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36 学食のおばさんというより

 三限、四限と、授業は何事もなく進み、何人かの学生の名前と顔をインプットし、来週も授業に顔を出してくれることを期待しながら帰宅の途につく。

 その前に。


「先生。ちょっと気になることがありましてね」

 守衛室のパイプ椅子に腰かけてライトウェイの話を聞いた。


「身内の話で恐縮なんですが」

 と前置きをして、

「イオっていうんですが、先生もご存じでしょう。学食のおばちゃんなんですけど」と、言い出した。



 知っている。

 いつも、俺には多めにご飯を盛ってくれる。

 こちらが二日酔いだと見れば、少なめにしときましょうかと聞いてくれる。

 四十前後で、気の利く美しい女性。

 学食のおばさんというより、素敵なバスガイドさん、という雰囲気を持った女性である。



「実は、私の従姉妹なんですが、どうも姿が見えなくなって」

「え?」

 確かに、このところ、顔を見ていないような気がする。

「どうも、あの、なんですか、大阪のパワースポット、上町ペンなんとかという……」


 えっ。


「そこに行ってから、なんとなく思ったことがあるみたいで」


 こんな偶然もあるのか。

 それにしても、姿が見えなく?


「上町ペンタゴン、ですよね。ええ、行ったことはあります」


 簡単に説明した。

 卒業生の実家が経営していることは触れずに。

 もちろん自殺事件のことも触れずに。



「そういうところなんですね……。一年半ほど前なんですけど、あれから、イオの様子が……。あ、いや、すみません。彼女が先生のことをよく知ってると言ってたもんですから。もし、なにかご存じなら、と思いまして……、すみません」


 俺をよく知っている?

 そう言われるほど親しくはないが……。

 名は名札を見て知っている程度。

 配膳カウンターを挟んで二言三言、話すだけなのだが……。


 なぜ彼女は、自分の名がミリッサだと知っていたのだろう。

 学生らが言うのを聞いて知っていたのだろうか。



 しかし、問い返してあげないのは失礼だ。


「イオさんと仰いましたか、従姉妹だったんですね。それで、えっと、連絡が取れないということなんですか?」

「ええ。電話にも出ないし、どこに行ってるのやら……」

「ご心配ですね。なにも知りませんが、もしよかったら、もう少し詳しく」

 とさらに水を向けたが、

「いやいや、すみません。そんなことより」

 と、いつもの話題になった。

 紅焔山の栗の実がそろそろ、と。




 その夕、大阪府警に電話を入れた。

 ヴォルガという刑事に替わってほしい。


 よかった。

 彼女はまだ勤めていた。


 署内の電話では話しにくかろう。

 会う約束をした。

 ヨウドウも、都合がつけば同席してくれるかもしれない。

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