飛行計画
「国王陛下が御立腹だ……」
「も、申し訳ございません」
いつものように気楽に話せるかと思っていたのだが、騎士団の食堂の奥、貴族から事情を聴く部屋に現れたバルドゥーイン殿下は、ガチの王族モードだった。
空を自由に飛び回れるけど、王族にガチで睨みを利かされては、小さくなるしかない。
蛇に睨まれた蛙ならぬ、白虎に睨まれた黒猫。
背中を嫌な汗が伝って落ちていく。
「なぜアンブロージョが先なのだ、我の順番は何時なのだ、あと何日後に飛べるのだと……うるさくて仕事にならん。大公殿下から要求されれば断れないのは分かるが、少しは考えてくれ……ニャンゴ」
「申し訳ございません……」
バルドゥーイン殿下いわく、アンブロージョ様を乗せて遊覧飛行をしたという知らせが届いてから、国王陛下は空を飛ぶことに気を取られて、職務に身が入らない状態が続いているそうだ。
まったく、遠足前日の子供か……。
「とは言え、こちらを優先して駆けつけてくれたようだし、これ以上は言うまい。ただし、遊覧飛行が終わるまでデザートはお預けだ」
「にゃっ、そんなぁ……」
一食あたり、ケーキ二つはうみゃうみゃしたいと思っていたのに、なんて過酷な罰を下すんだ。
グラースト侯爵領への世直し漫遊記にも付き合ってあげた仲なのに酷すぎる。
「さて、ニャンゴ。食事をしながらだが、遊覧飛行についての打ち合わせをさせてもらう」
「はい、分かりました」
デザート無しに加えて、昼食はサンドイッチのみらしい。
いいもん、夕食は豪勢に頼んじゃうもん。
「飛行は明日……と言いたいところなのだが、どうも天気が崩れるようだ」
「雨ですか?」
「うむ、騎士団には天候を観測する部門があるのだが、明日、明後日の二日は雨の確率が高いらしい」
「雨でも無理すれば飛べないことはないですが、安全を考えるならば避けた方が良いですね」
「そこでだ、一応三日後を予定しているが、その翌日にも予備日を設けている」
「国王陛下の御様子を伺う限りでは、早い方がよろしいですよね?」
「勿論だ。それで、当日の搭乗順なのだが、まずは陛下お一人を乗せて飛んでもらいたい」
「護衛の方は同乗されないのですか?」
「ニャンゴは馬鹿げていると思うかもしれないが、王族よりも先に飛ぶ人間を、これ以上増やしたくない。それに乗っていたところで、墜落したら助けようが無いだろう?」
「まぁ、そうですね」
バルドゥーイン殿下によれば、王族よりも先にアンブロージョ様が遊覧飛行を楽しんだのを、殊更に問題視する一団がいるらしい。
血統や身分を重視する派閥だそうで、それなら名誉子爵だった俺が王都の空をフラフラと飛んで警備してたのは良いのかって話になるが、そういう都合の悪い話は聞こえなかったことにするのだろう。
「陛下の次は、私とクリスティアン、次がディオニージとエデュアール、最後はファビアンとエルメリーヌだ」
「バルドゥーイン殿下は、ディオニージ殿下と御一緒でなくても宜しいのですか?」
「構わん、むしろ別々の方が口さがない連中に色々と言われずに済むだろう」
バルドゥーイン殿下とディオニージ殿下は、第二王妃の子供だ。
クリスティアン殿下は第三王妃、エデュアール殿下は第四王妃、ファビアン殿下とエルメリーヌ姫は第四王妃の子供だ。
現在、クリスティアン殿下、ディオニージ殿下、エデュアール殿下の三人で次の王位を争っていると思われているので、同じ王妃を母に持つ二人が同乗するよりもバラバラの方が良いと考えたらしい。
「それで、飛行するコースなのだが、出来れば同じコース、同じ高さで飛んでもらいたい」
「御存じの通り、飛行船は風に左右される乗り物ですので、厳密に同じコースを飛行することは難しいですが、極力揃えましょう」
