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第4話 似たもの同士の行方②

 ※           ※           ※


 —上空一万メートル—


 シンとデニーは広大な空を高速で飛行しながら、徐々に戦闘区域へと近づいていた。しばらくの後、量子通信を通じて、デニーの声がシンの耳に届く。


「そろそろ戦闘区域に入るぞ……気を引き締めろよ!」


 シンは心に僅かな安堵を覚えた。


 ——良かった、僕とデニーさんの心は同じ方向を向いている……。


 そう思った、まさにその時だった。


 “ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ!”


 ——!


 突然、シンの耳を襲う警告音がコックピットに響き渡った。次の瞬間、警告音に重なるようにして、デニーの機態がロックオンされたことがHUDに表示される。


「ちっ、やっぱり噂通りだぜ!」


 ——戦闘区域の直径は300キロもあるのに……⁈ だが……。


 シンは一瞬血の気が引いた。だが、それは予想していたことだった。シンは、数週間前にアルフレッドから聞いたジェイコブの話を刹那に思い出していた。アルフレッドの口ぶりから察するに、彼につけられていた異名は「サイレント・イーグル」(シンからすると随分チープな通り名前だが……)。彼は知能機関シオンの能力を最大限に活用し、常人離れした射撃精度を誇る天才だという。しかし、その技術は諸刃の剣。いかなる状況でも冷静沈着さを保ち、精神を揺るがすことのない、強靭なメンタルがなければ成立しない、超長距離射撃技術。

 だからシンは冷静だった。そのことも彼の頭の中でリスクの一つとして計算済みだった。彼自身、一週間前からデニーさんとLOINEを通してある程度の作戦を立てていた。その中には超長距離射撃への対抗策をいくつか用意しており、それを感覚派のデニーに合わせて組み立てるつもりでいた。


「デニーさん、僕はあなたの感覚を信じています! それに合わせた戦術を練っていきますから、大丈夫です!」


「よし、俺もお前の戦術を信じてるぜ、シン! 頼んだぞ!」


 デニーはシンを力強く励ますと、躊躇なく急降下を開始した。しかも、ただの急降下ではない。機態を螺旋状に回転させながら降下する、バレルロール降下だったのだ。


 ——さすがデニーさん!


 ジェイコブの超長距離狙撃は、精密な照準が不可欠な技術。ほんの僅かな誤差が大きなズレにつながる。それを踏まえ、デニーはバレルロール降下によって意図的に機態を不規則に動かし、相手の照準を狂わせ、命中精度を低下させているのだった。


 ——さあ、次は僕の番だ!


 シンは、もう一人の新人パイロットの動向も警戒しつつ、前回同様ズームクライム(急上昇)を選択した。この空域における三次元的な機動には限界がある。空域の端から端まで狙うことの出来るジェイコブの能力では、どこもかしこも射程圏内だ。しかし、垂直方向には理論上限界がないことをシンは知っていた。これならジェイコブはより広い範囲にまで目を運ばせなければならない。文字通り、「宇宙空間」を目指してシンは機態を垂直に傾け上昇させていく。

 その間シンは同時にHUDから、ジェイコブの様子を探っていた。どうやら、ジェイコブは水面すれすれをバレルロールしながら逃げるデニーに対し、照準を定められずにいた。それでも斜め上方から自立型極超音速ミサイルを発射し、執拗に追尾を試みる。


 ——よし、これで二手に分かれた。


 一端の安心。

 機態はシンのしばらくの操縦により、高度120キロに到達。大気圏を突破し、漆黒の宇宙空間へ機態が突き抜けたのも束の間——シンは即座に機態を反転させた。重力と加速が織りなす奔流に身を任せ、突入角度も大気の摩擦も意に介さず、一直線に急降下を開始する。機態はプラズマと、機態を覆う高熱の赤い光芒で染め上げられる。あまりの急激な姿勢変化と、息をのむ速度差に、背後で追尾していた新人パイロットの機影は、瞬く間に豆粒のように引き離されていく。

 それはシンの計算通りだった。

 機内で追跡者を振り切ったことを確認したシンは、脳内で次なる一手を描き始める。デニーとの合流。そして、宿敵ジェイコブの捕捉——その思考は、降下の速度に劣らず、研ぎ澄まされていた。


 ——長距離狙撃が使用不能な今の状況では、ジェイコブさんはさながら籠の中の小鳥だ……!


