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第62話

 俺の名前は本田走一郎!!


 今日も今日とて玉椿町にロングドライブ!!

 もはや、夜間学校上がりの日課になってきている感があるぜ!!


 けど、あんまりに足しげく通うもんだから――。


「走一郎!! ちょっと聞いたわよ!! 最近学校上がりに家に帰らずどっか出かけてるんですって!! 門限までには帰ってるみたいだけど、おばさんたちが心配するから、ちょと自重しなさい!!」


「……けど」


「なに!! 私のいう事が聞けないっていうの!!」


 やっかいな奴にいちゃもんをつけられちまったぜ!!

 ちくしょう!!


 けど、言われて止まる俺じゃねえ!!

 もはや俺は、お兄ちゃんやお姉ちゃんたちとの世間話がないと、生きていけない体になっちまったんだ!! 一日に一回、玉椿を町を感じないといけないくらい、あの町にはまっちまったんだ!!


「変なクスリとかにハマってるんじゃないでしょうね!! ダメよそんなの!! あんたね、会社の跡取り息子の自覚を持ちなさいよ!!」


「そんなんじゃないよ!! なんでそんなこと言うのさ!!」


「そ!! それは……あんたがなんか、毎晩楽しそうに出かけていくから!!」


「いらない心配だよ!! もう、僕のことは放っておいてよ!! 僕は確かにまだ成人していないけれど、会社で働いてる社会人なんだ!! どう生きたって自由じゃないか!! 門限と法令は守っているんだから、問題ないじゃん!!」


「あ、ちょっと!! 走一郎!! まだ話は終わってないのよ!!」


 会社のバイク――開発中――で走り出す!! 行先は玉椿町!!

 俺は幼馴染の手を振り切って、今日も玉椿町へ向かうのだった――!!


◇ ◇ ◇ ◇


「……っていうことがあってね。ちょっと、自分でも言い過ぎたかなって思ってるんだ。どう思うお兄ちゃん? 僕、酷いこと言っちゃったかな?」


 なんか最近、走一郎くんにいろいろと愚痴られることが多くなったな。


 俺がこのくらいの年頃には、毎日えちえちなグラビアとか眺めて、すっきりして過ごしていたものだけれど、それは学生だからこそ為せる業。

 普通に仕事してたら、そりゃいろいろと溜まるよな。

 リビドー以外の何かも溜まるよな。


 社会からドロップアウトして久しい俺だが、仕事のストレスが半端ないのはよく分かっている。

 それでなくても、走一郎くんは青春を犠牲にして、家業に尽くしているんだ。


 分かる。辛さは分かる。


 けれど――。


「え、ちょっと待って。その会話の相手は誰ぞ?」


 この話の相手が誰なのか分からない。


 いきなり人間関係を端折られて話されても困る。

 俺、そしてカウンターから俺たちの話を聞いていた廸子は、ちょっと落ち着いて走一郎くんと、今にも泣きだしそうな暗い顔をした少年に声をかけるのだった。


 そんな顔をする辺り大事な人なのは分かるよ。

 それも分かる。


「えっと、お話していませんでしたっけ。僕の幼馴染なんですけれど」


「へぇ。走一郎くんも、女の子の幼馴染がいるんだ」


「アタシらと一緒か。そりゃなんか運命みたいなのを感じちゃうな」


「ぜんぜん違いますよ!! お兄ちゃんとお姉ちゃんみたいな関係じゃないんです僕たち!! 一方的というか!! いつも向うがつっかかかって来て!! 全然、こうお兄ちゃんたちみたいに想いあってる感じがしないんです!!」


