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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
■第61章|『願い』
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(4)――本当の願い

そして――今。


森の中。


小さな家の窓から、

淡い光が漏れている。


由良は、少し離れた木陰から、

その家を見つめていた。


窓辺には、

いくつもの瓶が並んでいる。


中には色とりどりの魔力石。


拾ってきたもの。

川上で見つけたもの。


形も。

色も。

ひとつひとつ違う。


その前で理永は、

小さな石を手に取っていた。


光にかざして。


角度を変えて。


何かを確かめるように、

じっと眺めている。


やがて。

嬉しそうに笑った。


その笑顔を見て。


由良も、

ほんの少しだけ目を細めた。


――また。


生まれてきた。


それだけで。

よかったはずだった。


前世の記憶がなくても。

由良のことを知らなくても。


何度、

生まれ変わろうとも。


そのひとつひとつの人生を、

この理永が幸せに生きられるなら。


それだけで十分だ。

ずっと。

そう思ってきた。


――いや。


正確には。

そう思おうとしてきた。


理永が幸せなら。

俺がいなくてもいい。


そうすれば。

理永は、

俺を知らないままでいられる。

俺と出会わなければ。

俺を愛することもない。


また出会って。

また愛して。

その先で。

また、失うかもしれない。


原初の時のように。

自分から手放すことになるかもしれない。


あの時とは違って。

今度は、 どうにもできない形で失うかもしれない。


……もう一度、

同じことを繰り返すのが怖かった。


だから。

理永が幸せなら。 俺が隣にいなくてもいい。

そう思おうとした。


だから。

近づかなくていい。

名前を呼べなくていい。


ただ。

生きていることだけを、

確かめられればいい。


笑っている姿を、

遠くから見られるなら。

それでいい。


そう。

何度も。

何度も。

自分に言い聞かせてきた。


けれど。

本当は。

それだけではなかった。


由良は、

静かに目を閉じる。


浮かんでくるのは。


遠い昔。

原初の理永。


初めて愛した、

あの人の姿。


そして。

理永が人間だった頃。

大学で出会った理永。


一緒に歩いて。

くだらない話をして。

笑い合って。


いつの間にか、

理永のほうから好きになってくれた。


付き合って。

手を繋いで。

何でもない時間を過ごした。


明日も。

その次の日も。

当たり前のように、

隣にいると思っていた。


理永が自分を好きになるであろうことを、

由良は知っていた。


それは。

あの時だけのことではない。


いつだって。

理永は自分を見つけると。

いつの間にか自分を好きになっていった。


そして。

自分の隣に来てくれる。


だから。

由良は知っていた。


もし。

自分から近づいたとしても。


理永は、

きっと受け入れてくれる。


それでも。

あの人生では。


ほんの数年しか、

一緒にいられなかった。


突然の事故。

一瞬だった。


昨日まで、

隣にいたはずの理永が。


もう。

いない。


あまりにも呆気なく。


あまりにも、

理不尽に。


その時。

由良の中に残ったのは。

後悔だった。


もっと一緒にいたかった。

もっと話したかった。

もっと笑い合いたかったのに。


もっと。

もっと。


――生きていてほしかった。


そして。

自分も。


理永と、

もっと生きたかった。


それなのに。

失った。


その後も。


理永は、

何度も生まれ変わった。


由良は、

そのたびに探した。


けれど。

どんな場所で生まれるのかも。

どんな種族なのかも。


どんな人生を送るのかも。

何も分からない。


最初に受け取った、

あの言葉だけ。


『……探して』


それだけを頼りに。


由良は、

探し続けた。


見つけるたび。

今度こそ。

そう思った。


今度こそ、

一緒にいられるかもしれない。


今度こそ、

もっと長く生きられるかもしれない。


けれど。

理永には、

前世の記憶がなかった。


そして。

生まれ変わった理永の人生は、

それぞれ違っていた。


由良が近づけない人生もあった。


種族そのものが違えば。

そばにいることすら、

許されないこともあった。


いつしか。

由良は、

自分に言い聞かせるようになっていた。


――理永が幸せなら、

それでいい。


俺が隣にいなくても。

理永が幸せならそれでいい。


そうすれば。

俺は失う苦しみを知らなくて済む。


由良は、

その言葉を何度も飲み込んだ。


本当は。

隣にいたかった。


触れたかった。

名前を呼びたかった。

笑いかけてほしかった。


それでも。


理永の人生を壊したくなかった。


だから。

遠くから見守ることを選んだ。


それが。

自分にできる、

唯一のことだと思っていた。


けれど。

ある人生で。


由良は、

再び人としての可能性を取り戻した。


あれは、ベラトリスに育てられた理永。

