第61話
「廸子!! 俺と一緒に有馬SE〇しにいかねえ!!」
「……ついにセクハラがダイレクトアタックに代わってアタシびっくり」
もう、ここは男らしく直球勝負でいくしかねえ。
頼みの綱だった工藤ちゃんはあてにならん。
当初の予定通り廸子に有馬温泉に一緒に行ってもらうしかねえ。
なに、スケベな気持ちなんて微塵もありゃしないんだ。
俺はただ、いつもマミミーマートで頑張ってお仕事している、廸子のことを労ってやりたくて温泉に誘った。
それだけなんだ。
別に――いつもと違う環境で、二人の関係もシフトチェンジ。濡れた髪に上気した頬、上がる酒のピッチに盛り上がる猥談。いつしかそういう話になり、じゃぁ、アタシで童貞捨ててみる、みたいな、そういう展開を求めている訳じゃない。
そんな、幼馴染と温泉旅行~湯上り姿がすっかりと女になっていた彼女~とかじゃないんだ。
うん。
「大丈夫!! 俺、廸子が処女だってこと知ってるから!! 間違っても、有馬SE〇しに行って、温泉に入るとかそういうことにはしないから!! 有馬SE〇するだけだから!! ほんと、入るだけだから!! だから安心して!!」
「まったくあんしんできねえ」
「なんでよ!! 有馬SE〇するだけじゃない!! いいじゃない、有馬SE〇だけなんだよ!! 別にあわよくば、温泉に入ろうとか、そういうことは俺、ちっとも考えてない!! 健全!! よーちゃんはとても健全!! 有馬SE〇することだけを考えている、健全な幼馴染だから大丈夫!! 一緒に、俺と、有馬にSE〇しにいこうよ!!」
「よし!! 一旦落ち着けぇ!!」
背負い投げ。
俺は廸子に腕を引っ張られそのままマミミーマートの床にたたきつけられた。
流石の廸子。
道場でこの歳になってもしっかり鍛えているんだな。
こんな綺麗に投げ技きめて。
本当に成長したな。
処女は捨ててないけれど、日々、成長しているんだな、廸子。
お前は本当にすごい奴だよ。
「で、落ち着けって何が?」
「よし!! 有馬に何をしに行くって?」
「温泉入りに行く!!」
「よし!! じゃあ、あわよくば?」
「SE〇したい!!」
「よし!! 叩いたら治る!! 単純な脳みそをしていてよかった!!」
単純な脳みそって。
そんな、人の頭はテレビやラジオじゃないんだよ。
これだからやーねパソコンもろくに使えない田舎者は。
ほんと、廸子ってばそういうところどうかと思うの。もうちょっと近代文明に歩み寄っていかないと、お婿さんとか夢のまた夢だと思うの。
はぁもう。
そういう所もかわいいんだけどな。(真顔)
さて。
工藤ちゃんに「いいから行けって断れないから」と励まされて、レジの廸子に声をかけたはいいものの、しょっぱなから幸先の悪い感じになってしまった。
これ、脈あるやつ。
それとも、無いやつ。
どっちなのか、俺、童貞だから分かんないよ。
フードコートで待機している工藤ちゃんに助けを求めるように視線を向けるも、苦い顔して顔背ける。もう、ほんと頼りになんない。
なんなのよもう、アンタが行けって言ったんじゃないの。
無責任だなぁ。
友達甲斐のない奴。
ほんとプンスコである。プンスコ。
「あーまー、実は千寿さんから話は聞いてる。有馬温泉の宿泊チケット、譲ってもらったんだって?」
「え、マジ? あのババア、たまには気の利いたことしてくれるじゃんかよ」
「そのきをだいなしにしておいてそういうこという?」
「それなら話が早いや。ババアがいかないそうなので俺たちで行こうぜ、有馬温泉。お前、一度も行ったことないだろ?」
「……それ、誘い方としては下の下だと思うんだけれど」
何がだよ。
幼馴染を温泉に誘うのに誘い方とかそんなの考える必要あります。
というか、チケット余っていてもったいないからいこうぜ――という言葉に隠れた俺の男心も汲み取って。素直にデート誘えない男心を察して。
