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第2話 それでもの一歩①

 7期下旬 昇恒9時50分 天気:晴れ 

 場所:アメリア軍内施設


 僕がアメリア軍に勤務しながらAFDU(国立アメリア軍大学)に通い始めてから、一週間が経った。最初の週は大学のオリエンテーションが中心で、軍務はほとんどなかったが、いよいよ今日から本格的に軍の仕事が始まる。大学に所属する隊員の典型的な一日は、概ねこのような流れだ。



 昇恒5時―起床 ベッドメイキング 身支度 個人清掃

 昇恒5時30分―朝の体力訓練 (PT) ランニング 筋力トレーニング ストレッチング

 昇恒6時30分―朝食 食堂での食事

 昇恒7時 ―部隊集合と点呼 上官の指示 日程の確認

 昇恒9時―学業の時間 講義に参加 大学の授業やセミナー

 降恒0時―昼食 食堂での食事

 降恒1時―学業の時間 講義に参加 実験や演習 自習や課題の取り組み

 降恒4時―軍事訓練または業務 射撃訓練 戦術訓練 機器のメンテナンス 兵站業務

 *軍関係者は基本的サークルや部活には入れない

 降恒6時―夕食 食堂での食事

 降恒6時30分―自由時間または追加学業 自習や課題の取り組み 図書館での勉強 体力トレーニング 趣味やリラックスの時間

 降恒8時―部隊集合と点呼 上官の指示 翌日の予定確認

 降恒8時半―個人の時間 自室での時間 洗濯や清掃

 降恒9時半―消灯準備 身支度 就寝前の準備

 降恒10時―消灯 自由時間


 N曜日を除く毎日、僕はこのような多忙な日々を送っている。


 今日から第一二総合領域防衛団(12th Integrated Domain Defense Agency Group)。特別な指令がない限り、ここが僕の活動拠点となる。新兵の僕は今日会議室に集まるはずだったが、場所が全く分からず、基地内で完全に迷子になっていた。

 アメリア軍の基地は、外部防衛を最優先する多層構造かつ複雑な区画で構成されている。さらに、基地全体が特殊な金属で形成され、一期に一度、部屋の形、大きさ、場所が変更されるという、まるで生物の細胞のような構造をしている。その混乱は、個人端末のフレモにホログラフィック地図を表示させても、すぐに状況を把握できないほどだった。僕は地図を何度も回転させ、なんとか目的地の区画を探し当てようと必死だった。

 そのとき、僕の右往左往する様子を察したのだろう。僕より少し年上であろう、肩までの黒髪の青年が微笑みながら声をかけてきた。



「君、何か探しているのか?」


 途方に暮れていた僕にとって、彼が声をかけてくれたのはありがたく、素直に彼に事情を話した。


「第一二総合領域防衛団の新兵説明会が開かれる場所を探しているのですが、立体地図ではこの場所にマーカーが表示されているのですが、実際に来てみるとどうも違うようで……。今、完全に迷ってしまっているんです。この場所をご存知ですか?」


「ちょっとその表示を見せてくれるか?」


 若い隊員らしき彼は、僕のフレモを覗き込み、指をさして指摘した。


「なんだ、君。今、地図を回しすぎて、表示されている場所が真逆になっているだけじゃないか。今季、会議が開かれる場所は、このフロアの反対側にある。俺も同じ部隊だから、一緒に行こう!」

 内心、本当に助かったと思いながら、僕は若い男性の後を追うように会議室へ向かって歩き出した。少し時間があったので、いささか野暮だとは思いつつ話しかけてみた。


「あの、失礼ですが……お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「俺は、アルドレット・フォン・ノーレン。二四歳。一応、階級は少佐だ。血液型はA型。他に何か聞きたいことはあるか?」


