カペラ・チャリエットの目撃談
グラウンドフロアで待機していたわしたちは、階下からボンッと響く音を聞いたのです。続いて振動と瓦礫が落ちる音も。
メローペ様がおられる部屋で異変が起きたに違いないと直感しました。咄嗟にメローペ様の下へ向かおうとしたわしを阻む、テュレイスの隊長。
「長老、待て! おい、今行ってはならん。先駆隊、2人行け! 誰かこのじいさんを取り抑えろ! 我らに向けた仕掛けられた罠だった可能性がある」
「放してくれぇー。わしは罠など仕掛けてはおらんッ! メローペさまぁー‥‥‥。ああ神よ! 我らのネビュラの巫女をお護り下され!」
わしは屈強な兵士に両脇から掴まれました。
「言いがかりはよしてくだされッ! わしがメローペ様に危険が及ぶような罠を仕掛ける理由などない! わしを放せーーーーーッッ!! メローペさまぁーーーッ! 今、カペラが参りますぞッ!」
斥候が1人戻り、隊長の前で慇懃に敬礼して報告した。
「どうやら松明を使い、粉塵爆発を起こした模様です。兵士二名、負傷。意識はあり、命に別状は無いと思われます」
さわめきが起こり、テュレイスの兵士数人が、慌てて地下に駆け下りました。
「ほら、見なさい! 罠などあるわけがないですよ!」
今やわしはテュレイスの捕虜の身。逆らえばどうなるかもわからなかったけれども、居ても立っても居られないわしは、止める兵士の腕を振り払ってメローペ様の下へ駆けつけたのでございます。
「メローペさまーッ!! 今、このカペラ・チャリエットがお助け致しますぞッ!」
土煙が薄っすら残る階段と廊下。鼻をつく焦げ臭さが充満しておりました。メローペ様のいた部屋の前は、崩れた壁の瓦礫が足元に散らばっておりました。
それでもわしは、足元の悪さによろめきながら瓦礫を乗り越え、扉と壁が崩れて遂に開放された奇蹟の間を覗いたのです。わしにとっても懐かしきこの部屋。
部屋の中では、作業に当たった兵士が2人、仲間の兵士に抱えられておりました。
「隊長‥‥松明を灯そうとし‥‥たら‥‥爆発を起こして‥‥しまいました‥‥」
「‥‥申し訳ありません‥‥隊長。巫女の姿は‥‥見当たりませんでした。神が宿ったという手のひら大の青い石も‥‥埋れてしまったのかも‥‥‥」
怪我をした兵士たち2人は、肩を支えられて治療に向かいました。
わしがまずびっくりしたのは、瓦礫に囲まれて、大きな神の像が、祭壇代わりにしていた暖炉の前にあったことです。
そして、神の石が貼りついていた暖炉の上は、小さな砂礫と土埃を被っただけで比較的無事だったのですが、その神が宿った石は無くなっていたのです。あれほど頑として取れなかった神の像が。
あの石が動いた時、奇蹟が起きると言われた故にこの間は奇蹟の間と呼ばれるようになりました。なれば、あの手のひら大の神の像が外れたことで、この大きな神の像になったのでは?
