78 ミリッサ、私、どう、思う?
ンラナーラ、とは変わった通称だ。
当て字はないのだろう。
出席簿には名前と読み仮名の欄があるが、両方にカタカナで印字されている。
少しドキッとするほどの赤い目。シナモンカラーの長い前髪が左目を隠し、大きめの右目が上目遣いで見つめてくる。
いつも俯き加減で、巻き肩。背を丸めている。
小柄な体を、抹茶色やグレージュ系といった彩度の低い服が包み込んでいる。
昨秋、二年生向けの授業は受講していなかった。
三年生からの入学かもしれない。よくあることだ。
物静かな娘である。
低い独特の鼻にかかった声でゆっくり話す。
日本語に慣れていないのか、たどたどしい。
こちらから話しかけないと、自分から話しかけてくることはない。
「どう? 機嫌よくやってる? 大学生活、楽しい?」
妙な振りだが、それほど、この娘の印象は薄い。
誰かと一緒にいるのを見たことはない。教室でも学食でも、一人座っていることが多い。
なぜ、競馬サークルに入ってくれたのか、その時の記憶さえ、すでにあいまいだ。
その薄い唇から白い歯が覗いた。
「機嫌、いい、ですラ」
それだけ。
話題は続かない。
と、思っていた。
が、急に饒舌になったンラナーラ。
「ミリッサ、私、どう、思う?」
「ミリッサ、食べる、何が、好き?」
「ミリッサ、結婚、してる? 好きな人、いる?」
「教えること、おもしろい?」
「映画、とか、見る?」
などと連発され、面食らってしまった。
「あ? 私、変なこと、言った?」
「初めて、ミリッサと、話すラ」
「ミリッサ、眉毛、変。そこだけ、一本、伸びてる、いつも」
「それ、お守り、見せて」
前も、足元さえ見ていない。
赤い特大の右目が、見つめて放さない。
「ダメ」
お守りは見せられない。
それだけ答えるのが精いっぱい。
が、
「それ、ミャー・ラン、の」
おお?
知ってるのか。
話したことはないと思うが。
声のトーンを上げ、畳みかけてくるンラナーラ。
「そこから、ミャー・ラン、呼ぶ、する?」
えっ?
そこまで知っているということは。
それに、ランと呼ぶのではなく、フルネームのミャー・ランと言ったぞ……。
「ンラナーラ、君はもしかして」