ラブコメ鉄板の奴じゃん、こんなんさぁ。
あわよくばとか言ったけどさ、別に、それはほら、いつものセクハラの話だし。
本気で言っている訳じゃございませんよ。
冗談よ、冗談。
まだ医者から就労許可出てないんだ。
そんな状況で、幼馴染の人生を台無しにするような、そういうことはできねえさな。就労許可が出たって、またしっかり働けるようになるまで、働いていけるという確証がもてるようになるまでとてもとてもってもんですよ。
ほんと、いつまで待たせるんだかね。
情けない奴。
「別にさ、アタシじゃなくてもいいんじゃねえの? 美香さんとかさ? おばさんと一緒に行ってもいいじゃん。ちぃちゃんだっているしさ?」
「……やだ、お前がいい」
かっと廸子の顔が赤くなった。
すぐに顔を逸らしたけれど、耳の先まで真っ赤になっているから丸わかりである。というか、自分で訊いておいて、そのリアクションはないだろ。
まったくほんとかわいい奴め。
そして、拗ねる幼馴染に、男らしい言葉の一つもかけれない俺のヘタレめ。
廸子がどういう言葉を欲しているかくらい分かるだろう。
今の自分にできる範囲で、誠実に言葉にしてやれよ。
それくらいは別に、病気だってしてもいいんじゃないのか。
いや、するべきだろう。
「悪かった言い直す。廸子、いつもお仕事おつかれさん。俺、今は金なくて病気だからあんまりしてやれることないけどさ、都合よく温泉のチケット手に入ったから、よかったら一緒に行かない。おつかれ会。お前さえよければデート」
「……お前さえよければが不要」
「有馬温泉でデートしましょう廸子さん。俺、何度かあそこ行ったことがあるからそこそこ案内できます。とびっきりお洒落して、美味しいものたべて、温泉入ってゆっくりして、リフレッシュしよう」
顔のほてりを冷ましたいのだろう。
両手で頬を挟む廸子。
ぺしりぺしりと何度か叩くと、彼女は俺の方を振り返る。
ジト目。
本当に本当なのかと問うようなその視線に、思わず苦笑いがこみ上げる。
何をそんなに警戒してんだよ。
「なんだよ廸子。俺、セクハラはするけど、お前のこと騙したりはしないだろ?」
「……まぁ」
「だったら信用しろよお前。大丈夫、心配しなくてもとびっきり楽しいた――デートにしてやるからさ」
もうここまで来たら言い繕う必要もないよな。
俺も開き直ってデートを言ってしまった。
ふむ。
薬のおかげか、根が図太いのか、よく分からないが。
意外と言ってみるとたいしたことないのな。
むしろ、言われた方が照れてるってどうなんだよ。
まったく。
「いやか?」
「……いやじゃない」
「もう予定あるのか?」
「……その日は有給使っていいって、千寿さんが言ってくれた」
「じゃぁ、爺さんが心配とか?」
「……まぁ、一日くらいなら、たぶん大丈夫だと思う」
「きまりだな」
「……むぅ」
なんだか最後の最後まで、妙に食い下がる廸子。
いい加減その顔やめろよ。
いいじゃんか別にデートくらいと、俺は彼女に手を伸ばす。
頬を支える手を外せば。
満面の笑みがヤンキー三十路娘の顔から零れた。
あ、はい。
そういうことですか。
「ちょっ!! やめろや陽介!! デリカシーねえなぁ!!」
「えー、ちょっと、やだー、廸ちゃんてば、そんなに一緒に温泉行くのが嬉しいの? えー、そんなにー、そんなに笑っちゃうくらい嬉しいのー?」
「……〇なす!!」
大丈夫。
もう、死んでます。
今の俺はほらあれです、肉体に残った残留思念がなんとやら的な奴です。
ほんと、廸ちゃんてば、時々おもっくそ乙女チック卑怯。
「陽介!? ちょっと、どうした陽介!? いきなり倒れて!! さっきの背負い投げか!? さっきのあれがまずかったのか!?」
例によって、僕はまた死にます。
俺の幼馴染みは即死攻撃があるから――怖いんだよなァ。




