(8)視線
(視点︰少女)
午後だった。
灰の塔には穏やかな風が流れ込んでいる。
少女は机へ向かい、理永の研究資料へ新しい書き込みを加えていた。
修正条件。
変質要因。
観測結果。
昼食も忘れるほど集中していた。
「……」
羽根ペンを置く。
少し肩を回し、小さく息を吐く。
その時だった。
ふと。
何気なく窓の外へ目を向ける。
「あ……。」
小さく声が漏れた。
草原。
黒い外套。
由良が立っている。
少女は数秒、その姿を見つめる。
やがて我に返った。
「また……。」
思わず苦笑する。
休憩をしようと思っただけだった。
景色を見ようと思っただけだった。
それなのに。
気付けば由良を見つけている。
少女は窓から離れる。
「癖になってるのかな……。」
誰に聞かせるでもなく呟く。
由良がいるかどうか。
確認するつもりはない。
それでも。
自然と目が探してしまう。
理由は分からない。
研究対象だから。
そう考えるのが一番自然だった。
少女は再び机へ戻る。
資料を開く。
文字を追う。
数行読んだところで、ふと顔を上げる。
視線はまた窓へ向かっていた。
「……。」
自分でも可笑しくなる。
今日はもう三回目だった。
少女は小さく笑う。
「本当に面倒な観測対象。」
静かな独り言。
その言葉には、少しだけ親しみが混じっていた。
窓の外では。
由良が空を見上げている。
少女はその横顔を眺める。
何を考えているのだろう。
何を待っているのだろう。
その答えはまだ分からない。
けれど。
分からないからこそ。
気付けば、また視線が向いてしまう。
少女はゆっくり資料を閉じる。
その瞬間。
塔の奥で。
金色の炎が、小さく揺れた。
まるで。
少女の視線を知っているように。




