雪、とけた
1月頃に活動報告でやった『三題創作バトン』を加筆修正したものです♪
サラリーマン×OL 同級生
ある寒い冬の日。機嫌の悪さからケンカをしてしまった二人は……。
【選択お題】チョコレート/氷雨/雪
彼とケンカした。
金曜の夜、会社帰りの定時連絡で。
今日は終業間際に後輩のミスが発覚し、その尻拭いに部署全体で奔走する羽目になり、残業確定いつ帰れるかわからないという状況にまで追い込まれた。
それでも九時前には何とか収拾の目途が立ち、ようやくお役御免となったわけだけど。
会社を出ると、夕方から降り出した雨は今やすっかりみぞれまじりに変わっていた。
「うわ、寒っ!」
折り畳み傘を開けながら、思わず声が出る。声はすぐさま白い湯気に変わる。冷たい雨は、疲れ切った体をさらに凍えさせた。
携帯を取り出し、彼の番号をプッシュする。いつもよりちょっと遅い時間だから、心配してくれてるかな? いや、心配してたら向こうからかけてくるか。じゃあ心配されてないってことかなぁ、なんて、疲れた頭はネガティブな方にしか考えが回らない。
社会人生活三年目、大学の同級生だった彼とはもう五年の付き合いになる。付き合いたての新鮮なときめきとか、そういうのはとっくの昔に失われている。その変わり安定感みたいなのが育っていると思いたい。でも何だか最近は、未来が見えなくて不安になることもある。
呼び出し音が三回鳴ったところで、彼が出た。
『もしもし』
「もしもし? 私。今やっと会社から出たところ~。突発の残業で、もう、帰れないかと思ったよ」
私は定時連絡が遅くなったわけを言ったんだけど、
『そんなの、営業だったらよくあることだ』
という、なんとも冷たい一言でぶった切られた。
「え? でも私営業じゃないし、後輩のミスをみんなで分担したんだけど……」
『それくらいでグダグダ言ってたら仕事なんてできねーよ』
とまたぶっきらぼうな声で答える彼。いつもはもうちょっと優しくない?
「なに? 機嫌悪いの?」
『別に』
「別にって」
『別に、だから別にだろ』
「……もういいわ。ばいばい」
今日に限って彼も虫の居所が悪かったみたいで、そして私も私も疲れているから優しくできなくて、結果、なんだかわけのわからないままケンカ突入。
ぶっきらぼうな彼の言葉にキレた私は、不毛な会話を強制終了して、そのままの勢いで電源も落とす。
むかつく。
むかつく。
……むかつく。
電車の窓に映る自分の顔が、やけに疲れて見える。あ~やだやだ。ずいぶん老けて見えるわ。明日は休みだし、帰ったらちょっと贅沢に美白のパックでも貼って、ゆっくりと半身浴して、自分にご褒美を上げよう。嫌なことも全部洗い流してしまおう。
そう気を取り直して氷雨の降る中、一人家へと急いだ。でもやっぱり心が荒んでいるせいか、寒さがやけにしみる。
やっと部屋につき、カギをあけて。
「ただいまー」
一人暮らしの部屋は待つ人もいないからドアを開けても暗いままで、ひんやりとした空気がそこにあるだけ。
……無理矢理上げようとしていた気分が、見事に下降。
とにかくエアコンのスイッチを入れ、部屋を暖める。
暖房が効いてくるのを待っている間に、ご飯よりも何よりも先に、キッチンでホットチョコレートを作ることにした。
牛乳を小鍋で温め、沸騰寸前で砕いたチョコレートを入れる。ゆっくりとかきまぜ、チョコレートが溶けたところで、コアントローを好みの分だけ入れる。今日は心も体も冷え切ってるから、ちょっと多め。
軽く混ぜると、私特製ホットチョコレートの出来上がり。
疲れている時は、甘いもの。それが私の特効薬。
チョコレートの甘い香りが部屋中に漂ってきて、ふわりと鼻孔をくすぐると、ちょっと気分が上昇する。
熱々の湯気をそっと吹き飛ばし、はふはふしながら口を付けた。
口いっぱいに広がる優しい甘みとほんの少しのアルコールの味。これでまた気分が上昇。
それでもまだ気分は晴れないから、友達に電話して愚痴を聞いてもらおうと思った私は、カバンからケータイを取り出して落としていた電源を入れる。明るくなった画面を見ても、待ち受けの画像のみ。ふん、追い電もメールもなし、か。そっか、あれから放置していたってわけね。ふーん。
むかつきついでに友達の番号を選び出してかける。
ツー、ツー、ツー。
話し中。
なんでこんな時に出てくれないかなぁ。
そう思いながら時計を見ると、現在夜の十時半を回ったところ。あ~しまったなぁ。この時間だと、大方彼氏と電話してるんだろう。くそう、リア充め!