「頼むぞ、一応こちらでコースを考えたのだが、少し見てもらえるか?」
「拝見いたします」
バルドゥーイン殿下が広げた紙には、王都の略図が記されていた。
騎士団が王都の警備を行う際に使われる物のようだ。
「王城の前から飛び立ち、高度を上げながら南下、ファティマ教の大聖堂を飛び越える……できるか?」
どうやら、あの高い尖塔の上を通過することで、王家の威信を知らしめたいらしい。
王城は大聖堂が建っている場所よりも小高い丘の上にあるので、十分に浮力を溜めてから飛び立てば、問題無く上空を通過できるだろう。
「教会の上を超えたら、第三街区の壁……王都を囲む一番外側の壁に沿って王都を巡るコースで飛んでくれ」
「分かりました。ただ、飛行船は風の影響を受けるのと、機敏にコースを変えるのが難しいので、あくまで目安として城壁に沿って飛ぶぐらいしか出来ませんが……」
「それは構わない。なるべく、城壁の内側と外側を見比べられるように飛んでほしい」
第三街区を囲む壁の内側は都内、外側は都外と呼ばれていて、生活レベルには大きな格差がある。
現在、もう一つ外側に城壁を築く計画が進められているそうだが、まだほとんど状況は変わっていないそうだ。
「それは、三人の王子に現状をお見せするためですか?」
「その通りだ。三人とも王位を望んでいるようだが、足元の問題すら見えていないようでは、国の将来が危うくなるからな」
次の国王候補が王都の現状を見るのは悪い事ではないが、正直、今頃そんな事をしているのかと思ってしまう。
まぁ、やらないよりは良いのだろうが、どれだけの効果があるか疑わしい。
「第三街区を囲む城壁を一周したら、大聖堂の上を通って王城まで戻ってくれ」
「分かりました。高度はどのぐらいで飛びますか?」
「そうだな……あまり高すぎでも地上の様子が良く見えないだろうから、大聖堂を余裕もって飛び越えられる高さにしてくれ」
「承知しました」
ファティマ教総本山の大聖堂には、高さが五十メートルぐらいありそうな二つの尖塔がある。
それを越える高さだから、高度は七十メートルぐらいになるだろう。
もうちょっと低い位置を飛ばないと、生活格差は分からないような気もするが、あまり低い位置を飛ぶのも警備上の問題がありそうだ。
「当日の警備はどうなっていますか?」
「王城から大聖堂、城壁までの路上、それに第三街区を囲む城壁上に騎士と兵士を配置する」
「なるほど、このルートにしたのは警備のしやすさも考えてのことなんですね」
「その通りだ。王族が遊覧飛行する計画は大々的に発表はしていないが、外部に漏れる可能性を完全には排除できないからな」
城壁の上は、普段から一般人の立ち入りを禁じている。
それに、第三街区では、城壁よりも高い建物の建設を禁じている。
なので、城壁の上からは周囲の様子を容易に監視できるのだ。
「念のため、飛行船には攻撃を想定した防御を施しておきます」
「そうだな、そうしてもらえると有難い」
「それと、地上と通信ができるようにしておきましょう。万が一、地上からの攻撃の兆しが見えたら、そこを避けるコースに切り替えます」
「そうだな、待ち伏せされていると分かっているのに、むざむざと突っ込んで行く必要は無いな」
「もし、攻撃を受けた場合には、どうしますか?」
「その場合は飛行を中断して王城へ戻ってくれ」
「承知しました」
この後も、略図を使って攻撃がある危険性の高い場所の確認や、三バカ王子が無茶な要求をした場合の対処法など、細々した部分についても確認を重ねた。
そして打ち合わせは終了したのだが、やっぱりデザートは出て来なかった。





