(3)三人の距離
(視点︰由良)
街に滞在する理由は、特になかった。
依頼を終えれば、次の街へ向かう。
それが、いつものことだった。
けれど。
「由良!」
背後から、聞き慣れた声がする。
振り返る。
「……ベラトリス」
「また森に行くんでしょ?」
「……ああ」
「じゃあ、ついてく」
「……なぜ」
「暇だから」
即答だった。
由良は、わずかに目を細める。
「魔女なのに、暇なのか」
「失礼ね」
ベラトリスは笑った。
「私だって、ずっと研究してるわけじゃないのよ」
そう言いながら、由良の隣を歩き始める。
断る理由もなかった。
しばらく歩いていると、今度は後ろから別の足音がした。
「……待って」
振り返る。
理永だった。
手には、本が数冊抱えられている。
「理永まで来たのか」
「……うん」
「何をしに?」
「……植物を見たい」
「森に?」
理永は、こくりと頷いた。
短い会話。
それだけで終わる。
ベラトリスは二人を見て、それから小さく笑った。
「理永、珍しいわね」
「……何が?」
「自分から一緒に来るなんて」
「……そう?」
「そうよ」
理永は少し考えるように首を傾げた。
「……植物を見たいから」
「はいはい。理永は研究が好きね。」
ベラトリスは楽しそうに笑う。
由良は、二人のやり取りを黙って聞いていた。
特に、何かを思ったわけではない。
ただ。
三人で歩くことに、妙な違和感がなかった。
ベラトリスはよく喋り。
理永は必要なことだけを話す。
由良も、無理に言葉を探すことはしない。
それでも、沈黙が気まずくなることはなかった。
森へ入ると、理永はすぐに足を止めた。
「……これ」
小さな花を見つけて、しゃがみ込む。
由良も視線を向ける。
「珍しいのか?」
「……うん」
「薬になる?」
「少し違う」
理永は花を眺めながら答える。
「魔力の流れが、普通と違う」
「そうか」
「……この辺りにしかないかもしれない」
由良は少し考える。
「なら、持って帰るか」
「……いいの?」
「採取していい場所なら」
理永が、小さく頷いた。
その様子を見ていたベラトリスが笑う。
「由良、あんた理永に甘いわね」
「そうか?」
「そうよ」
「必要なものなら渡すだけだ」
「それを甘いって言うのよ」
理永は二人の会話を聞きながら、花から目を離さない。
けれど。
ほんの少しだけ、口元が緩んでいた。
由良は、それを見た。
何も言わない。
ただ、その表情が残った。
――旅の途中では、見たことのない表情だった。
森から戻る途中。
ベラトリスが突然、由良の前へ回り込む。
「ねえ」
「……何だ」
「旅って、どんなところに行ったの?」
「色々だ」
「色々じゃ分からないわよ」
「……」
「砂漠は?」
「あった」
「海は?」
「ある」
「大きな街は?」
「いくつも」
「雪の降る場所は?」
「行った」
「じゃあ、空に浮かぶ島は?」
由良は少し考えた。
「見たことはある」
「あるの!?」
ベラトリスの声が弾む。
「どんなところ?」
「雲より高い場所に、いくつかの島が浮いていた」
「へえ……!」
ベラトリスの目が輝く。
隣で、理永も顔を上げていた。
「……どうして浮いてるの?」
「分からない」
「……調べた?」
「調べていない」
「……そう」
理永は少し考え込む。
その横顔を見て、ベラトリスが吹き出した。
「ほら。もう気になってるじゃない」
「……別に」
「顔に出てるわよ」
理永は黙った。
由良は、そのやり取りを見ていた。
少しだけ、不思議だった。
自分の話を、こんなにも楽しそうに聞く人間がいる。
旅先で見たもの。
聞いた話。
出会った魔物。
奇妙な植物。
土地ごとの風習。
種族の話。
そんなものは、由良にとっては旅の途中にあったものに過ぎなかった。
けれど。
二人は違う。
知らない世界の話を、まるで自分の目で見ているように聞いている。
「……また話して」
理永が、ぽつりと言った。
由良は、少しだけ目を瞬く。
「何を?」
「……旅の話」
「……分かった」
それだけ。
けれど。
その約束は、思っていたよりも自然だった。
その日の夕方。
三人は街へ戻った。
ベラトリスは相変わらず話し続けている。
理永は時々短く返す。
由良は、その間に必要な言葉だけを挟む。
いつの間にか。
三人で歩くことが、自然になっていた。
宿へ向かう途中。
由良は露店の前で足を止める。
小さな木箱に、見慣れない種が並んでいた。
「……」
一つを手に取る。
「それ、何?」
ベラトリスが覗き込む。
「珍しい植物の種らしい」
「へえ」
由良は、しばらく眺めた。
そして。
「……理永」
呼ばれて、理永が顔を上げる。
「これ、いるか?」
「……私?」
「ああ」
「……どうして」
由良は少し考えた。
「好きそうだから」
理永は、少しだけ目を見開いた。
「……うん」
小さく頷く。
由良は種を買い。
そのまま、理永へ渡す。
「ありがとう」
「……ああ」
ベラトリスが、二人を見ながら笑う。
「本当に、自然にやるわね……」
「何が?」
「なんでもない」
そう言って、先を歩いていく。
由良は、その背中を見る。
それから、隣の理永を見る。
理永は受け取った種を、大事そうにローブの袖の中へしまっていた。
――旅をしているだけだった。
そう思っていた。
けれど。
いつの間にか。
旅の途中で見つけたものを、
誰かに見せたいと思うようになっていた。
珍しい植物を見つければ、理永が喜ぶだろうと思う。
面白い本を見つければ、渡してみようと思う。
知らない土地の話をすれば、二人はどんな顔をするだろうと考える。
そんなことを考える自分が、少しだけ不思議だった。
まだ、それを特別な感情だとは思わない。
ただ。
この二人には、
見つけたものを話したくなる。
それだけだった。
「……由良?」
理永の声。
「……何だ」
「帰らないの?」
「……ああ」
歩き出す。
三人の足音が、夕暮れの街に重なる。
まだ、それを特別なものだとは思わなかった。
ただ。
一人で歩いていた道に。
いつの間にか、二人分の足音が増えていた。
それだけだった。




