当然の依頼
「エルメール卿、リクエストが来ております」
「うにゃ、やっぱりか!」
大公殿下を乗せて旧王都の空を遊覧飛行してから五日後、搬出作業の立ち合いをしているとギルドの職員が訪ねて来た。
通常、冒険者にリクエスト依頼が出された場合でも、本人がギルドに顔を出さない限り伝えられることは無い。
わざわざギルドの職員が訪ねてきて、リクエスト依頼が届いていると伝えるのは異例の事態だ。
そんな異例の事態が起こるのは、リクエスト依頼を出した人物が特別だからだ。
依頼が来ていると告げると同時に、ギルドの職員は金の縁取りがしてある封筒を差し出した。
真っ赤な封蝋に押されている紋章は、翼の生えた獅子。
つまり、王家からの依頼なのだ。
格調高い文言で書かれた依頼だが、要約すると、なる早で遊覧飛行をさせやがれ……というものだ。
まぁ、大公殿下を空にお連れした時点で、この依頼は予想というか覚悟していた。
依頼を伝えに来た職員も、どこからの依頼なのか理解しているので、受諾するか否かの確認はしない。
王家からの依頼を断ることなんて、名誉子爵とはいえ一介の冒険者には不可能なのだ。
「分かりました、準備を整えて、明日出発します」
「よろしくお願いいたします」
依頼書に受託のサインをすると、ギルドの職員は封筒を残して去っていった。
「また私を残して、姫様と浮気しに行くのね」
不機嫌そうな声音を作っているが、レイラだって依頼の中身は理解しているはずだ。
「違うよ。依頼主は国王陛下だからね」
「でも、姫様と一夜を共にしちゃうんじゃないの?」
「とんでもない、俺が泊まるのは騎士団の施設だよ」
名誉子爵とは言えども、王都に屋敷を持たない俺は、呼び出される度に王国騎士団の施設を使わせてもらっている。
今回も部屋を用意してくれているそうだ。
「姫様が一人で騎士団の施設を訪れることは無いからね」
「そうなの?」
「王国騎士団の施設だから、王城へ抜ける通路はあるけど、衛士がいるし、一人で来る王族はバルドゥーイン殿下ぐらいだと思うよ」
「そうなんだ、お忍びで出掛けたりできないのかしら?」
「光属性の姫様だから無理だと思うよ」
まだ粗削りな部分があるそうだが、欠損部位すら復元できる魔法を使える姫様が、護衛も付けずに自由に出歩くことなんて不可能だろう。
「ニャンゴも一人寂しく寝ることになるのね」
「そういう事だね」
「それじゃあ、今夜はぎゅーって抱きしめてあげるわね」
「そうだねぇ……」
そうでなくても、毎晩ぎゅーって抱きしめられてるし、一人の方が気楽……なんて間違っても言っちゃ駄目なんだよね。
ていうか、健全な少年には刺激が強すぎる状況なのに、屋根裏部屋はシューレとミリアムも同居しているから何も出来ないんだよねぇ。
あの状況で暴発しないんだから、俺は大賢者の称号を贈られてもおかしくないんじゃないかな。
まぁ、お風呂場で時々スッキリさせてもらっているのは内緒だよ。
依頼が届いた翌朝に旧王都を出発し、昼前には新王都の王国騎士団に到着した。
今回はウイングスーツではなく、国王陛下を乗せることを想定した飛行船を使ったのだが、やはり馬車なんかよりも圧倒的に速い。
騎士団の受付に行くと、宿泊施設の部屋へと案内された。
これまで使っていた部屋よりも、ちょっと上等な部屋のようだ。
部屋には遊覧飛行の時に使う衣装の他に、正式な謁見などの時に使える衣装が用意されていた。
正直、こういった服はどこで仕立てて良いのか分からないので、用意してもらえるのは本当に助かる。
でも、実際に採寸したんじゃないかと思うほど、服のサイズがピッタリなのは何でなんだろう。
気付かない間に、王家の諜報部員とかに調べられたりしてるんだろうか。
荷物を片付けた後、アンブリス・エスカランテ騎士団長のところへ出頭した。
「ご無沙汰しております、アンブリス様。お仕事を増やして申し訳ございません」
「いやいや、大公殿下が相手では断れなかったのであろう?」
「まぁ、そうです。アンブロージョ様を乗せたら、当然こうなると分かっていましたけど、断りきれませんでした」
「なぁに、陛下にとっても公務の間の良い息抜きになるだろう」
「しかし、引き受けておいて何ですが、この金額は宜しいのでしょうか?」
「王家としても考えた結果なのであろう。貰っておくが良い」
今回の王家からの依頼では、王族一人当たりの報酬は大金貨二十枚、大公殿下の時の倍だ。
しかも、国王陛下、バルドゥーイン殿下、三馬鹿王子、ファビアン殿下、エルメリーヌ姫の七名、合計で大金貨百四十枚になる。
前世日本だと、一億四千万円ぐらいの感覚だ。
まぁ、こちらの世界での遊覧飛行は、前世だったら宇宙旅行ぐらいの価値がありそうだし、この金額でもボッタクリでないのかもしれない。
「実際の飛行は、王族の皆様のご都合によるし、天候にも左右されるだろうから、全員を乗せ終えるには数日を要するかもしれない」
「細かい日程の打ち合わせは、その都度という感じでしょうか?」
「そうなるな。全員を一日で済ませられるかもしれないし、数日かかるかもしれぬ。その辺りは臨機応変に対処してもらう」
「分かりました」
一応、大前提として国王陛下が一番先で、次がバルドゥーイン殿下、その後は各王子の都合にもよって調整する予定だ。
「まぁ、どなたも空を飛ぶことを優先すると思うがな」
「えっ? それは、元々の予定をキャンセルして遊覧飛行を優先するってことですか?」
「さすがに、上位貴族との約束は破るわけにはいかないだろうが、重要度の低い予定は破棄するだろう」
「そんなもんですかねぇ……」
「まぁ、日頃から自由に空を飛んでいるエルメール卿には分からんだろうが、ワシでもそうするぞ」
冗談めかして言うアンブリス様だが、目が本気だった。
「細かい打ち合わせは、バルドゥーイン殿下とする事になるだろう。それまでは、部屋で待機しておいてくれ」
「了解しました」
話は終わったかと思ったのだが、アンブリス様にもう少し近くに来いと手招きされ、小声で囁かれた。
「ところで、エルメール卿」
「何でしょう?」
「少しまけてくれぬか?」
「ほかならぬアンブリス様の頼みとあらば、お安くしておきますよ」
「では、王家の皆様が済んだ後で……」
「心得ました」
うん、何だか騎士団長と悪企みしているみたいだ。
騎士団長との打ち合わせを終えて、宿舎の部屋に戻っていると、王家の使用人がメッセージを持ってきた。
昼食は騎士団の食堂で、バルドゥーイン殿下と打ち合わせをしながら食べることになった。
「うん、殿下と一緒なら、美味しい物が食べられそうだにゃ」
誰かに聞かれたら不敬だと言われるかもしれないが、事実だから仕方ないだろう。
それに、リクエスト依頼で呼び出されているのだから、このぐらいの役得は有っても良い気がする。
出来れば、美味しいデザートもうみゃうみゃしたいにゃ。