「わたくしめがお話した神の像は、台から無くなっております」
「長老よ。これは何か? 半分瓦礫に囲まれた薄青き大きな丸い物体は、これも神の像ではないのか?」
「‥‥もしや、ここにあるということは、わたくしめが先程申した神の宿った石がこれなのかも知れません。巨大化したのでしょうか? 今の爆発でついに台から取れて神の石に奇蹟が起きたのかも‥‥‥。これが台から外れた時、奇蹟が起きると言われていたのです。‥‥しかしながら、わたくしめにはわかりかねる不思議でございますればはっきりとは‥‥。ああ、メローペ様のお姿がどこにもありませぬ。まさか、メローペ様は、壁際の崩れた瓦礫の山の下に‥‥‥うううっ‥‥どこに行かれた‥‥‥‥ネビュラの清廉なる巫女よ‥‥‥」
「長老よ、とにかくそなたらの巫女は、我らで探し出すゆえ弔ってやるがいい。先程も返事も無かった。もう既に弱って事切れていたのやもしれん。期待はしないほうがいいだろう。第一、穢れ無き乙女を人柱にするなど最初から間違っている。巫女を失ったのは、これは我らの落ち度では無く、元からネビュラの責任だろう。とにかく皆、取り急ぎネビュラの巫女の体を探し出すのだ!」
「はっ!!」
「よし! そしてこの神が宿ったと言われる石は、我らの戦利品としてテュレイスに持ち帰ろうぞ。我らの皇帝に捧げる。 気をつけて掘り起こし運び出せ!」
テュレイス兵の隊長が、神の石にポンと触れた。
───その時でございます。
「‥‥‥あ?」
わしの目は、奇蹟を目撃したのです! いえ、わしだけじゃない。ここにいたテュレイスの精鋭兵士たち10名も。
ピシッと小さな音がした瞬間、ガラガラと神の石が崩れました!
"まばゆい"
それが、ただその時の感想でした。
───中から、神々しい女神様が現れたのでございます!
オーロラに輝く白いドレスを身に纏う、白銀のきらめく長き髪。白き華奢な肩。俯きかげんで目を閉じ、指を組み、跪いて祈りを捧げている乙女。
いくつものカンテラで照らされ、四方の壁に幾重にも揺らめく影が幻想的です。
神の像から生まれし美しき祈りの乙女が、目を閉じたままゆっくりと立ち上がりました。
「おおっ! こ、これは‥‥‥‥」
間近にいた隊長は突如姿を現した女神様から目を外せぬまま、瓦礫によろめきながら数歩後退しました。お側によるのも烏滸がましいような神々しいオーラに押されて。
皆が呆気に取られて突如誕生した美しき乙女を見つめております。
ゆっくりと顔を上げながら閉じた瞼を開きました。
生まれた神の石と同じ、薄い青色を宿した澄んだ瞳。
「ああ‥‥‥あなた様は‥‥ネビュラの巫女メローペ様でらっしゃるのですか?」
隊長が夢でも見ているように頬を高潮させている。
「‥‥‥‥‥」
女神様は無言でゆっくりと隊長に目線をお向けになられ、小さく頷かれました。
美しき横顔のラインと長きまつ毛が印象的でございます。
キャンバスに描かれたメローペ様の姿絵が大聖堂の片隅に飾られておりましたが、本物はより美しく神々しい。
「メローペ様‥‥‥お会いしとうございました。わたくしめがカペラでございます。扉に阻まれ声だけの交流でございました」
わしは跪いて頭を垂れました。
メローペ様が、わしに向ってわずかに微笑まれたと感じたのは、わしの思い過ごしだとは思いたくはないのです。
「信じられん。この爆発の中で神に守護されてこのように現れたと言うことか‥‥‥? だとしたら、まさに神に選ばれし乙女。半月もの間、僅かな水だけで、後は食べ物さえ与えられていなかったと聞いていたが‥‥‥」
「その通り、神に護られしお方でございます。カギをただひとり管理しておられた司教様はとうに避難して行方不明。カギのありかも共に不明になっておりました。誰一人メローペ様と接触することは叶いませんでした。この堅固な扉に阻まれまして」
「なんと‥‥‥」
「しかも、メローペ様はかつて神の声を聞いておられるのです。まさしくこのお方はネビュラの巫女、いえ、女神様なのです」
どこか虚ろな目をしたメローペ様の頬を、涙が静かに伝っております。
「‥‥誰も傷つけてはなりません。それが神のご意思なのです‥‥‥わたくしの涙は神の涙だと思いなさい」
メローペ様は一言、そうおっしゃいました。
そこにいたもの等が一斉に跪いたのは言うまでもありません。
わしたちは、女神様が生まれる瞬間に立ち合うことが出来たのです。
この女神誕生の話は、目の当たりにした兵士たちとわたくしめを発端とし、口々にネビュラとテュレイス帝国の国中に広まったのです。この戦争の行方をただ傍観していた周辺諸国にまでも────




