72 全然関係ない話、だろう、きっと
ヴォルガの顔を思い浮かべた。
きっと言い触らしてよい話ではない。
簡単に、しかし、皆の胸に残るように。
「たこ焼き居酒屋のオーナー店主クワッチーサビラさん」
ある殺人事件に関係しているようだという話がある。
どんな事件なのか、そもそも事件なのか、どう関係しているのか、という点はまだ見えてこない。
だから、今のところ、無視していい情報。
次。
「ちょっと待って。それってあのおじさん、殺人犯ってことじゃないよね」
と、ジン。
「オマエ、よく聞いたか? も一回、繰り返すか?」
「いえ。すみません。いいです」
ジンの頭の回転はすごくいい。
今の合いの手も、自分ではわかったうえで、あえて問い返している。
皆が同じ受け取り方になるまで、繰り返すという意味で。
次に、フウカと目を合わせた。
その目は、どうぞ話して下さい。
と言っているようだった。
「次はこの情報。これこそもっと関係ないかもしれない。いいな?」
フウカの上司、サリっていう女の人だけど、行方不明になってる。
行方不明、理解できてるよな。
今の世の中、行方不明ってのはよほどのことがないと、ない。
誰もがGPS機能付き機器をいくつも持っていて、警察はいつでもそれにアクセスできる。町中にカメラがあって、それをAIが見ている。
電車に乗るだけでさえ、主要鉄道は顔認証。
意味、分かるよな。
でも、もう一度言うよ。
全然関係ない話、だろう、きっと。
今度は、ジンがフウカの方を向いた。
「フウカ先輩、今の話、どうしてボクたちに聞かせたんですか?」
ジンらしい。
次々に考え、それをどんどん言葉にする。
危うい面もあるが、往々にして良い方へ向くことが多い。
得な性格だし、周りを巻き込むことに繋がる。
「そうねえ、ジン、今、先生がおっしゃったように、無関係だと思うわ。でも、ちょっとだけ関係するかも、とすれば、その上司、ひどく悩んでたのよ」
フウカがフッと息を吐いた。
「上司の住まい、実家ね、は天王寺区。それに、安倍晴明神社の勝守り、星形のマークの付いたもの、それをバッグにぶら下げてた。だから、上町ペンタゴンにも行ったことがあるかも、って思ってみただけ。かすかなかすかな接点、かもしれない。ということ」
「星形のマークか……。それって」
「ジン、情報はいいけど、吟味は先生の話を全部聞いてから、ね」
「はい。ですね。すみません。ミリッサ、じゃ、続きを」
大した話ではないかもしれない。
しかし重要な情報。
守衛から聞いた、食堂のおばちゃんの話。
「大学の学食、あれは丸木フードサービスという業者に委託してるんだけど、そのパート社員、いつも僕らに、ごはんよそったりおかずを並べたりしてくれてる女性。行方不明かもしれないんだ。たぶん、夏休みが始まる前後から。あいまいな話なんだけど」
「ええっ」
ジンの声に、多くが息を吸い込んだ音がかぶさった。
「イオさん、っていうんだ。名前知ってる人もいるかもな」
「えっ」
と今度はルリイアが反応した。
「知ってた?」
「はい。覚えてます。親切な人で……」
「だね。俺もよくしてもらってる」
「あのスラッとしたきれいな人のこと?」
「きつい感じの?」
学生らは全員、知っているようだ。
歳が離れていても女の子のチェックは厳しい。特に美人には。
「ミリッサがいつも話してる人」
ふう。見られていたのか。
それでだな。
そのイオさん。
なんと、上町ペンタゴンに行ったことがあるようなんだ。
それから、巡礼をしていたと思われるんだ。
その後、連絡取れず。
「彼女の巡礼。上町ペンタゴンと関係してる、もっと言うとその巡礼地のひとつかもしれない。あくまで、もしかして、だけど」
さすがに、何人かが息をのんだ。
「それに、スズカじゃないけど、狐の毒饅頭、なんか、気になるんだよな」