あの人生で。


失われたはずだったものが、

少しずつ戻っていった。


神聖。


そして。

人としての身体。


子を成すことができる。

温もりのある血の通った身体だった。


それはかつて。

もう二度と戻らないと思っていたもの。


それが。

理永の存在によって、

奇跡のように蘇った。


その時。

由良は、

初めて知った。


自分の中にも、まだ。

「人として生きたい」という願いが、

残っていたのだと。


けれど。

それを知ったからこそ。


別の人生で。


理永が、

自分ではない誰かと出会い。


家族を作り。

子供を抱き。

幸せそうに笑っている姿を見た時。


胸の奥が、

どうしようもなく痛んだ。


嬉しかった。

理永が幸せであることが。

本当に。

嬉しかった。


けれど。

同時に。


羨ましかった。


理永の腕の中にいる、

小さな命。


理永を囲む、

家族。


その光景を見ながら。


由良は、

自分の手を見た。


かつて。

もう二度と、

できないと思っていたこと。


家族を作ること。

子供を抱くこと。

それが。


理永と出会ったことで、

可能になった。


なのに。

自分が望んだ相手は。

自分の隣にはいない。


「…………」


胸の奥が、

静かに痛んだ。


羨ましい。

そう思った自分が、

嫌だった。


理永が幸せなのだから。

喜ぶべきなのに。


その幸せの中に、

自分がいないことが。


どうしようもなく寂しかった。


その時。

由良は、

ようやく気づき始めた。


――俺は。


理永が幸せなら、

それでいいと思っていたんじゃない。


そう思おうとしていただけだったと。


理永を守りたい。

苦しませたくない。

幸せでいてほしい。


それは。

全部、

本当だった。


けれどそれだけではなかった。


その幸せを。

自身の手で与えたかった。

そして誰よりも近くで見たかった。


一緒に笑いたかった。

一緒に生きたかった。


理永が望むものを、

隣で共に見つけたかった。


家族を望むなら。

その家族の中にいたかった。


子供を望むなら。

その子を、

一緒に抱きたかった。


ただ。

理永の幸せを、

遠くから願っていたかったわけじゃない。


自分も。

その幸せを、

一緒に生きたかった。


だから。

探した。

何度も。

何度も。

理永が生まれる限り。


どんな種族でも。

どんな場所でも。

どんな人生でも。


ただ。

もう一度。


理永と生きる可能性を、

捨てられなかった。


理永と。

もう一度。

生きる可能性を。


由良は、

ずっと捨てられなかった。


それが。

自分が何百年も、

探し続けてきた理由だったのかもしれない。


そして。

今。


目の前にいる理永もまた。


何も知らない。

前世の記憶も。

自分が何度も生まれ変わっていることも。

由良のことも。


そして。

自分の中に眠っているものが何かさえ。

何も知らない。


それでも。

魔力石を見つめる目は、

楽しそうだった。


小さな発見に、

笑っている。


妖精たちに囲まれ。

精霊たちと戯れ。


自分の暮らしを、

自分の手で作っている。


この人生の理永は。

これまでの理永とは、

違う。


同じ魂を持ちながら。

同じではない。


なら。

――俺は。


もう。

「理永なら、こうだろう」と、

決めつけるべきではない。


幸せの形も。

望む未来も。

まだ何も決まっていない。


だったら。

今度こそ。


この理永自身に、

選んでもらえばいい。


前世の記憶を、

取り戻してほしいのでも。

昔の理永に、

戻ってほしいわけでもない。


今ここにいる。

この理永が。

この人生で。

何を望むのか。

何を幸せだと思うのか。


それを。

自分自身で、

見つければいい。


そして。

もし。

その幸せの中に。

俺がいてもいいのなら。


今度は。

逃げない。

遠くから、

見守るだけにしない。


理永が望む幸せを。

一緒に探したい。


その幸せを。

自分の手で守りたい。


そして。

その隣にいたい。


由良は、

窓の向こうを見つめる。


理永が顔を上げた。


一瞬。

こちらを見たような気がした。


けれど。

すぐにまた、

手元の魔力石へ視線を戻す。


由良は、

小さく息を吐いた。


まだ。

その時ではない。


今の理永には。

まだ時間が必要だろう。


この世界を知る時間。

自分自身を知る時間。


そして。

自分が何を望むのかを、

見つける時間。


だから。

もう少しだけ。

遠くから見守ろう。


けれど。

今までとは、

違う。

ただ待つのではない。


いつか。

この理永自身が、

自分の幸せを選ぶ日まで。


由良は、ここにいる。


そして。

その幸せの中に。


自分もいる未来を。

今度こそ。

夢見てもいいのではないか。


そう。

初めて。

自分自身に、

許すことができた。





「ここまで読んでくださりありがとうございます!評価ポイント、本当に励みになります!もしよろしければブックマークもポチッとしていただけると、執筆の大きな力になります!

今後とも、よろしくお願いいたします」

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