不幸な人
朝宿屋で起きて抱き枕のお嬢を堪能して、飯を食って。学院へは午前中に帰る事が出来た。
その日は流石に授業に出る気にはならなくて、教官も休んで良いと言っていたからお嬢と一緒に談話室でごろごろする。
「お嬢は巻き込まれただけだから大丈夫だと思うけど。しばらく一緒に行動するから」
「うん、お願い」
ついでとは言え誘拐されていたのだから、トラウマが出来てたっておかしくない。何かあっても迎えに行けるとは思うけれど、今回だって数時間は空いてしまったのだ。
やっぱり位置が分かるだけのペンダントでは力不足だから、通信できるとか危ない目にあったら結界張れるとかのオプションが欲しいなと思う。母さんに言ったら何とかしてくれるだろうか。
昼になって食堂で飯を食べていると、何だか掲示板の前がざわついていた。
昨日の誘拐事件のせいかと思ったが困惑や恐怖でなくもっと明るい、歓声や黄色い悲鳴っぽい感じで首を傾げた。
「なんだろ?」
「なんだろうな?」
学院からのお知らせが主に張り出される掲示板は生徒なら1日1回はチェックするものだから、人だかりが出来ているのは割とよくある事なんだが。
「ルカ!おめでとう!」
「やったな、ルカ!」
「何が?」
顔見知りに何だか祝われるのに、まだ見てないのかと言われてお嬢と掲示板へと向かう。
そこにあったのは一枚の立派な装飾の施された羊皮紙で。
『以下のものを従騎士に任命する
7回生、ジェレミー、ロドルフ、レア
6回生、クロード、イザベル、レティシア、ルカ』
……あぁー!あのイベントこう来たかー!
隣でお嬢も口を押えてあっとか言ってて、同じことを思っているんだと確信する。
うんうん、あったよな!クロードイベントだったかにあったよな!本来なら18歳からの従騎士にクロードとライバル、ヒロインが最年少記録でなるやつ!めっちゃ優秀だな!って感じのイベントだった気がするんだけど!
口々におめでとうと言ってくれる人たちにありがとうございますーとへらっと返して、まぁ、俺だけ従騎士になるよりはマシだったかと思いなおす。
多分これは誘拐事件の影響だ。外出する必要のある授業には護衛を付けるようにする、と言っていたから、その人数確保の意味もあるんだろう。
元々お嬢の芸術の授業にはついて行こうと思っていたから、それは問題ない。
食堂に飯を食いに来たらしきシャルルがやけに嬉しそうに絡んで来たけれど、とりあえずムカついたので叩いておいた。
新しく従騎士になる俺達7人は、早速王城へ呼び出しを食らった。
従、と言えど騎士である。本来ならもう少し学院で騎士になるべき勉強をしてからなるところを早めたのだから、心構えとかなんかあるんだろうと思っていたのだが。
「で、問題はお前だ、ルカ」
「はぁ」
従騎士は、見習いだ。基本的には正騎士に従事して剣の稽古や武具の取り扱い、騎士の心構えなんかを本格的に習うらしい。
俺の他の6人は受け持つ騎士が決まっていたようで、呼び出されてすぐにその騎士たちを紹介されてついて行った。
部屋に残ったのは俺と教官とどこかの部隊の隊長さんらしき人。各部隊の隊長は腰までのマントを付けているからそれと分かる。
「お前、騎士になる気なかっただろう」
「今でもありませんよ」
教官の問いにそう答えれば、隊長さんににらまれた。だってそうなんだから仕方ないだろ。
「本来ならお前も誰かに付けるべきなんだが、騎士になる気のないものに労力を割いても構わない、という奴はいなくてな」
「でしょうね」
ひよっこに手をかけて育てるのは、その雛が成長したら自分たちの力になるという前提があるからだ。俺は傭兵だから騎士になる気は全くなくて、それは教官も知っている。
だから従騎士にされたのはあの時だけの緊急措置だと思っていたのだが。
「と言うか、双剣なんて教えられる奴いないしな。武具の取り扱いだってお前には教えなくても大丈夫だろ」
俺は好きな剣を使っていいと言われた段階で二刀流を選んだのだが、騎士の剣術は当然剣を1本しか使わない。型だってそういうものだ。
武具の取り扱いは、もう散々やっているから教えられなくても確かに問題は無い。傭兵団の個性豊かな武具の手入れは幼少時からの俺の仕事の一つだ。
「剣も、武具の取り扱いも教えなくて良い。騎士の心構えなんて教えたところで肝心のお前がなる気ないから意味は無い、と」
何かそれだけ聞くと何で従騎士にしたんだって疑問しか沸かないのだが。何にも教える気はないって事だろ?
「手合わせは好きにして良いぞ。従騎士に挑まれて応えない奴はここにはいない」
あ、そうですか。模擬戦だけやってろって事ですか?それはそれでありがたいっちゃありがたいですけど。
「でもまぁ、従騎士を騎士に付けないのも問題があるんでな」
従騎士の間起こした問題は従事した騎士の責任になるらしい。未熟なものを野放しにはできないと言う事だろう。
「お前、これからも何か問題起こしそうだしな」
失礼な。俺は問題起こしたことなんかないでしょうに。
「投げナイフ隠し持ってただろう。使えることも言ってなかったな」
だって騎士に相応しくないかなと思って。
「あとお前の持ってる魔法具、技術者が喉から手が出るほど見せてもらいたがってる」
え、それは無理なんで傭兵ギルドを介して依頼してください。つか、こっちには無いんですか、こういう魔法具。
「ある訳ないだろう」
あ、そうなんだ。へー。母さんスゲーな。
「で、考えたんだが」
はぁ。何をですか。
「お前をファビアンに付けようかな、と」
……どうしてそうなった。
ファビアン・オーブリー。教官の同期で現在48歳。4人の子持ちで愛妻家らしい。その3番目の息子がクロードだ。
白髪交じりの黒髪と闇夜でも輝く金の目の持ち主で、王とは幼馴染で気の置けない仲。王国騎士団長の地位にある王国の重要人物。
忙しい団長はもっぱら団長室で書類整理をしていて、従騎士なんぞに構っている暇は全くない。
だからこそ、俺なんかを押し付けられてしまった不幸な人である。