4 今、考えなくてもいいことじゃない?
妖怪村のランの屋敷に落ち着いた。
だが、いつまでもここで、顔を突き合わせているわけにはいかない。
合戦の終了と関西地方の環境の安定化は、何日かかるか、分からないのだ。
どうしたものか。
思いついたことはある。
お館様の医療であれば、この娘の病も快方に向かうのではないか。
スペーシアの骨折がわずか二、三日でジョギングでもできるようになった、あの医療なら。
ランに依頼できるだろうか。お館様に依頼できるだろうか。
しかし、今、この女には話せない。
期待を持たせるわけにはいかない。
「ハルニナ、ちょっと」
「そうね。あそこに移動してもらいましょうか」
カニの療養所。
あそこならベッドもある。医師がいて看護師がいる。
逃げ出される恐れもない。
「頼めるか?」
「うん。今、呼びに来させる?」
「頼む」
「ヲキさんにも伝言しとく。相談相手になってあげてって」
「ああ。彼なら」
女らを送り出し、一息ついた。
同時に、どっと疲れが押し寄せてきた。
熱いココアを啜り、仄かに甘いラスクをかじりながら、ハルニナとメイメイと、また少し話をした。
「どうなるんだろう」
「合戦? それとも今の三人?」
「どれもこれも。なにもかも」
「でもまあ、当面の関心事は避難命令解除かな? 長くはかからないみたいだけど」
三四郎経由で外の状況は聞いた。
魔獣封じは順調に進んでいるようだ。
このまま進めば、明け方ごろには完了するだろう、とのことだった。
町の被害も大したことはない。
大規模な停電は起きているが、火災も起きてなければ、大きな地震もない。
大気の汚染も水質の汚染もないはず。
あくまで、このまま順調に進めば。
だが、相手はまともな心を持たない巨大な古代魔獣。
予断は禁物。
「今日中に命令解除、明日には人が戻ってくる、てなればいいけど」
「そうね。でも、私たちはそれからが本番」
「コアYDの復旧か」
「そう。人力ではどうにもならないと思う。また、お館様に助力を依頼するしかないのよね」
「だろうな」
「どんな見返りを要求されるか、恐ろしすぎて」
「そうかな。案外、寛大だったりして」
「かもしれないけど、妖怪、加減ってこと、知らないから」
「まあな」
「当面、コアUDに機能を集約する方向でも検討してるけどね。もともと、こういう時のための二拠点制なんだし」
見返りか。
金銭の要求ではないはず。
ハルニナの命を差しだせ、という類のものでもないはず。
「予想もつかないから、困るのよねえ」
「でも、こうは言えないか。そもそも魔獣が暴れ出したのは妖怪の怠慢。そっちのせいでこんなことになった。損害賠償だ」
「それ、ミリッサ、お館様に言える?」
「俺は、言えないな」
「魔獣を封印してるのは、人間社会を護るため、って言い返されてますますこっちの立場は弱くなっちゃう」
「だな」
そんなことを話していても、意識はまだ、今救出し、療養所に送り出した女らに向かう。
「ハルニナ、あの連中、気にならないか?」
「考えるのは避難命令が解除されてから。で、いいんじゃない? それまで、どうせ、出られないんだから」
「そうだな……」
「安心して。療養所のスタッフ、完璧な対応するから」
「ああ、そこは全然心配してないよ」
「二人ともカニだから、その点では安心かな。手慣れてるし」
「なるほど、そうだったのか。なので療養所」
「まあね」
そういえば、あの巨大猫、あれは何だったんだろう。
ランが仕向けた?
なぜ?
「ま、それも、今、考えなくてもいいことじゃない?」
そうだ。
今、こんなことに悩んだり、考えあぐねたりしても意味はない。
その時が来れば、本人が話してくれるだろう。