一度通話を切って、もう一度リダイヤルを押す。
また通話中。
もう。こうなったらやけだ。繋がるまでかけてやる。
へんに意固地になった私は、リダイヤルを連打した。
何度目かのアタックで、ようやく呼び出し音が鳴った。やった、粘り勝ち!
誰もいない部屋で一人、小さくガッツポーズをする。どうでもいいことだけど、またちょっと気分は上昇。
驚くことに、ワンコールで繋がった。ちょっととるの早くね?
『もしもし?』
「は?」
『は? ってなんだよ』
耳に飛び込んできた声に、一瞬で凍りつく私。
そう。電話に出たのは友達じゃなくて、さっきケンカをしたばかりの彼だったのだ。
何で友達のケータイに私の彼が出るのよ?
急降下する気分のままに、耳からケータイを離して画面を確認すれば、そこには彼の名前。
え? いつの間に間違えた?!
リダイヤルを一心不乱に連打していたから、履歴の一つ下にある、友達にかける前に話していた彼の番号を間違って押してしまったのだろう。
「あっ! 間違えた!!」
『間違えたって、なんだよ』
とっさに口から出た言葉に、怪訝な声で彼が聞いてくる。
「あ、いや、その」
『だから、なんだよ』
「えーと」
びっくりしてパニックになっていた私は、アワアワしながらも素直に事の次第を説明した。
素直になりついでに、さっきのケンカについても謝ると、
『あー、オレも悪かった。ちょっと今日上手くいかないことがあってイライラしていた。ごめんな』
と、向こうも謝ってくれた。照れくさそうだけど、優しい声音。今頃電話の向こうでどんな顔をしているか想像がついて、ふっと口元が綻ぶ。
びっくりしたけど、結果オーライということで。
少し温くなったチョコレートで口を湿す。
そのまま他愛のないことをしゃべっていると、カーテンを閉め忘れていたことに気付いた。
寒いし不用心だから閉じようと窓に近付くと。
「あ」
『どうした?』
「雨がね、雪に変わってる」
『知ってる』
「そっか。もう家に着いた? それともまだ残業?」
『ううん、もう着いた。だから開けて』
「え?」
『だーかーらー、着いたって、おまえんちに』
「うそ」
『ほんと。マジさみーから早く開けろよ』
急な話にびっくりし、玄関に急ぎ小窓を覗くと、ドアの外には寒そうにマフラーをぐるぐるにまいた彼が、ケータイを耳に当てこっちを見ている。
「わっ?!」
急いでドアを開けると、冷たい空気とともに彼がなだれ込んできた。そのままギュッと抱きついてきて、
「ごめんな」
耳元でささやかれる。
「あーもう、ずるい」
「そう?」
外の寒さに冷え切った彼に、私の心は融かされた。
今日もありがとうございました(*^-^*)
『三題創作バトン』!ルール!
1、20あるお題から3つ選択、絵or文で消化
2、使用したお題は消して新しく3つ付け足す
3、3人に回しましょう
【お題群】(私に回ってきた時の)
ハーブティー/チョコレート/氷雨/椿/テディベア/ブランコ/ 白い布/アイス/落葉/向日葵/海水浴/ 俄雨/天の川/電車/熱帯夜/梅雨/雪/夢/珈琲/鍵盤