!」
(いよにメロメロにならない男の子はいない!絶対に智樹くんと付き合うんだもん!!)
智樹の告白成功から遡ること1時間前、眞琴は既に最寄り駅についていた。駅から高校までの移動にかかる時間はおよそ20分程度。智樹たちは設営開始15分前に着くように登校しているため、彼がどんなにゆっくり移動したとしても設営開始までは50分以上は余るだろう。
「ちょっと早かったかな....」
やらかしたと感じつつも彼は高校へと歩き出した。1つ目の横断歩道にたどり着いた際、眞琴は前方から歩いてくる男子を発見した。
「お゙っ!!まことっ!!!」
汐夏篤。眞琴と同じ1年6組の生徒にして6組屈指の変人。もともと吹奏楽部に所属していたが、諸事情により現在は帰宅部。常にスマホを両手に持って胸に当てており、いろいろな女子に自分の顔写真や録音した歌声を聞かせている。一見すると下心満載の行為だが、本人曰く高校で好きになった人は一人しかおらず、執拗に人に話しかけるのも学校の全員と友だちになることを目標としているためらしい。しかし、上記のような行動で話しかけるため、その達成度はお察しである。
「あぁ〜....あつしか....なんでいるんだよ。」
「い゙ゃ゙ぁ゙ぁ゙...それがね?っ土曜授業があると思って....来ちゃったっていうかぁ笑笑」
「どういうミスだよ」
「い゙ゃ゙ぁ゙やらかしたぁぁぁぁっ!!!」
「わかったわかった...ここ横断歩道だから」
「っ!!!そうだねっ!!じゃ!!」
そう言うと、篤は足早に駅の方向へ向かていった。
「....相変わらずだな。」
告白の成功した智樹は有頂天になった状態で高校に到着した。感情が昂っているせいか予定よりも5分ほど早く着いた。
「時間あるし、一旦教室入ろっか。」
「そうだね~」
彼らは空き教室を探し始め、すぐに灯りのついている教室を発見した。
「6組電気付いてるね。」
「ほんとだ。誰かいたのかな?」
「っていうかさ、どうする??」
「なにが?」
「僕たちの関係はみんなに隠したほうがいいよね。」
「ぜっったい隠したほうがいいよ。晒されちゃうよ....」
そう。バンド内恋愛が発覚した場合、彼らの情報が顧問である阿野裕翔によって軽音楽部の全体会の場で晒されてしまうのだ。そうなった場合、多くの軽音部員から冷ややかな視線を浴びせられ、大半のカップルは破局する。彼らは晒された先輩の末路を知っているため、この様になってしまうことを非常に恐れているのだ。
「そうだね!!じゃ教室はいるか〜〜〜〜〜ああああああああ!!!!」
智樹は教室で一人で勉強をしていた眞琴と目があった。
「ッハハハハハハハハハ」
「お前らも早く着いたか。」
「まぁね」
「とりあえず入れよ。」
眞琴に促され、2人は教室へ入る。ドアを閉めるなり眞琴は彼らに質問を投げかけた。
「で、付き合ってんのか?君ら。」
「は????なんで...」
「なんで知ってんのwwww」
「いや....外での話題的に察したからなんとなく聞いてみただけだが....」
「あ...」
「自爆したな笑」
「ぜっったい言わないでね?」
「はいよ。でもお前ら、バンドとして活動する時は絶対に恋愛を絡めるなよ?」
「わかってる!」
食い気味に智樹が叫ぶ。
「バンドと恋愛は違うから。」
「そうだな。じゃ、後で色々聞かせてくれよ。じゃあ、話を変えるが期末テスト、あと2週間と少ししかないがちゃんと勉強してるか?」
「いやぁ....まずいね」
「私も結構やばいww」
「うぃーっすお疲れぃ」
「あ、りみさんだぁ」
「そうだよりみさんだよ〜」
相生凛美。颯太と眞琴と同じキーボーディスト。3年間の海外留学を経験した帰国子女で、中学2年生で英検2級を取得している。特技はネットミーム化したダンスを踊ること。
「てか時間やばいよ」
「そろそろ移動するか」
彼らが現場に到着した時には、既に他の部員は集合済みだった。
「ンよし、そ・ろ・ったかな?はぁいじゃあ始めていきまっしょう。あのぉ、今私体温が37.9℃なんですよぉ。で関節が痛いんですよぉ!いやぁ多分私インフルなんじゃないかなぁって感じなので、まぁ感染には気をつけてねって感じで準備していきましょう!!」
阿野裕翔。軽音楽部・生徒会顧問。自他ともに認める社畜である。
部員たちは皆感染を怖がったため準備は1時間も経たずにすべて終わった。帰り道、颯太はバンドメンバーたちと話していた。
「どう?みんな勝てそう?」
「あったりまえよ!いやぁやっぱ僕の声がいいからなぁ〜」
「自w惚wれwすwぎ」
「あきこさんは?」
「私も勝てると思うよ。てか勝てるって思ってやらなきゃ!」
「確かにね。じゃ、Coda 5人頑張りますか!!」
「オーーー!」
「あれ、智樹くんだ!」
ー 振り返ると、そこには ー
「あ、いよさんだ。久しぶりー。」
「久しぶりっ!なにしてんのー?」
「けいおんの大会の準備ーー」
「へー!明日出るんだよね!」
「そうだよー」
「こっちはずっと中庭で練習してたぁ。寒すぎるほんとに...」
「お疲れ様ー」
「明日ってさ、一般の人もふかホール(深戸高校にある中規模のホール。普段はここで学年集会や外部公演が行われており、軽音楽部の機材も揃っているためライブ会場としても使用されている。)入れるの?」
「いや厳しいんじゃない?後で確認してみるね。」
「ありがとー!応援してるねっ!」
そう言うと、伊代は智樹に軽く体当たりをした。
「うおっ。応援ありがとー!じゃまたね。」
「はーい」
伊代がいなくなって数十秒後、颯太が茶化し始めた。
「え、つきあってます?あなたたち笑」
「いやいや笑、付き合ってるのはまた別n」
「別!?!?!?」
メンバー3人の視線が一斉に智樹の方を向く。彰子は下を向いて笑いをこらえていた。
「あー別!別でいるけど別にバンド内とかじゃないからね?」
「なんでわざわざ言うんだよ笑」
「ん?彰子なんでずっと下向いてるの?ねぇなんでwねぇねぇねぇねぇw」
「ッハハハハハハハハハ」
彰子に詰め寄ったのは矢巾久光。「Coda」のドラマーである彰子の親友でもある。V系バンドに憧れて軽音楽部に入部したためドラムに対する情熱は群を抜いており、その影響かドラムの腕前は軽音の中でもトップクラスの実力を誇っている。ちなみに数弱。
「颯太!こいつらやってるよ!!」
「嘘でしょ笑笑いつ付き合ったの?」
「.....今日。」
「はあ!?笑笑」
「なにしてんだよぉ!!ww」
「ごめんほんとに。バンドと恋愛は切り離して考えよって話を朝したから!!」
「頼むよ智樹!」
「智樹我慢できなくなって学校で彰子のこと襲っちゃだめだよ!」
「襲わないよ!そんなことするわけないじゃん...」
「できるわけないの間違いじゃない?ww」
「やめろ!!」
「ッハハハハハハハハハ」
彼らが談笑している間にも、着実に伊代の魔の手は迫っていた。




