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第2話 それでもの一歩③

「お前たち、お疲れ。今日はこのくらいで終わりにしよう。ここから一週間は、様々な準備や操作に慣れてもらう。そして、来週からは実際に訓練を行ってもらうから、覚悟して今から準備しておいてくれ。いいな! 返事!」


「「はい!」」


 皆が一斉に力強く返事をし、その日の訓練は解散となった。新兵たちはアーマースーツを脱ぐため更衣室へ向かい、先輩隊員たちが付き添うようにその後ろをぞろぞろとついていく。僕も更衣室へ向かおうと踵を返すと、アルフレッドさんが唐突に話しかけてきた。


「どうだった、今日一日のオリエンテーリングは?」


 しかし、そうフランクに言われても、僕は素直に返答することができなかった。先ほどの件があったからだ。


「いや、出会った時からそうですけど、いちいちからかわないでくださいよ、アルフレッドさん。僕はまだ勝手が分からない新米兵士なんですから」


「ごめん、ごめん。先ほどは悪かったな。それはそうと、シンだったっけ……。少し君のプロフィールを拝見して、経歴が気になったんだ」


 アルフレッドさんの言葉に思わず息が詰まった。


「君は東アメリア高等士官学校の特進コース出身だったんだろう?今の時間、キャリア組は別のカリキュラムを受けているはずだが、こんなところにいて本当に大丈夫なのか?」


 ——なんでそんなことを……。


 彼が平然とした様子で、僕の痛いところを突いてきたからだ。特進コースのキャリア組試験合格率は、約九〇パーセントと言われている。残りの十パーセントは他の大学に進学するか、起業する者がほとんどだ。多分、僕のように最終選考で不合格となる者は、特進コースの過去の歴史を見ても前例がない。そう、僕はその稀な失敗例になってしまったのだ……。

 すると、僕が少し暗い表情になったのを察したのだろうか。アルフレッドさんが謝罪をする。


「悪い、悪い。まあそんなに落ち込むなよ、シン。別にキャリア組じゃなくてもいいことはあるぞ。彼らは俺たちと違って時間の融通がきくし、色々なことができるんだ!特に大学生の頃なんてそうだ。普通の一般大学生より多少忙しくなる程度だけど、お金も入ってくるし、他の人よりも早く君も立派な社会人の一員になれるんだよ」


 ——社会人の一員?この社会で何の生産性も生まない軍隊が?ただ国からの税金で人からお金をむしり取り、生きながらえているだけの寄生虫なんかじゃないのか?

 大体みんなが軍隊のような公務員に人が集まるのは、一番生活が安定しているからだ。キャリア組になれば、仕事は忙しくなるが、より安定的な現金が手に入る。そんなことも知らないで言っているのか?あなたは?あなたは一応キャリア組である少佐なのに、そんなことが言えるのか?——


 しかし、そんな事実をアルフレッドさんに正面切って言えるわけがない。僕は体を震わせ彼を睨みつけ、危うく口をついて出そうになった黒い言葉を飲み込んだ。


「悪かった、悪かった。今言ったことは……そんな気にするな。それはいいとして……話を替えよう」


 アルフレッドさんはそう言うと、少し考え込んだ。すると今度は身を乗り出して尋ねてきた。


「それじゃあ……唐突に聞くが、シン。君は、彼女とかいるのか?実はな、こんなことを言うのもなんだが……俺なんかこう見えて昔っから、マジでびっくりするような子に告られたりして、意外とモテてたんだよ。それで、実は昨日、彼女と付き合って二周年だったんだ!シンはどうだ?」


 彼は得意げに小指を立てて見せた。


「いません」僕は彼の不意な発言に冷静さを取り戻し、淡々と答える。


「マジかよ。じゃあ、そういう経験は?」彼はさらに身を乗り出し、露骨な言葉を口にした。


「ありません」


「嘘だろ?キスも、その……そういうことも?」


 まるで中学生のような稚拙な質問に、僕は内心うんざりしていた。そんなことをする時間も、意味も感じなかった。


「どちらもです」


 アルフレッドさんは僕の返答を聞いて明らかに戸惑っていた。彼は何か僕から肯定的な反応を引き出そうと、言葉を探すように頭を掻いている。重苦しい沈黙が流れる。


「それで……ここに来て一週間になるが、大学で友達はできたか?」


「いません。中学、高校とほとんど一人で過ごしていましたから」


「最近、何か楽しいことはあったか?」


「ほとんど家で過ごしていたので、特に何も」


「この街の印象はどうだ?どこか気になる場所はあるか?」


「どこも似たような建物ばかりで、特に新鮮味はありませんね」


「趣味は?」僕は少し考えた。何かあったような気もしたが、はっきりとは思い出せない。


「今は特にありません」


「大学を卒業したら、将来はどうするんだ?夢とかないのか?」


「特に。今の、安定した生活が続けばいいと思っています」


「じゃあ、稼いだお金はどうするんだ、何に使うんだ」


「投資に回します。将来が怖いんで……」


「それじゃあ、昔の友達とか、知り合いとかは?誰かいるだろう?」


 ——確かに、いた……。しかし、それはある目標に向けての繋がりで、深い関係とは言えない。僕は一瞬躊躇したが、結局正直に答えた。


「昔から、特にいません」


 アルフレッドさんは完全に言葉を失ったのか、彼の繰り出す言葉は、僕の簡潔な返答によってことごとく受け止められ、まるで言葉の応酬によって互いの心が静かに削り取られていくようだった。重い沈黙が、僕たち二人の間にじっとりと広がっていく。整備士たちの作業音が、その沈黙を際立たせていた。

