第2話 それでもの一歩②
そう言われ、僕たちは先輩隊員たちと共に、ジェイコブさんが案内する場所へと連れて行かれた。そこは、パイロットが機体へ搭乗するにあたって、あらゆる準備を行うための、広々として清潔な空間だった。両側にはたくさんの認証パネル付きのロッカー、中央の天井からはアメリア軍の基地の情報やニュース映像の流れるホログラフィックビジョンが常設されていた。
僕たちは先輩たちの指示に従い、まず制服を脱いで軽装になると、支給されたアーマーをベストのように上からかぶって装着した。すると、金属製の硬質なベストは、自動的に僕の胸部に合わせてぴったりとフィットした。ただ、その後どうすればいいか分からず、新人の隊員たちが戸惑っていると、ジェイコブさんが大きな声で指示を飛ばす。
「その手首についているステラリンクを確認してみろ!」
皆が言われた通りにステラリンクを見た。どうやらステラリンクとアーマーは自動的に接続されているようで、ステラリンクのホログラフィックディスプレイには『Deploy the armor(アーマーを展開せよ!)』と表示されている。ふとタップすると、最初に胸の装甲から雲のような微粒子が噴出し、体にまとわりつくように薄く全身を包み込んだ。それはまるで液体から固体へと変化するように凝縮し、最終的には少し金属光沢を帯びた装甲が全身に装着された。それは、古典的なSFに登場するようなぴちぴちのパイロットスーツでもなく、昔、小さい頃にヒーローもので見たような、人が乗り込むタイプの二足歩行ロボットのようなものでもなかった。ノーマルな状態でも自身の身体能力を強化してくれそうな、洗練されたデザイン。そして、グレーを基調としたパイロットアーマーが僕の体にぴったりに装着された。
「今、お前らが身に着けている胸部から展開されたものが、対位相空間融合装甲(Anti-Topological Space Fusion Armor)——略して、ASFアーマーだ。試しにちょっと外に出て、少し動いてみろ!」
ジェイコブさんに促され、新人の隊員たちは皆ぞろぞろと、先輩隊員たちに見守られながら準備室を出て行く。
準備室の外は巨大な格納庫に繋がっており、そこでは整備士たちが整備無人空中機と協力して、浮遊固定架台によって空中に固定されている様々な飛行機態類を整備していた。そんな中、僕たちは彼らの作業の邪魔にならないスペースを見つけ、軽く走ってみることにした。
「お~~~」
「わ~~~」
「凄い!」
皆がいつもとは違う体の万能感に感嘆の声を上げる。僕もいつものランニングとは違う、少し刺激的な疾走感を楽しんだ。
「うわああああああ!止まってくれーーーーーー!ぶつかるーーーーーーーー‼」
ふと周囲を見渡すと、どうやら調子に乗りすぎた新人隊員が、走るスピードが速くなり壁に激突しそうにさえなっていた。だが、ジェイコブさんが自身のステラリンクを操作して彼のアーマーの機能を停止させ、動きを止めていた。
「まだ本来の用途とは違う。事故を起こしかねないから気をつけろ、お前たち!」
——確かに、そうだ。
僕は我に返った。これは本来、パイロットとして機態に乗るため、僕の身体を守るための役割があるのだ。完全に僕らはその用途を忘れ夢中になって動き回っていた。しかし、これを使用するならば千五百メートル走、垂直とび、反復横跳び、もぐらたたき、パンチングマシーン、野球、僕はどんな競技にもこれを着て出場すれば出禁間違いなしだと確信したほどだ。
しばらくアーマーを体に慣らしていると、不意に野太い声が聞こえ、僕たちは声のする方に顔を一斉に向けた。
「おい! そろそろ時間だ!遊んでばかりいないでこっちにもどってこい!」
ジェイコブさんは僕たちに強く指摘する。皆我に返り急いでジェイコブさんのところに整列するように向かった。
皆の列がそろったのを確認すると、ジェイコブさんは続けて話す。
「よし、一旦元に戻ったな……。次の手順として、新人隊員たちはそれぞれ指定された先輩とペアになって一機ずつ用意してある機態に向かい説明を受けるように、それじゃあ始め!」
ジェイコブさんの“パン!”という掌の破裂音とともにぞろぞろと先輩隊員が新人隊員に近づいてくる。僕のところにはさきほど本心ではないと思うが僕を嵌めたアルフレッドさんが僕に就いた。
「さっきはごめん」申し訳なさそうに僕の顔に向かい手を合わせ、アルフレッドさんは口を一文字にして言った。僕は「いえ、大丈夫です」と手のひらを彼に向けて答えた。
「それじゃあそこに置いてある機態に行こうか」
アルフレッドさんは機態のある場所に行くので僕は後ろをついていく。しばらくすると見えてきたのはとても鋭利な形状をした荘厳な雰囲気を漂わせる戦闘機態だった。表面はほんの少しの軟性感がある滑らかな金属で出来ており、その先端、翼ともに針のように鋭い形状をしていた。
アルフレッドさんは機態の目の前に着くと僕に向って解説をし始めた。
「ご覧の通り、通常時の全長は二十五m、翼幅は一五m、全高は七・五m。機態は全面がフェムト・ユニットで形成されており、翼は基本的なデルタ翼だが、可変前後進翼となっている。水平尾翼とは一体型で、あとで乗ってモニターを見ればわかると思うが、全天球型だ。推進系統はアルケオンドライブが……ああ、説明するのは面倒くさい! 型式番号はNX-01A、正式名称は対位相界戦闘機動態(Anti-Phase Domain Combat Unit)。略称は……まあ、何でもいいよ。大体、戦闘機態なんてそんなものでしょう?」
——ここは詳細に言わないんかい!