「あ、いえ、大丈夫です」


 青年が、尋ねてもいないことまで淀みなく答えたので、僕は驚いて遠慮がちに平素な返事をした。

 ——多分この人は根がいい人なんだろうな……。

 最初は軍隊に入れば事あるごとに難癖付けられていじられると少々畏怖していたが、この人がいれば何とかこの部隊でやっていける可能性はある。僕は少しの安心と少しの不安を浮沈させながら、会議の開かれる会場までゆっくりと向かっていた。

 しばらくして会議が開かれる場所に到着した。すると、ドアを開き開口一番、部屋の奥からおじさんの怒鳴り声が飛んできた。


「何やってる、アルフレッド! いつも定刻五分前には席についてる、それが暗黙の掟のはずだろうが! もう二分も遅れてるじゃないか! 一体、どうしてこうなった!」


 アルフレッドさんは僕を指差しながらへこへこと軽薄な返答する。


「はい、実はこの新人の隊員君が少々道に迷っていたので「大丈夫かな~?」と思い少し話し相手になりながらここまで案内してきたんです」


「馬鹿か、お前は。お人よし過ぎるんだよ、こんな不安定な世の中で、もしもの有事の時はいちいちこんなことはしていられないはずだ! もう少し状況を見極めて行動するように」


 アルフレッドさんはペコペコしながら自分の頭をさすり、平謝りする。アルドレッドさんに言うことを言い終わったおじさんの目線がぴしりと僕に移り替わり、矢のような指摘が飛んでくる。


「そしてお前、名前は」


「はい、今年度入隊したばかりのシン・ヨハン・シュタイナーと申します。よろしくお願いします!」


「お前も、今のアルフレッドの様子を見ただろ! 次からは五分前行動を徹底するように」


 僕はアルフレッドさんに習いこくりと平謝りをする。


「無言で返さない! 返事は“はい”だろ!」


 僕は唐突に心臓を掴まれた感覚がして、すかさず「はい!」と返事をした。


 ——さっきアルフレッドさんには返事は要求しなかったのにどういう事なんだ? こういう論理的ではなく感情的になる人、あまり僕はあまり好きになれないな……。


 僕は支離滅裂な発言をする目の前のおじさんを訝しげに見ながら、後ろの空いている席に移動し着席する。すると、隣からブロンド色でミディアムストレート髪の若い隊員がにやにやしながら僕に話しかけてきた。


「お前災難だったな、新人はいつもこんな感じなんだぜ、少し早めに来ようとしてもここの場所が複雑だから道に迷って、いつもアルフレッドさんが最後に遅れてやってくるから迷っている新人隊員は案内されてくるわけだ。その確率はここ数年大体九〇パーセントなんだぜ!」


「そ、そうなんですか……教えて下さり、ありがとうございます」


 意外と日常茶飯事の事象だと理解し、それならなぜ学ばないのかと僕は前にいる二人を遠目から見て少し体の力が抜ける感覚を覚える。が、自分ももう少し下調べとしておけば迷わずに済めたのだと我に返り反省もしていた。


 開始時間になると、先ほど僕を叱責した金髪で短髪の男性が壇上に上がり、様々な説明を始めた。会場には、先ほどまでの和やかな空気とは対照的な、張り詰めた緊張感が漂っていた。


「今年入隊してきた新入生の皆さん、入隊おめでとう! 私はこの第一二総合領域防衛団で隊長を務めるジェイコブ・オリバーだ。よろしく頼む。早速だが、君たちがこれから空軍で活動していく上で必須な支給品がある、先輩方配ってやってくれ」


 そう言ってジェイコブさんの合図と共に先輩方が動き出し、十数名の新人隊員の目の前にアタッシュケースほどの大きさで頑丈なケースが配られた。


「自身の学籍番号を入力してケースを開いて、中身が入っているか確認しろ」と、ジェイコブ隊長は命じた。

 開ける前に、僕たちはしばらくその頑丈そうなケースをまじまじと眺めた。まるで小学生がプレゼントを開ける時のように、期待に胸を膨らませながら学籍番号を入力する。番号が認証されると、ケースは“プシュー”という音を立てて開き、中には主に三つの物が入っていた。一つは平たい棒状の装着式デバイス、もう一つは僕の体にぴったりと合うように作られた精巧なチェストアーマー、そして最後は何かを読み取るための三次元コードだった。

