(7)もう一つの家
「今日は、ここまでだ」
「……はい」
理永は、
ゆっくりと目を開けた。
まだ、
手のひらには、
神聖力の余韻が残っている。
けれど。
由良の手が離れると、
その感覚も少しずつ薄れていった。
理永は、
由良の手を見つめる。
もう少しだけ、
感じていたかった。
そんな気持ちが、
ほんの少しだけ残っていた。
けれど。
「ありがとうございました」
そう言って、
理永は小さく笑った。
――――――――――――――――――――
それから、
しばらくして。
理永は、
また由良と会っていた。
魔石の話をし、
魔力について尋ねるたびに。
由良は、
いつも最後には
理永の手を取り、
神聖力を流した。
最初は、
ただ感じるだけだった。
けれど。
何度か繰り返すうちに。
少しずつ、
分かることが増えていった。
力を、
一気に流すのではなく。
細く。
ゆっくりと。
必要なところへ、
必要なだけ流す。
神聖力そのものを、
操れるようになったわけではない。
けれど。
その「流れ」を、
身体が覚え始めていた。
そして。
ある日。
「……少し、分かった気がします」
理永が、
そう言った。
由良は、
理永を見る。
「何がだ?」
「魔力の動かし方……」
理永は、
自分の手を見つめる。
「前は、
ただ溢れさせていただけだったんです」
「……そうか」
「でも今は……」
理永は、
少しだけ指先を動かす。
「少しだけ、
自分で流れを作れる気がします」
由良は、
何も言わずに頷いた。
それ以上、
教える必要はなかった。
――――――――――――――――――――
さらに、
数日後。
由良の屋敷の修繕も、
かなり進んでいた。
屋根は新しく直され。
外壁も、
崩れていた部分が修復されている。
庭に生い茂っていた木々も整理され、
屋敷の姿が少しずつ見えるようになっていた。
古びていた窓も交換され。
室内も、
使える部屋から順に整えられている。
まだ古い家具は残っている。
けれど。
もう、
何十年も人が住んでいなかった場所には見えない。
「……ずいぶん変わったな」
作業を終えた大工が、
屋敷を見上げる。
「これなら、
人を呼んでも問題ないだろ」
そう言って、
笑った。
その日の夕方。
由良は、
理永の家を訪ねた。
「理永」
「由良?」
「屋敷の修繕が終わった」
理永は、
少し驚いた。
「もうですか?」
「ああ。
人を呼べる程度にはなった」
「……そうなんですね」
理永は、
少しだけ考える。
由良が家を買った。
そのことを聞いたときから、
どんな場所なのか、
少し気になっていた。
けれど。
自分から聞くのも、
なんとなく躊躇していた。
「……見てみてもいいですか?」
由良は、
静かに頷いた。
「ああ」
――――――――――――――――――――
森の中を、
由良の後ろについて歩く。
しばらくすると。
木々の向こうに、
大きな屋敷が見えてきた。
理永は、
足を止めた。
「……ここが?」
「ああ」
以前のような荒れた姿ではない。
古さは残っている。
けれど。
屋根も。
壁も。
窓も。
きちんと整えられている。
周囲の森とも、
不思議なくらい馴染んでいた。
「……綺麗ですね」
理永が、
小さく呟く。
由良は、
屋敷を見る。
「まだ直すところはある」
「でも……」
理永は、
屋敷の前へ歩いていく。
入口に立つ。
そして。
振り返った。
「ここが、
由良の家なんですね」
「ああ」
由良が、
扉を開ける。
「入るか?」
「はい」
理永は、
屋敷の中へ足を踏み入れた。
静かな廊下。
古い家具。
けれど。
もう、
あの嫌な気配はない。
窓から差し込む光が、
床を淡く照らしている。
「……落ち着きますね」
理永が、
そう言った。
由良は、
少しだけ理永を見る。
「そうか?」
「はい」
理永は、
屋敷の中を見回す。
そして、どこからか
ミケが姿をみせ、
理永の足元をスルリとひと撫でして、
歩いていった。
ふと、
窓の外を見る。
森が近い。
妖精や精霊が暮らす、
自分の家とは違う。
けれど。
ここにも、
静かな時間が流れている。
「……いい家ですね」
由良は、
短く答えた。
「そうか」
理永は、
もう一度だけ屋敷を見回した。
そして。
「また来てもいいですか?」
由良は、
少しだけ目を細める。
「ああ」
それだけだった。
けれど。
その返事を聞いた理永は、
なぜか少しだけ嬉しくなった。




