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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
【三幕】第59章|『原初』
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(4)帰る場所

(視点:由良)


その街に滞在して、

しばらく経った。


長く留まるつもりはなかった。


いつものように、

仕事を見つけて。

必要な分だけ金を稼いで。


頃合いを見て、

また次の街へ向かう。


そのはずだった。


「……」


けれど。


最近は、

街を出ることを考える時間が少し減っていた。


理由は、

自分でもよく分からない。





昼下がり。


街の外れにある大きな木の下で、

由良は本を開いていた。


風が、葉を揺らしている。


人の声も、

街の喧騒も遠い。


静かな場所だった。


「……」


ページをめくる。


古い魔法について書かれた本。

旅の途中で手に入れたものだった。


内容は悪くない。


けれど。


「由良ー!」


遠くから声がする。


由良は顔を上げる。


ベラトリスが、

こちらへ向かって歩いてくる。


その後ろには、

理永もいた。


「またここにいたの?」


「ああ」


「本ばっかり読んでるわね」


「暇だから」


「だったら私たちと話しましょうよ」


「……」


由良は、

手にしていた本を見る。


それから二人を見る。


「……分かった」


本を閉じる。


ベラトリスが満足そうに笑った。


「最初からそうすればいいのよ」


「……最初から、来るつもりだっただろう」


「ばれた?」


「分かる」


「さすがね」


その隣で、

理永が小さく笑った。


ほんのわずかだった。

けれど。


由良は気づいた。


「……何か面白いことでもあった?」


「ううん」


「……」


「二人が話してるのが、少し面白いだけ」


「ほら!」


ベラトリスが理永を見る。


「理永もちゃんと私のこと分かってるじゃない」


「……うん」


「もう、姉妹みたいじゃない?」


「……そう?」


「そうよ」


由良は、

二人のやり取りを眺めていた。


ベラトリスは、相も変わらずよく喋る。


思ったことを、

そのまま口にする。


魔法の話をしていたかと思えば、

街で見つけた店の話になり、

次には旅の話を聞きたがる。


理永は、

それを静かに聞いている。


時々、短い言葉を返す。


けれど。


二人の間には、

長い沈黙がない。


不思議な関係だった。


「ねえ、由良」


「何だ」


「この前言ってた、北の街の話」


「……雪の街か」


「そう、それ!」


ベラトリスが身を乗り出す。


「本当に一年中雪があるの?」


「冬以外はない」


「なんだ、じゃあ普通じゃない」


「ただ、冬になると街全体が雪に埋まる」


「へえ……」


ベラトリスの目が輝く。


理永も、

黙って由良を見る。


「……どんな植物が生えてるの?」


「雪の下でも育つものがある」


「……見てみたい」


「持っている」


「……え?」


由良は、

荷物の中から小さな袋を取り出した。


「種だ」


理永が目を見開く。


「……いつの間に」


「前に採った」


袋を開く。


中には、

小さな種がいくつか入っている。


「育てられるかは分からない」


「……見せて」


理永が、

少しだけ身を寄せる。


由良は袋を渡した。


理永は種を一つ、

指先で確認する。


「……珍しい」


「そうか」


「うん」


その声は、

いつもより少しだけ弾んでいた。


由良は、

その様子を見ていた。


そして。


ふと、思う。


――また見つけたら、

持って帰ろう。


その考えが浮かんでから、

少しだけ間があった。


「……」


帰る。


その言葉が、

妙に自然に浮かんだ。


どこへ?


そう考える。


今までなら、

次の街へ。


けれど。

今は。


「……」


目の前にいる二人を見る。


ベラトリスが、

種を覗き込みながら何かを話している。


理永は、

それを聞きながら静かに頷いている。


「……」


由良は、

視線を逸らした。


まだ、

理由は分からない。


ただ。

この街を出る時に、

少しだけ寂しいと思うかもしれない。


そんな予感がした。





夕方。


由良は、

二人と別れて一人で街道を歩いていた。


宿へ戻る道。


いつもなら、

明日の仕事を考える。

次に向かう街を考える。

けれど今日は。


「……」


頭に浮かぶのは、

昼間の二人だった。


ベラトリスの声。

理永の短い返事。

そして。


「……」


あの種を見た時の、

理永の表情。


由良は、

小さく息を吐いた。


何故だろう。

一人で旅をすることに、不満があったわけではない。


静かな場所も好きだった。


誰にも縛られず、

自分の好きな場所へ行ける。


それで十分だった。


それなのに。


今は。

誰かと話すことも、

悪くないと思っている。


知らない世界の話をして。

知らないものを見せて。


自分が見てきたものを、

誰かと分ける。


そんな時間が、

思っていたより心地よかった。


「……」


宿の前まで来る。


扉を開けようとして、

ふと足を止めた。


振り返る。


夕暮れの街。

今日も、

いつもと変わらない景色。


けれど。

ここに来てから、

少しだけ違う。


――帰る場所。


そんな言葉が、

一瞬だけ頭をよぎった。


「……違うな」


小さく呟く。


ここは、

ただの宿だ。


明日になれば、

別の場所へ行くかもしれない。


それでも。


「……」


由良は、

もう一度だけ街の方を見る。


そして、

静かに扉を開けた。


まだ知らない。


この街を離れることを、

いつか躊躇うようになることも。


この二人の姿を、

探すようになることも。


ただ今は。


初めて。


旅の途中で、

「もう少しここにいたい」と思っていた。





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