(5) ――引かなかった理由
(ルミナス視点)
龍神殿の会議室は、静かだった。
「……じゃあ、現地を見てくるね」
リエルは、いつも通りの調子で言った。
軽く、明るく、散歩にでも出るように。
彼女は椅子から立ち上がり、わずかに身体を揺らす。
その瞬間、青藍が反応する。
迷いはない。
リエルも、迷わない。
その腕が向かった先は、自分ではない。
青藍だった。
「お願い」
短い一言。
説明も理由もない。
日常の延長。
リエルは彼の腕の中で、少しだけ姿勢を整え。
無邪気に、楽しそうに笑う。
「いってきまーす」
その声は、いつも通り明るかった。
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ルミナスは、その一部始終をいつもの様に見ていた。
呼ばれなかったことに、驚きはなかったし
彼女が誰に身体を預けるか
それを決めるのは、いつだってリエル自身だったから。
かつて、空を覆い、
煉獄の均衡すら揺らした存在が、
今は、彼の腕の中にすっぽりと収まっている。
その事実に
ルミナスは、視線を伏せる。
理解はしていた。
これは異変ではなく、
続いてきた結果だということを。
削れた身体以外はいつも通りだった
すべて――
だからこそ――
この瞬間が、
皆が――
動いている彼女を目にした、最後だった。
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世界は、まだ回っている。
均衡も、保たれている。
それでも――
何かが、確実に、引かれなかった。
それが、
この日、止まらなかった理由だった。




