7 前、見てみなさいよ
お。
お館様が、スッ、と飛び立った。
白い光の線が、スーーー、と競馬場上空へ伸びていく。
光の柱に吸い込まれて、ぷっつり消えた。
柱はやがて、赤から白に変わった。
地面がグラリと揺れた。
そしてビリビリ、ビリビリと小さく揺れ続ける。
そしてまた、グラッ。ドンッ。
今度は突き上げるような揺れ。
二度、三度。
パチッ。
パチッ。
競馬場の周辺で何かが弾けたような音がした。
と同時に、街に、いくつかの閃光、続いて炎が上がった。
まだ山頂に控えていた妖怪軍第二陣が飛び立った。
火を消しに行くのか。
まとまった数の妖怪軍が次々と飛び立っていく。
なにか、街の被害を最小限にするために、赴くのだろう。
光の柱は。
もはや見えない。
目を開けていられない。
夏の太陽より数倍も眩しい。直視できない。
真っ白な眩い光を発していた。
思わず目を背けると、天王山全山の木々が強い光を受けて、樹氷かと思うほど白く光っていた。
無音の中で合戦は行われている。
一頭の魔獣に対し、お館様率いる幾万の妖怪。
前線を支える幾十万の妖たち。
千メートル下、地球の岩盤の中、魔獣を封じ込める妖怪の力。
岩盤を突き抜けるすさまじい妖力。
岩盤は円筒状に真っ赤に溶けているのだろうか。
そんなことはないのだろう。吹き抜ける風に熱はない。
そういえば、ランが言っていた。
科学で説明できないことに目を背けたがる人間。
説明などできなくとも、目の前に起きていることを素直に受け取ればいいのに、と。
「ミリッサ、後ろばかり見てないで、前、見てみなさいよ」
おお!
光の柱は、今や水柱となっていた。
いや、水ではない。
美しすぎる水色の光。
濃く薄く。
ガラスのシリンダーの中に青いインクを垂らしたように、揺らめいて。
東雲の空。
光の柱は、輝きを失っていった。
儚げに。切なげに。
存在感を消していく。
ゆっくり、ゆっくり。
柱の向こう、宇治の峰が透けて見えてきた。
茜色の空、柱は半透明になっても、まだそこにある。
光の底、競馬場のスタンドの屋根が見えてきた。
柱の中に茜色の光が差した。
宇治山からの日の出。
朝の光。
太陽の光に屈服するかのように、光の柱は、とうとう消えた。
終了か。
魔獣は、おとなしくなり、再び封印されたのか。
笛の音が聞こえてきた。
寂しげな音色。
長く長く、余韻を引いて。
いつ戻られたのだろう。
お館様が座っておられた。
ランが両手を上げた。
周囲の山々、ありとあらゆるところから妖怪が飛び立った。
朝焼けの空を覆いつくさんばかりに、京都競馬場めがけて飛んでくる。
山を駆け下る者も大勢いる。
その数、数万は下らない。
これほど多くの妖怪がまだ控えていたのだ。
己が役目のために。
街の修復かもしれないし、魔獣の封を確実にするための作業かもしれない。
妖怪の組織力、お館様の統率力、ランの知力と行動力。
そして妖怪たちの意気。
今、目の前で繰り広げられた光景に息を飲むばかりで、まだ、どんな感想も浮かばない
言葉にならない。
心の中で、お館様、ラン、と唱えるばかりだった。