彼はそう投げやりに言い僕は突っ込みたくなったが、僕はその機態をまじまじと見た。
「まあ、俺たちはXを抜いて0をOにして、1を抜くと……N0A。型式番号から『ノア』という愛称で呼んでいるんだ、軍隊でも正式にその愛称で呼ばれるようになっているよ」
「そ、そうなんですね……」
——か、かっこいい、だが……。
このままでは僕はあの式典で浮いていた機械オタクみたいになってしまう。いけないいけない——僕は気持ちを落ち着かせようと心の中で言い聞かせた。なぜなら、その見た目はどんな小さな子供が見ても目を輝かせるほどの、小枠な外見をしていたからだ。
「まあ、何かわかりやすい名前で呼べばいいよ、それより、今、その機態に近づいたからステラリンクを見てみな。そこの表示を押すと機態と繋がるはずだから」
ふとステラリンクを確認すると「Synchronization(同期)」という表示が見える。僕はそれをタップする。すると操作に応えるように戦闘機態のキャノピーが微細な金属音を立てて、デジタルデータの様に消え去り、リフトが降りてくる。僕は機態の状態を見ていたアルフレッドさんの指示を待つ。
「なんとか接続できたようだな……。それじゃあそこに垂れ下がっているリフトに乗って操縦席に座ってみようか」
そう言われ僕はリフトに捕まり引っ張られるように上昇した。そしてインテグレーター(コックピット)の中に背もたれに寄りかかり、脚を延ばすように搭乗した。士官学校時代にシミュレーションの訓練は相当取り組んでいたので、内装はほぼ頭に入っている。操作ボタンは少しで、あとはほとんどがホログラフィックディスプレイのシンプルで無機質な空間になっている。操作方法は、コックピットの両サイドにあるダブルインタリンクレバーを操作することで動く。僕は、学んだ記憶を辿りながら、改めて各部を確認していく。
——このレバーは高精度な感圧センサーとフィードバックシステムを備えていて、パイロットの手の微細な動きを正確に反映する……。さらに、ステラリンクを経由した生体電位共振リンクシステムによる操作が可能で、パイロットの意識や無意識の判断をリアルタイムで機体へ反映する……。——そうそう、こうだったこうだった。
昨年の二四期までシミュレーターで操作していた感覚を、おぼろげながら思い出していく。しばらく僕が基本操作に夢中になっていると、アルフレッドさんが装備用の梯子に昇って僕の近くまで来て声をかけた。
「君、一つ操作を忘れているぞ!士官学校で行ったシュミレーターよりも操作内容が増えるからそこも留意しておくように」
突然、アルフレッドさんは僕のすぐそばまで近づいて来て、僕の手首に装着したステラリンクを操作し始めた。すると、首のあたりから金属の微粒子が生成され、瞬く間に僕の頭部を覆い、目の前には透明な壁が形成された。そしてその直後、視界一面に大量の情報が映し出される。
それは、例えるならばアモルファスマスク。
凹凸もない透明な何かが僕の顔面を覆っていた。だが触れても形がつかめず、正体が掴めない。僕は一瞬で血の気が引き反射的に顔からその透明な何かを振り払おうと手を動かしたが、何の抵抗もなく手をすり抜ける。不意に僕はアルフレッドさんを向いた。
一方の彼はそんな僕の気持ちもつゆ知らず、自身のステラリンクから多数のホログラフィック表示を展開し、熱心に操作していた。その指先の動きは、僕の混乱とは裏腹に、驚くほど冷静で精密だった。
「あの、アルフレッドさん!これは一体……!僕はこの後どうすれば~~~」
「よし、OKだな!」
彼の呟きと同時、僕の目の前のヘッドアップディスプレイの片隅に『pre F...』と表示された。その瞬間、僕のASFアーマーが、まるで精密機械のように微細な音を立てながら、戦闘機態の操作系統と完全に一体化したかのように感じられた。体に触れている装甲の感触が、まるで皮膚の一部になったかのように、より繊細になった。
——何だ、これ……?
初めての感覚に戸惑い、思わずアルフレッドさんを見てしまう。彼はにこにこしながら操作を続けており、僕はひとまず安心して彼の操作に身を委ねていた。
しかしそれは違った。
「アルフレッド! そこまではやらなくていい!」と、ジェイコブさんから予想外の指摘が飛んできた。アルフレッドさんはにやにやとした顔で「はいはい」と頭を下げ、言われた通りに慌てて操作を解除していく。
——また、からかうつもりなのか……。
僕は内心少し焦ったが、アルフレッドさんは付け加えた。
「ごめん、ごめん、少し試してみたかっただけなんだ。本当にできるかどうかね。まあ、それは置いといて、ここまでの操作は一週間もあれば何とか習得できるようになるから、後は三次元コードで読み取った資料を基に、勉強と実習を繰り返すだけだよ。頑張りな」
——置いといてじゃないでしょ……。でも、まあ……。
アルフレッドさんの説明を聞き、少し心が落ち着いた。僕はジェイコブさんの集合の合図があるまで、士官学校時代までのシミュレーション訓練の記憶と、三次元コードで読み取った資料、そして今のアルフレッドさんの説明を頭の中で整理し、必要な事項はメモを取った。そして、戦闘機態への乗り降りから、実際にアルケオンドライブを始動する前までの基本的な操作を繰り返し練習した。リフトを使えば上り下りはできるものの、かなりの高さがある場所を何度も往復するのは大変だったが、慣れてくるとスムーズに行えるようになった。
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