(6)過去の記録
(視点︰少女)
机の上に、見慣れない紙の束が置かれていた。
いつもの記録とは違う。
紙の色も、質も、少しだけ古い。
「……これ」
手に取る。
端が擦れている。
何度も開かれた形跡。
「見ていい」
背後から、ベラトリスの声。
少女は一瞬だけ振り返り、すぐに視線を戻した。
「……はい」
ゆっくりと、最初の一枚を開く。
『対象:金色炎反応
発現条件:不明
持続:安定せず』
少女の指が止まる。
「……金色?」
小さく呟く。
自分の手元を見る。
同じ色。
同じ揺らぎ。
ページをめくる。
『対象:非生体(石)
変化:表面の整合
再現性:低』
「……」
さらに、めくる。
『対象:植物
変化:状態回復傾向
限界あり』
見覚えのある内容。
いや。
「……同じ……?」
少女の眉が、わずかに寄る。
紙の上の文字。
記録の形式。
観察の視点。
どれも、自分と似ている。
「……これ」
もう一度、紙を見る。
「誰の、記録ですか?」
背後で、少しだけ間があった。
長くはない。
だが、意図的な沈黙。
「……過去の研究記録だ」
それだけが返る。
少女は納得しない。
けれど、問いを重ねる前に、視線を落とす。
続きを読む。
『対象:生体(小動物)
反応:一時的活性
不可逆領域には干渉不可』
「……不可逆……」
小さく繰り返す。
その言葉が、少しだけ引っかかる。
ページをめくる。
手が、少しだけ速くなる。
『特異反応確認
条件:感情変動(大)
結果:――』
そこで、途切れている。
書きかけのまま。
「……?」
少女は目を細める。
続きがない。
それ以上、何も書かれていない。
「ここで、終わってる……?」
思わず、声に出る。
「終わっている」
ベラトリスの声は、変わらない。
感情は乗らない。
少女は、もう一度その行を見る。
空白。
書かれなかった結果。
「……失敗、ですか?」
振り返らずに、問う。
「――成功だ」
短く、返る。
少女の手が止まる。
「……え?」
振り返る。
ベラトリスは、いつも通りの表情で立っている。
揺れはない。
「成功……?」
「記録としては、そう分類されている」
その言い方に、違和感が残る。
「……でも、結果が書いてないです」
「……書けなかった」
――沈黙が落ちる。
少女は、もう一度紙を見る。
成功。
でも、記録できなかった?
「……そんなこと、あるんですか?」
小さく、呟く。
「ある」
ベラトリスは迷わない。
「観測できない領域に干渉した場合、結果は残らない」
「再現もできない」
少女は、言葉を整理する。
理解しきれない部分が残る。
けれど。
「……それを、再現するってことですか?」
「そうだ」
簡潔な肯定。
少女は、ゆっくりと息を吐く。
視線を、もう一度紙へ落とす。
同じ金の炎。
同じような現象。
そして――
記録されなかった“成功”。
「……」
胸の奥に、小さな違和感が残る。
理由は分からない。
けれど。
「……これをやった人って」
言いかけて、止まる。
聞くべきかどうか、一瞬だけ迷う。
「……知りたいか」
ベラトリスの声が、先に落ちる。
少女は、少しだけ目を伏せた。
考える。
「……少しだけ」
正直に答える。
ベラトリスは、ほんのわずかに間を置く。
「……優秀な魔女だった」
それだけを言う。
それ以上も、語らない。
少女は、その言葉を受け止める。
納得はしない。
けれど。
「……」
紙を閉じる。
「……続き、やります」
小さく言う。
ベラトリスは、頷く。
それでいい。
少女は机へ戻る。
ペンを取り、紙を開く。
手の中に、金の炎を灯す。
ゆらり、と揺れる。
さっきまでと、同じはずの光。
けれど。
「……」
ほんの少しだけ。
見え方が、変わっていた。
過去の誰かが、触れていたもの。
そして。
自分が、今触れているもの。
それが同じだと、証明はできない。
けれど。
「……」
指先の火を、見つめる。
消えない。
揺らぎながら、そこにある。
まるで――
何かを待っているみたいに。
少女は、ゆっくりと息を吸う。
研究は続く。
過去に触れながら。
まだ見えないものを、追うために。