 シンはそう確信し、猛烈な勢いで降下しながらデニーに指示を送る。


「(デニーさん、急旋回!ブレイク!)」


 一方、シンの指示を受けたデニーは機態の槍のような主翼を限界まで捻り曲げた。すると、機態のバンク角が瞬く間に増し、狙った旋回方向へ機態を強引に傾ける。海面すれすれでの急旋回は極めて危険な行為だが、デニーは卓越した操縦技術でこれを完璧にやってのけた。その直後、デニーを追尾していた三発のミサイルは、目標を見失い、宙空で激しく衝突、巨大な爆発を引き起こした。紅蓮の火球と黒煙が、ジェイコブの機態ごと周囲を瞬く間に覆い尽くす。

 シンはその一瞬の混沌を捉え、背後から非殺傷レーザー砲の照準をジェイコブの機態へと定める。


 ——これなら、当たる……。


 シンはそう確信していたが、信じられないほど、照準が合った時のセンサー音が全く鳴らない。機内で彼は、この状況からジェイコブが一体何をしたのか、強い疑問を抱き始めていた。すると、デニーさんからの凶報が届く。


「(シン、水中だ!)」


 ——まさか、そんなことが……? ベテランのパイロットには得意ではないはずだが……?


 シンは驚愕する。それでも冷静さを保とうともう一度操縦桿を強く握る。シオンのサポートとHDUヘッドアップディスプレイ表示の情報を信じ、ジェイコブの行方を追う。


 ——1605キロ!


 シノンの力を借り視力を拡張させて下を見ると彼はかなりの速度で航行しており、水面は巨大な波頭となって盛り上がっていた。まるで巨大な海洋生物が海面を切り裂いて進むかのように、ジェイコブは水面から僅か30メートル下を滑るように遊泳していた。水飛沫が巨大な尾のように後方に長く伸び、その航跡はまるで海面をひっかき通した傷跡を付けていた。海中にいる敵に対してのミサイルの使用は水面との干渉や複雑な地形の影響で困難を極め、レーザー兵器の威力も大気と海水の屈折や減衰によって大幅に低下してしまう。


 ——僕も、潜水を……!だが……。


 シンの脳裏に、前回の作戦で水中潜行を試みた際の苦い記憶が蘇った。あの時、彼は空中で機態の制御を一時的に失い、逆に危うくアルフレッドさんを殺めるところだったのだ。また同じ轍を踏むわけにはいかない。リスクを冒すよりも、確実に任務を遂行する方法を選ぶべきだった。

 シンは自制し、ルールで定められた水中滞在時間のリミットを改めて意識する。ジェイコブがいつ水面へ浮上してくるかを予測しながら、高度を維持し、上空を警戒旋回していた。その時だった。


 “ピピピピ!”


 ——!


 突如、耳をつんざくような警告音が再びコックピットを満たした。けたたましい音と共に、HUDにはっきりと、自機がロックオンされたことを示す赤い警告表示が点灯した。


 ——誰だ!いや、まさか……あれしかいない!


 シンの視線が上がると同時に、彼の目の前に、小から大の円が重なるホログラフィックの視覚拡張器が展開された。それはシンの視覚能力を拡張し、遙か遠方の情景を鮮明に映し出す。

 映し出されたのは、はるか上空にいる新人パイロットの機態だった。その機態は、まるで捕食者が獲物を狙うように翼を折りたたみ、シンを完全に捕捉していた。既にホバリングモードに移行し、機態の先端を中心に生成されたビット群がエネルギーバレルを生成、長距離狙撃の体勢を整えている。

 

 ——こんな距離からだと⁉ まさか……そのために僕らを!


