(4)手掛かり
(視点︰少女)
休息を終えた少女は、再び机へ向かった。
温かいお茶のおかげだろうか。
頭の中が、先ほどよりも少しだけ澄んでいる気がした。
「もう一度……。」
観測帳を開く。
最初の頁から順番に読み返していく。
金の炎の反応。
由良との会話。
理永の研究資料。
一つひとつは独立した記録だった。
けれど今は、それらを別々ではなく、一つの流れとして見ようとしていた。
「変質への反応……。」
少女は小さく呟く。
金の炎は変質した存在へ反応する。
それは間違いない。
植物も。
動物も。
魔力の影響を受けた物質も。
すべて同じ傾向を示していた。
少女は頁をめくる。
由良についてまとめた記録が現れる。
そこだけは、何度読んでも他と一致しない。
「やっぱり……。」
羽根ペンで一文をなぞる。
『反応継続。修正なし。』
何度観測しても結果は変わらない。
「修正できないんじゃない。」
少女は首を横に振る。
「修正する必要がない……?」
その言葉を書き留めた瞬間だった。
胸の奥で、小さな何かが引っ掛かった。
「違う……。」
違和感がある。
修正する必要がない。
それだけでは、説明が足りない。
少女は目を閉じる。
由良の言葉を思い返した。
『守るためだ。』
静かな声。
迷いのない表情。
その時の由良には、後悔よりも受け入れているような穏やかさがあった。
「……意思。」
少女はゆっくりと目を開く。
「意思で選んだ変質だから……?」
思考が少しずつ繋がっていく。
これまで理永が研究してきた変質は、
戻りたいのに戻れない存在。
だから金の炎は修正しようとした。
けれど由良は違う。
自ら現在の姿を選んだ。
だから金の炎は――。
そこまで考えた時だった。
「難しい顔をしているな。」
穏やかな声が聞こえる。
少女が振り返ると、由良が窓辺に立っていた。
窓の外から吹く風が、黒い外套を静かに揺らしている。
少女は少し困ったように笑う。
「また考え込みすぎていました。」
「そう見えた。」
由良はそれ以上、理由を尋ねない。
少女が自分から話し始めるのを待っている。
その待ち方が、少女には心地よかった。
「一つだけ……。」
少女は観測帳を閉じる。
「少し分かったことがあります。」
「聞こう。」
「まだ仮説です。」
「それでもいい。」
少女は小さく頷いた。
「今まで私は、金の炎は『変質した存在を元へ戻そうとする』ものだと思っていました。」
由良は静かに耳を傾ける。
「でも由良さんだけは違う。」
少女は由良を見る。
「金の炎は反応しているのに、戻そうとはしていないように見えるんです。」
「……。」
「それは失敗しているんじゃなくて。」
少女は羽根ペンを握り直した。
「由良さん自身の意思を、尊重しているからなのかもしれません。」
静寂が落ちる。
由良はすぐには答えなかった。
やがて、小さく息をついて口を開く。
「……そう考えた理由は。」
「まだ証明できません。」
少女は素直に首を振る。
「でも、理永さんの記録と、私の観測を合わせると、それが一番自然なんです。」
由良はしばらく少女を見つめ、それから穏やかに頷いた。
「お前らしい答えだ。」
「え?」
「決めつけない。」
短い言葉だった。
少女は少し照れたように笑う。
「まだ仮説ですから。」
「その方がいい。」
由良も静かに笑みを浮かべる。
「急いで答えを出すより、ずっとな。」
少女はその言葉を胸の中で繰り返した。
焦らなくていい。
観測を続ければいい。
理永もきっと、そうやって歩いてきた。
そして自分も、その続きを歩いている。
少女は新しい頁を開き、静かに書き記す。
『意思による変質と、金の炎の関係について再検証する。』
まだ答えではない。
けれど確かな手掛かりが、一つ増えた。
塔の奥では。
金色の炎が、小さく、穏やかに揺れていた。