 しばらくして、アルフレッドさんは諦めきれないといった様子で、低い声で呟いた。


「——本当に、何もいないのか?」


「ええ」僕は短く答えた。彼は小さく歯をカチカチと鳴らし、少しいら立ちの表情を見せた。


「信じられない……。なあ、お前、ここまで来て、一体何がしたいんだ?何のために来たんだ?」


「——だから、安定した生活を、求めて……。」


 僕は正直に答えた。すると、アルフレッドさんの声が少し大きくなった。


「安定?そんなもの、ただの言い訳だ!人間、それだけじゃないだろう!夢とか、目標とか、何かあるはずだ!もっと人生かけてやりたいようなことが!」


 僕は何も言わずに、彼の顔を見つめ返した。彼の目は、苛立ちと、それ以上に、僕に対する戸惑いを帯びているようにも見えた。アルフレッドさんはさらに声を荒げた。


「夢も、彼女も、友達もいらないってのか!ただ安定だけを求めてここまで来たって言うのか!そんなの、おかしいだろう!本当は、心の奥底で何かを求めているんじゃないのか?何かやりたいこと、なりたいもの、あるんじゃないのか?言ってみろ!」


 彼の声は格納庫に大きく響き渡り、周囲で作業をしていた整備士たちが、何事かとこちらに視線を向け始めた。工具の音や機械音が止み、静かな注目が集まる。

 彼の熱意に、僕は圧倒された。かつて、僕の中にも確かに、燃えるような夢や、抑えきれない欲望があったはずだ。しかし、歳を重ねるにつれて、現実という壁に何度もぶつかり、角が取れていった。いつしか、安定を求めることが、この社会を生き抜くための最善策だと思うようになった。組織や制度に身を委ねる方が、確かに効率的で、リスクも少ない。それでも、アルフレッドの言葉は、僕の心の奥底に深く突き刺さった。まるで長い間閉ざされていた扉を、力ずくでこじ開けられたかのように。押し込めて、押し込めて、見ないようにしてきた、心の奥底に眠る熱い想いが、彼の言葉をきっかけに、堰を切ったように溢れ出した。周囲の視線を感じながらも、僕は、ようやく、絞り出すように本音を口にした。


「——本当は……みんなと一緒に努力して、協力して、何かを成し遂げたかった。そして、その喜びを……分かち合いたかったんです……」


 あの時、ジャンやイリア他の皆とともに喜びをただ、分かち合いたかった。だがもう後の祭り、今はただ重い塊がただ胸の奥に留まっているだけ。しばらくの間それは体から抜けなかった。

 それでも、僕は気持ちを押しのけ、ふと見上げた。すると、アルフレッドはどこか安心したように、かすかに微笑んでいた。


「シンの心の内が少し知れてよかったよ。まあ、真面目にやっていれば、そのうち何とかなるさ」


 ——時間が立てば何とかなる?どういう意味だ?僕のこの気持ちが、時間経過で自然と癒えるものなのか?


 理解しかねた僕は、彼をしばらく見つめていた。

 ふと周囲を見回すと、あまりに話す時間にゆっくりと時間をかけていたせいか、格納庫にいた他の隊員たちはすっかり姿を消していた。残っているのは、機態を整備する整備士たちと、彼らの作業を補助する整備無人空中機テックドローン、そして僕たちだけだった。

 すると、聞いたことのある太く低い声が飛んできた。


「おい、貴様ら!何をしている!整備士たちの邪魔になるだろう!あまりにも遅い!そんなことではお前たちの評価に大きく響くぞ!」


 準備室にもどってこない僕らの様子を見ていたのかジェイコブさんが扉の前にいた。


 ——人の気持ちも考えずに……。いや、違う。ジェイコブさんの言う通りだ。これも全て僕の責任だ。僕の努力が足りないから、こんなにも時間がかかってしまったんだ……。


 僕はそう考えながら、一瞬立ち尽くした。その時、アルフレッドさんが、気を遣ってくれたのだろうか、不意に僕の背中を軽く押した。ほんの一瞬の接触だったが、彼の掌の、五本の指の感触が、まるで焼き印のように鮮明に伝わってきた。その瞬間、体の中に熱いものが駆け巡る。まるで体内からプラズマが発火したかのように、熱が込み上げてくる。重く沈んでいた身体が少し軽くなり、アーマーを脱ぎに準備室へ向かう、僅かながらも確かな力が湧いてきた気がした。

 

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日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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