「(危ない、シン!)」


 あれほど無茶な操縦を続けていたデニーも、ただならぬ気配を察知してか声を張り上げる。

 次にデニーは即座に機首を上げ、高度を取りながら新人パイロットへの牽制に向かう。シンも射線に入らないよう、機態を大きくバレルロールさせながらアルケオンドライブの出力を上げると、猛烈な加速で上昇を開始した。

 するとそれに反応したのか新人パイロットは射撃体勢を中断。逆に急上昇に転じると、自然に三機の機態はそろって上昇をはじめる形になった。


 しばらくして三者は共に宇宙空間へと到達した。宇宙空間では、シンたちは新人パイロットを捕捉し、背後を猛追する。あと僅かで射線に捉え、ロックオンできる距離まで迫っていた。


 ——今度こそ、先手を奪える…!


 ロックオン体勢に入ろうとした、まさにその瞬間だった。再び“ピピピ”というけたたましい警告音がコックピットを満たし、シンのHUDには今度は自機がロックオンされたことを示す赤い警告表示が激しく点滅した。

 

「(シン、今度は下だ!気を付けろ‼)」


 デニーの切迫した、ほとんど悲鳴に近い声が量子通信を通して脳に響く。シンは地上の方に向け再び視覚能力を拡張させる。


 ——……!


 シンは理解した。機態は、下方、すなわち地上方向、それも真下に近い角度からジェイコブにロックオンされていることを示していたのだ。その事実を知りシンは再び思索しようとするが余裕がなかった。


 ——もう時間がない。相打ち覚悟で、後はデニーさんにジェイコブを託すしか……。


 シンは咄嗟に新人パイロットに向けて非殺傷レーザー砲の照準を合わせた。

 すると機躰前方。先鋒の当たりからまるで鋭利な花弁が咲き誇る様に無数のエネルギービットが幾何学的な秩序をもって無の空間から凝縮して現れた。それと同時に眩いばかりの光球が現れ、起死回生の一撃を放とうとした、その瞬間だった。


 “ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼”


 甲高い警告音とともにシンのHUD全面が赤く染まり、無情にも撃墜表示が大きく表示された。


 ——何が起こった? まさか、ジェイコブが水中からこのタイミングで長距離狙撃を仕掛けたのか? 確かに水面の方は注視していたはずなのに…… それよりも、デニーさんは無事なのか?


 激しい衝撃と同時に混乱により意識が遠のく中、状況を把握しようと必死に思考を巡らせるシンに、量子通信ではっきりとデニーの声が届いた。


「やられたな、シン……。俺たち、いや、三人とも二次元的な戦闘空域を超えてしまった。場外判定だ! ジェイコブは、水中での撹乱と並行して新人パイロットに意識を誘導、最終的に新人パイロットをおとりにすることで、俺たち二人を場外に誘い出す作戦…… いや、違う。俺らの特徴を完全に理解した上で、この状況を作り出したんだ!」


 ——そんな手があったとは……!


 再び珍しく論理明晰なデニーさんの言葉を聞いて、シンは全身から血の気が引くような感覚を覚えた。しばらくどういうことか思考を巡らせていると、ふと脳裏にジェイコブの周到な策略が鮮明に浮かび上がった。これは単なる偶然や成り行きではない。ジェイコブは最初から、この結末を見据えていたのだ。水面下での撹乱は、あくまで陽動。真の狙いは、新人パイロットを囮に使い、シンとデニーを戦闘空域の外へ誘い出すこと。そして、そのために、僕らの戦い方、テクニックの成熟度、性格を、全て読み切っていたのだ。

 シンはその事実に愕然とした。しばらくして深い悔恨と、自身の未熟さを痛感していた。もはや戦闘は終わった。残された行動は、規定の着陸地点へ機態を向けることだけだった。シンは重い手で操縦桿を操作し、帰還の途についた。



 

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日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


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下記の記述、先だって殺めそうになったのはアルフレッドだったような? --- あの時、彼は空中で機態の制御を一時的に失い、逆に危うくジェイコブを殺めるところだったのだ。
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