 想いあってるって。

 いや、まぁ。


 そんなことあるけどよう。


 走一郎きゅんよう。

 照れるじゃねえかお前、そんなの面と向かって言われちまったらさ。


 俺ら確かに玉椿町のベスト幼馴染。

 皆が羨む理想の幼馴染やってるよ。

 今度一緒に温泉行く約束とかもしちゃったよ。


 けどおめぇ、そこまで持ち上げられるほどのものでもねえよ。


 でへへ。


「想いあってるってさ。なぁ、なんか照れるよな、廸子?」


「うん。もうちょっと、こんびにでのたいおうも、おもいやってくれると、わたしもすなおにてれられるんだけどなぁ」


「セクハラは愛情表現じゃない!! そこに愛がなければ、決してできない感じの奴じゃない!! もうっ、俺の愛の表現方法が間違っているっていうの!!」


「かぎりなくくろにちかいくろ」


 クロ以外のなにものでもねえ。

 そんなにセクハラいやだったか廸子。


 しかしやめん。

 だって、毎日廸子に用もないのに会いに行っているとか、噂された嫌だし。

 お爺ちゃんお婆ちゃんに、変な噂とかされたらいやだし。


 あらやだ、また、陽介くんたら廸子ちゃんの所にいって、よっぽど好きなのねとかそういうの困るし。

 もう、ほんと困るし。


 それだったら、アイツまた幼馴染の所にセクハラしに行ってるよ、どうしようもねえ奴だなって言われた方がマシな感じがある。

 恋心をセクハラで隠せて、なんとかなってる感がある。


 だから、セクハラは俺にとって必要なんだよ、廸子。

 分かってくれ。


「もう!! 聞いてるの!! お兄ちゃん!! お姉ちゃん!!」


「あ、ごめん」


「ごめんごめん走一郎くん。なんだか訳ありな感じだね」


 廸子の言葉が図星だったのだろう。走一郎くんがうっと呻く。

 みるみる蒼い顔になった彼。


 これはよっぽど、複雑な事情があると見た。


 実はと語りますまでに数十秒。迷いに迷って、走一郎くんは、彼の幼馴染について話はじめた。


「その、実は彼女は、僕の会社の取引先のお嬢さんで」


「……ほう」


「えっ、えっ、ちょっと待って、それ、今どきそんな話あるの?」


「会社の関係で、どうしてもこう無視できない力関係が僕たちの間にはあって。幼馴染って言ってもほら、親会社と子会社ってなると、どうしてもその関係が効いてきちゃうじゃない。もちろん、子会社だからって全部いいなりって訳じゃない、持ちつもたれつの部分もあるけど。やっぱそれでも、一流企業と町工場じゃ、越えられない部分があるっていうか」


「あるんだな、マジで、そんな昼ドラやエロ漫画の中でしか見たことない関係」


「びっくりだわ」


「けど、僕は彼女――夏っちゃんのことは本当に大事に思ってて。会社とか、家族の関係とか、そんなの抜きに大切で。けど、その、年上ってこともあるのかな」


 いつまでたっても、夏っちゃんは僕のことを子ども扱いして。


 そう言ってぐすんと鼻を啜る走一郎くんを、俺はもう見ていられなかった。


 なんという暴虐。

 なんと時代遅れな駆け引き。

 許せん、断じて許せん。


 男豊田陽介、久しぶりに怒髪天に来て候。

 一流企業の社長令嬢という、親の権威を笠に着て、走一郎きゅんのような天真爛漫無垢なる男の子を、掌で転がす悪女の類。

 見過ごすことができるだろうか。


 いいやできぬ。けしてできぬ。


 元来、この陽介、曲がったことが大嫌い。

 筋の通らぬこの世の中に、一本筋を通して生きんとするから、生きづらいそういう気性の男にごさる。

 それでなくても弟分の走一郎くんを、玩具のように扱われては黙っていられぬ。


 親の町工場を手伝って、夜学に通って爪に火を点す、そんな走一郎くんを。

 立てば芍薬座れば牡丹走る姿は本格派な走一郎くんをおもちゃにするとは。


 許せん!!

 いくら幼馴染でも、やっていいことと悪いことがある!!


 そう、幼馴染の中にも礼儀ありだ!!

 それを忘れた一方的な関係は、もはやセクハラよりも性質の悪い何かだ!!

 そんな関係があってたまるものか!!


 あるというなら、俺が正してやる!!


「……あい分かった走一郎くん。もはやなにも言うな」


「お兄ちゃん?」


「どうした陽介、なんか雰囲気いつもと違うぞ」


「この陽介。セクハラパワハラアカハラなんのその、ありとあらゆるハラスメントを経て、社会的にドロップアウトした身。なればこそ、授けようではないか」


 セクハラ撃退必殺の技を!!

 俺は、武術漫画みたいな感じのノリで視線を走一郎くんにむけるのだった。


「……大丈夫な奴かなこれ」


◇ ◇ ◇ ◇


「……た、ただいまぁ」


 俺の名前は本田走一郎!!

