(6)伝書猫
川上へ行くことは、
それから少しずつ減っていった。
思い出した時には洞窟へ様子を見に行ったものの、
魔石に目立った変化はない。
変化があまりにもゆっくりだった。
いつしか、洞窟へ向かう間隔も長くなっていった。
自然に溜まった魔力なら、戻るのにもきっと時間がかかるのかもしれない。
そうこうしているうちに。
いつしか、
その存在さえ、忘れてしまうほどの時間が過ぎていた。
由良と出かけることも、
少なくなった。
けれど。
代わりに――
「ミケ」
呼ばれた猫が、
ひょいと顔を上げる。
理永の手には、
細い紐があった。
「これ、つけてもいい?」
ミケは少しだけ紐を見て。
それから、
理永の足元へ近づいた。
「ふふ。ありがとう」
そっと首に紐をかける。
きつくないように、
指が一本入るくらいの余裕を残して。
その紐には、
小さく折りたたんだ紙が結ばれていた。
それは――由良への手紙だった。
これまで。
理永には、
話し相手と呼べる存在がほとんどいなかった。
妖精や精霊はいつもそばにいるけれど、言葉を交わすことはできない。
だから。
文字を読むことはできても、誰かに向けて文章を書くことはなかった。
それが由良と出会ってから、少しだけ変わっていった。
始まりは、あの人なら――。
返事をくれるかもしれない、と思ったことだった。
それからは、
紙に向かう時間が少しだけ楽しかった。
最初は、
短い言葉だけだった。
――最近は川へ行って魔石を拾ってる。
――この前の空魔石は、暫く変わらないだろうから、護衛は魔石を採りに行く時だけで良い。
――ミケはうちに泊まっていった。心配しないで。
書き終えるたび、
理永は小さく首を傾げる。
「……これで、伝わるかな?」
そして。
紙を折りたたみ、
ミケの首に結ぶ。
「お願いね」
ミケは、
当然のような顔で歩き出した。
「ふふ……」
その後ろ姿を見送りながら、
理永は思う。
「便利な子ね」
―――――――――――――――――――
森の中。
由良は、
木陰に立っていた。
足元にはミケ。
その首には、
見慣れない紐が結ばれている。
「……ミケ?」
由良が紐を見つめる。
ミケは、
何でもないような顔で座っていた。
「……それはなんだ?」
紐に結ばれた小さな紙を、
そっと外す。
開いてみると。
そこには、
理永の文字が並んでいた。
由良は、
しばらく黙ってそれを見つめた。
短い文章。
それでも。
自分に向けて書かれた言葉だった。
「……そうか」
小さく呟く。
口元が、
ほんの少しだけ緩んだ。
遠くから見ているだけだった。
自分から近づくことも、
過去を尋ねることもできなかった。
けれど。
今は。
理永のほうから、
こうして言葉を届けてくれる。
由良はもう一度、
手紙に目を落とした。
「……返事を書かないとな」
そう言って。
紙を丁寧に折りたたんだ。
ミケが、
そんな由良を見上げている。
「お前も、頼まれたんだな」
ミケは、
小さく尻尾を揺らした。
こうして。
一匹の猫を介して、
二人の間に小さな文通が始まった。
「まるで伝書猫だな」
そう一言つぶやき、由良はミケに干し魚を差し出した。




