6 魔獣めが抗い始めたようでございまする
三人、お館様の脇に立ち、頭を下げた。
「すみません。お取込み中、お邪魔して」
「ようおいでくださった。ハルニナ殿やメイメイ殿までも。陣中お見舞い、かたじけなく思う」
ランの邪魔をせぬよう、少し離れたところ、光の柱がよく見える切り株に腰を下ろした。
時刻は午前五時前。
空が白んでくる時刻にはまだ少し早いが、闇が刻々と後退し始める時間帯。
風が心地よい。
熱を帯びているわけでもない。
山の夜気だけが運ばれてくる。
虫が鳴いている。
静かだ。
切り株から、芳香が立ち昇る。
居並ぶ妖怪たちに動きはない。
皆、一様に光の柱を凝視している。
目の前の男山、少し離れて甘南備山、視線を東に宇治の山々、北には京都西山の峰々。
それらの頂には小さな火の光。
妖怪たちの陣地。
いずこも、この光の柱の変化を注視しているのだろう。
真下を通る鉄道に列車はない。
名神高速道も京都縦貫道も真っ暗。
むろん、一般道路に車の往来はない。
大阪平野に目を転じると、いつもと同じような夜景。
生駒山上の電波塔の赤い光。
人はほとんどいないのだろうが、街の明かり。
遠く、救急車のサイレン。
「きれいね。超特大のプロジェクトマッピング、みたい」
「確かに」
「街は無事みたいね。細かいことは見えないけど」
「みたいだな」
「ねえ、ミリッサ」
「ん?」
「最近、あんまり話、してないよね」
「そうだな」
「時々、思うのよ。学生の時、楽しかったなあって」
「誰も、みんな、そう思うんだよ」
「うん」
「メイメイも、そう思う?」
「そうだなあ。淀川の堤防、歩いた時のこと、いい思い出」
「十三のネオンとか、川面に反射してきれいだったな」
「空中庭園のメラメラ照明も。私たち、二人だけ、かなりロマンチックだったね」
「あ、二人でそんなことしてたんだ」
「まあな」「へへ」
「ずる」
そんなことを、ポツポツ話しながら、事態の変化を待った。
もうすぐ東雲。
そろそろ合戦も終結のはず。
あ。
光の色が変わった。
それまで虹色だったものが、一瞬、真っ白に変わったかと思うと、たちまち真っ赤になった。
ん?
終了か?
それとも。
立ち並んでいた妖怪連が一斉に飛び立った。
男山の山頂からも甘南備山の山頂からも、黒い点が近づいてくる。
予定の行動なのだろうか。
不測の事態なのだろうか。
ランは、と見れば、立ち上がっている。
そして、両腕を大きく掲げ、旗を振るように右へ左へ動かしている。
もともと体の小さなラン。
腕の動きは空を飛ぶ妖怪に見えているのだろうか。
あるいはランの細い腕から、なにか「気」が発せられているのだろうか。
光の柱の周り、集結した妖怪たちが旋回している。
地上に降りた者もいるようだ。
何が起きているのか分からないが、見守っているしかない。
と、三四郎が口を開いた。
魔獣めが抗い始めたようでございまする。
そうなのか。
がんばれ! 妖怪軍!
既定でございまする。
ご安心くだされ。
我らがミャー・ラン殿、織り込み済みでございますれば。
そうか。
がんばれ、ラン!
声に出しそうになるが、ここは黙って応援を送るのみ。