 お兄ちゃんに、夏子対策の必殺技を教えてももって帰って来た男だ!!


 おそるおそる家に入ったのは怖いからじゃない!!

 家族を起こさないための、ちょっとした気遣いだ!!


 なのに!!


「やっと帰って来た!! もう、どこ行ってたのよ走一郎!! 話の途中だったじゃない!! どこ行ってたかちゃんと話してくれるまで、私帰らないから!!」


「……な、夏っちゃん」


 夏子の奴、勝手に家に上がり込んでいやがった!!


 こいつ!!

 いくら家族ぐるみどころか会社ぐるみの付き合いだからって、もうちょっと遠慮ってもんがあるだろう!!

 父さんも母さんも断れよ!!


 確かに夏子の工場は、うちの会社の特注部品の製造には欠かせない、重要な取引先だけれどさ!! そこまでしてやることはないんじゃねえの!!


 というか!! こんな時間まで人様の家に居させる方が不用心だぜ!!


 そんな俺の心配なんて知ったこっちゃない感じで、夏子は俺に迫ってくる!!

 一歳しか年齢が違わないっていうのに、なんて迫力だ!!

 これが下町のエンジン魂って奴か!!

 こればっかりは本当に敵わねえぜ!!


「どこ行ってたの!! 悪い奴らとつるんでるんじゃないでしょうね!! アンタ気弱なんだから!! いいように利用されているんじゃないの!!」


「そ、そんなんじゃないよ」


「ちゃんと友達は選びなさい!! アンタはそんなでも一応、天下の――」


「う、うるさい!! 夏っちゃんに僕の交友関係についてとやかく言う権利なんてないじゃないか!! 僕が誰と遊んだって自由でしょ!!」


「そういうこと言ってんじゃないの!! アタシはアンタのことが!!」


「――えぇい!! 夏っちゃんなんて!! 夏っちゃんなんて!!」


 言ってもわからねえんじゃ仕方ねえ!!

 お兄ちゃん!! 教えて貰った技を使わせてもらうぜ!!


 俺は手を前に突き出すと――。


「……なっ!!」


「こうだーーーーっ!!」


 夏子の、その、なんか、あの、あれだ、たわわな、あれを、握った!!

 そう、握ってやった!!


 握って、それからおもいっきり、揉みしだいてやった!!


 お兄ちゃん直伝!!

 これが、おっぱ――大胸筋百揉み拳!!

 これを喰らえば、どんな女の子だって、いちころ――なんだそうな!!


「ちょっ、ちょっ、ちょっ!! なに、なんなの走一郎!! いきなり!!」


「うぉおぉおおおおおっ!!(無心)」


「駄目よ、走一郎!! ていうか、走ちゃん!! ダメ、私たち、まだこういのは早いと思うし!! というか、親会社の走ちゃんが、関連子会社の町工場の娘にそういうのとか、きっと問題になるし!!」


「てやぁああああああっ!!(無心)」


「あっ、ちょっと、ほんと、ダメ!! そこ、敏感なとこ!! 敏感な所に当たってるから!! 駄目だから!! 子供が触っちゃいけない感じの所に指が行ってるから!! 駄目だから、ほんと、ダメ、駄目だよ、走ちゃん――」


 いやぁあぁあっ、と、叫び声が上がる!!


 その時、はじめて夏っちゃんが、俺から距離を取った!!

 今まで、俺に対して高圧的で、上から目線だった夏っちゃんが!!

 俺のおっぱ――大胸筋百揉み拳に屈して距離を取った!!


 すごいぜお兄ちゃん!!

 効果抜群じゃないか!!


「……おもいしったか、夏っちゃん!! これが僕の力だ!!」


「あっ、あっ――走ちゃんのエッチ!! お姉ちゃんは、そんな子に走ちゃんを育てた覚えはありません!! うわぁーん!!」


 勝った!!


 玄関の扉を開けて、飛び出していった夏っちゃん!!

 ついに、俺ははじめて、産まれてこれまで一度も言い負かすことのできなかった、幼馴染の姉に、自分の力で勝利したのだった!!


 一皮剥けたそんな気がした!!

 手の中のぬくもりが、勝利の証のように感じられた!!


「……お兄ちゃん。僕、やったよ。夏っちゃんに、やっと勝ったよ!!」


 やっぱり、陽介お兄ちゃんはすげえや!!

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