グローイング アステローペ
「ファァ‥‥ねむ‥‥‥」
(((( おいおい、俺の話聞いてるのかよ? メローペ!! )))
眠い。私、とんでもなく睡魔に襲われているわ。アステローペは蜘蛛のくせに饒舌ね。
「ファァ‥‥聞いてるわよ。切ないラブストーリーね。あの‥‥ごめんなさい、続きは明日でもいいかしら? もう眠くて。それと、アステローペの声が幼児から普通の男の子の声に段々変わったわ。どうして? ファァ‥‥‥ねむ‥‥‥」
(((( おう。俺、急激に成長してんのかもな。体の大きさも自由に調整出来そうな感じしてる。蜘蛛になったの初めてだし、自分で自分が未知なんだよなぁ‥‥‥。これは心の声のテレパシーだけど、本当に声出すとどうなんのかな? 蜘蛛の声って? 俺もわからん。ちょ、試してみっか )))
「あー、あー、お〜う! 声出たぜ! 今日は俺の誕生日〜! ウェーイ、おめでとーう! それいっ!!」
( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆ パァァァ‥‥‥
「キャァァー! もーう、アステローペったら、びっくりさせないでよ! お見事に綺麗だったけど、こちらに向けて糸は吐かないで!」
アステローペったらお尻を上げて、白い細い糸をクラッカーみたいに華麗に空に散らして見せた。
「地声も同じ男の子の声だったわね。‥‥ねえ、それにしても、大蜘蛛って成長がすごく早いのね」
「エヘヘ‥‥俺、さすが魔物じゃん。他にも色々出来そうな気がする!」
「出来そうね。けどお手柔らかにしてね‥‥」
アステローペは、やんちゃ蜘蛛。最初が肝心だから、しっかりしつけなきゃ。
「なら、アステローペは普通に喋っていいわよ。その方が私、落ち着くわ。どうせ誰もいないし。ファァ‥‥ごめんなさい。私、眠くて限界よ。カペラおじいさんが来るまで寝かせて下さらない? カペラさんはあなたをペルセアス領からここに運んだ人で、ここでタマゴのあなたを、拝んでたんでしょう? 実は大蜘蛛のタマゴだったなんて、知らないほうが幸せね。フアァァァ‥‥‥」
私は余りに眠くて、お行儀悪くも、大あくびで涙を流しながら目を擦った。蜘蛛の前で、いつもみたいにお上品ぶる必要もないし。
「ああッッ! カペラって。俺を毎日撫で回したり、磨いたり、拝んでた野郎。 へぇー‥‥最近見てねーと思ったら、あいつもう爺さんなんだ? 時が経つのは早いなぁ‥‥」
「カペラさん、昨日の朝、来たじゃない」
「俺、そん時寝てた。でさ、アイツ俺のこと、こっから動かないとか文句言ってなかった? はっはー! あれはなんでかって言うと────」
もーう、この蜘蛛と話してると会話が終わらないわ! このお喋り蜘蛛さん。私のお喋り弟のカリストより、更にお喋りね。
「ファァ‥‥私たちには時間はたくさんあるから焦らなくてもいいの。少しづつ教えてね。じゃ、アステローペちゃん、おやすみなさい。いいこと? 私の石棺には脚一本も触れないこと! いいわね!」
私は石棺の中に横になって、アステローペの視界から消えた。
「ちっ‥‥‥しょうがねぇな。メローペみたいなガキには睡眠が大切だしな。じゃ、俺はその辺、探検して来るわ。おやすみぃー、メローペ♡」
おやすみなさい‥‥‥フフフ、まったく。調子がいいこと。魔女エレクトラの恋か。イオの恋人のエレクトラと妖精の森のエレクトラは、生まれ変わった同じ魔女‥‥‥‥ってことで‥‥‥‥いいの‥‥かしら‥‥‥
───ドンドンドンッ ドンドンドンッ‥‥
う‥う‥‥ん 何ごとなの‥‥? ‥‥騒がしいこと‥‥‥誰? なんか必死な‥‥声が‥‥‥
「ああ、まさか‥‥‥どうしたもんか‥‥‥ドンドンッ‥‥メローペ様! まさかたった一日で? そんな‥‥ドンドンッ‥‥どうか返事をしてくだせえぇぇ!! メローペさまぁー!!!」
‥‥‥どうかしたの? カペラおじいさんが必死でドアを叩いてる音‥‥‥
‥‥‥ハッ!!
もう朝なのよ! やん、カペラおじいさんは私が倒れてしまったと思って叫んでるのね!
「ん、ううんっ‥‥‥こほっ。おはようございます。カペラさん、落ち着いて。私、神への祈りの瞑想に入っていただけですから」
見られてないと、どうとでも言えるわね。私ったら生け贄にされてから性格が変わってしまったみたい‥‥
仕方がないわ。だって追い詰められたら誰だって。
「あわわわ‥‥そうだったんですか。焦って大声を出しちまって。わしとしたことが、こりゃ祈りの邪魔をしちまってすまんこった‥‥」
「いいえ、心配してくださってありがとう。あの、また少しだけ私とお話して下さらない?」
「ああ、いいですとも。わしで良かったらいくらでも。今日は休日で口うるさい見張りもいないし。わしものんびりさ」
「本当? 嬉しいわ。 カペラさんがご存知でしたら、約300年前の魔女狩り当時に関するお話を聞きたいわ。あの時も国中が災厄に包まれていたのよね。今みたいに‥‥」
アステローペ‥‥の前世のイオと、魔女エレクトラが共に過した時代。興味が湧いて来た。
魔女に名指しされた人々に悲劇があったことは知っているけれど、詳しくは知らない。今の国中が災厄に見舞われてる時代と背景が重なるわ。ここには本は経典しかないなんて、私の知りたい欲が満たせない。
「メローペ様、いくらなんでもわしはその時にはまだ生まれてないですよ。はっはっは。ですが、長く生きてる分、言い伝えはいくらか知ってますよ。 魔女狩りなんて昔は恐ろしいことが起きたもんだね。あ‥‥今も変わらんな‥‥‥これじゃあなぁ‥‥‥‥」
あら? 気がついたのね。
魔女と私は同じだって。民衆のストレスのはけ口に利用されてるという点で。
カペラおじいさんの気まずさが漂って来る。扉を隔てて。
「あー、ええと‥‥うーん、若いお嬢さんが聞いてくれそうな話は‥‥あ! じゃあ、民間伝承で密かに伝わってる、火炙りにされた魔女の伝説をお話してさしあげましょうか。これは公では憚られた話で、内々で囁かれてるだけの伝承なもので、メローペ様は多分聞いたことはないと思いますよ。昔、エレクトラという本物の魔女がいて───────」