 ジェイコブさんは電子黒板に補足説明を書き実物を持ちながら解説する。


「まずこちらのちっこい方はステラリンク、正式名称はウォッチ(W) 型フェムト・ユニット内蔵型知覚拡張電脳だ、アメリア軍の標準装備で、隊員はほぼ全員が装着している。知能機関「シオン」搭載だ。また、全体がフェムトユニットで構成されているため、状況に応じてフレキシブルに形状を変化させることも可能なものだ」


 目の前でジェイコブさんが棒状になっているステラリンクを近づける。すると、ステラリンクはまるで手に張り付くように“カチャリ”と手首に装着された。


「さらに特筆すべきは、その通信機能だ。ステラリンクに搭載されているフェムトユニットが脳神経と直接接続することで、まるでテレパシーのような形で量子通信を実現する。 通常の音声通話も可能だが、テレパシーの様に言葉を発する必要がないから、作戦行動中などにおいては非常に有効だ。まあ、詳細な設定は後で行うとして……早速、接続してみろ!」


 フェムトユニットとは、アメリア軍に技術提供を行っているアメリア恒星間航行研究開発機構(Interstellar Flight Research and Development Organization)——略称:I.F.D.O.——という組織が開発した技術である。分子工学と量子工学の融合によって生み出され、極小スケールでありながら自律的に自己組織化を可能とする高度な自己組織化構造体を指す。どのようにしてそのサイズで自己組織体を構築できるのか詳細は不明だが、ある特定の未知の粒子が関与していると言われていることは、僕が知る限りだ。

 話は変わるが、僕は早速ケースを開け、中に入っていたステラリンクを取り出した。それは一見、磨き上げられた平たい金属の棒のように見えた。しかし、それを左手首に近づけると、内蔵されたセンサーが微かに青く発光し、反応を示した。すると、棒状だったステラリンクは滑らかに変形を始め、まるで生き物のようにしなやかに丸まり、吸い付くように僕の手首に装着された。その瞬間だった。


 ——!


 肌に触れたフェムトユニットから微かな電流が走るような不思議な違和感を覚えたが、すぐに慣れて気にならなくなった。

 それよりも、僕は装着されたステラリンクに継ぎ目が全く見当たらないことに、一瞬、取り外せなくなるのではないかというかすかな不安がよぎった。しかし、その感情を読み取ってか手首のくるぶしあたりが淡く光った。僕はそのガイドに従い両側から軽く押さえるように触れると、ステラリンクは抵抗なく、いとも簡単に外れた。僕は安堵の息をつき、落ち着いてフレモを取り出し、続いての作業に移るため表示された三次元コードに重ね合わせ説明欄を見ていた。しばらくしてふと視線を上にするとジェイコブさんは周囲の様子を窺いながら、フレモに表示される説明文を注意深く読み、ステラリンクの設定を進めていく。そうしているうちに、皆の設定がなんとか完了したのを確認したのだろう、次のアイテムの説明に移った。


「もう一つは、β版ベスト(BT)型対位相空間融合装甲だ。これは少し広い場所で装着する練習をしながら説明するから、新人共は一緒に俺についてこい!」


 そう言われ、僕たちは先輩隊員たちと共に、ジェイコブさんが案内する場所へと連れて行かれた。そこは、パイロットが機体へ搭乗するにあたって、あらゆる準備を行うための、広々として清潔な空間だった。両側にはたくさんの認証パネル付きのロッカー、中央の天井からはアメリア軍の基地の情報やニュース映像の流れるホログラフィックビジョンが常設されていた。




「面白い!」「続きを読みたい!」と感じていただけたら、ぜひブックマーク、そして下の★5評価をお願いします。 皆さんの応援が、今後の執筆の大きな励みになります。

日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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