試験飛行(前編)
学院から拠点に戻った後、ネルデーリ学部長に話した、飛空艇を風魔法で安定させる方法が本当に可能なのか、シューレに訊ねてみた。
「ねぇねぇ、シューレ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「いよいよ、レイラから私に乗り換える決心がついた?」
「いやいや、検討したこともないよ」
「酷い! 私の気持ちを弄んだのね!」
くねくねと体をしならせてみせる割には、表情が一ミリも動いていない。
「いやいや、俺を使って遊んでるでしょ」
「むぅ……ニャンゴはノリが悪い……」
「悪かったね」
「それで、何が聞きたい……?」
「飛空艇に関することなんだけどね?」
「飛空艇?」
「うん、空を飛ぶ乗り物で、今学院で開発が進められているんだ」
そう話すと、珍しくシューレが目を見開いて驚いた。
「それは、ニャンゴがいなくても空を飛ぶの?」
「うん、完成すればね」
「特別な能力が無くても飛ばせられるの?」
「操縦するには技術が必要だけど、空を飛ぶこと自体は乗り物の性能だから、訓練すれば飛ばせるようになると思う」
「落ちない?」
「落ちることもあると思う。馬車だって事故を起こすことがあるよね」
「なるほど……落ちたらどうなる?」
「たぶん、助からない」
「そう、助からないのね……」
シューレがちょっと残念そうな表情を見せたので、前世の話をすることにした。
「俺の前世では、飛空艇ではないけど、飛行機が普通に空を飛んでいて、海の向こう、星の裏側にまで人や荷物を運んでいたんだ」
「それは落ちなかったの?」
「落ちたよ、たまーに」
「落ちてもたすかったの?」
「飛び立った直後とか、着陸する寸前だったら助かる人もいたけど、高い所を飛んでいる時に事故やトラブルが起きて落ちた場合は全滅だった」
日本で起きた、日航ジャンボ機墜落事故の話をすると、シューレは前のめりになって話に聞き入っていた。
「なんで、そんなに危険な乗り物に乗りたがるの?」
「速く、遠くへ行けるからかな。それに、事故に遭ったらほぼ助からないけど、事故に遭う確率は高くなかったんだ」
「じゃあ、飛空艇は?」
「正直に言って、分からない。まだ開発している段階だから、墜落する可能性は高い。だから安全対策として俺が呼ばれているんだ」
「なるほど……」
シューレは俺の話を振り返って、話の内容を自分なりに理解して納得したようだ。
「それで、何が聞きたいの?」
「うん、飛空艇っていうのは、空気よりも軽い気体を詰め込んだ気室の浮力で空に浮かんで、風の推進器で進むんだけどね、気室が大きくて軽いから風の影響を受けやすいんだ」
飛空艇の形を紙に描いて、風に弱い要因をシューレに説明した。
「それで、もし風属性の魔法が使える人が、操縦または同乗していたら、魔法で風の影響を抑え込むことって可能だと思う?」
「魔法を使って風の影響を弱めることは出来る……でも、出来ないかもしれな……」
「実際にやってみないと分からないってこと?」
「そうじゃない、やってみなくても出来るけど、出来ない可能性が高い」
「うにゃ? どういう意味?」
謎かけみたいなシューレの言い方の意図が分からず、首を傾げてしまった。
「その飛空艇が実際に空を飛ぶようになったら、遠くまで飛んでいくのよね?」
「実用化されればね。空を飛ぶ最大のメリットは、川とか湖とか山とか海峡とか、障害物を飛び越えて目的地に行けることなんだ。遊覧飛行というケースもあるけど、実用化されれば長時間空を飛ぶことになると思う」
「だとしたら、難しい……」
「あぁ、風の影響を減らすことは出来るけど、それを長時間にわたって維持するのは難しいってこと?」
俺の言葉を聞いたシューレは、コクンと一つ頷いてみせた。
「馬車の護衛をしている時も、余りに酷い向かい風の場合には、風属性魔法で風が馬車を避けるようにして、馬の負担を減らしたりする……」
「横からの風は?」
「本当に酷い時だけね……」
向かい風の場合、馬への負担が増大するので、馬を休ませるために風を誘導するそうだ。
横風の場合は、馬が馬車を引く力には向かい風ほど影響を与えないし、馬車の正面と比べて
側面は面積が広い。
その分、風を誘導するのに多くの魔力を必要とするし、誘導するのも難しいそうだ。
「真横から吹いて来る風を除け続けるのは大変……使う魔力の割に得られるものがすくない……」
「なるほど、飛空艇でも向かい風なら有効だろうけど、横風の軽減は難しいのか」
「帆船のようには出来ないの?」
「帆船?」
「そう、帆船は、横からの風を上手く使って前に進むわよね?」
「なるほど、気室自体を帆のように考えて、機首を斜め前方に向けることで、流されつつも目的地に向かって進めるかもしれないのか」
これは、ちょっと目から鱗が落ちる思いだ。
例えば、右側方からの風の場合、機首を右斜め前方へ向けると、風の影響で流されつつ、元々目指していた方向へと進む……かもしれない。
「でも、それには風向きを読む技術が必要じゃない?」
「必要ね。風は前後左右だけでなく、上下からも吹いて来るわよ」
そうなのだ、空の上では上昇気流や下降気流も吹いてくる。
三百六十度どころか、全周どの方向から吹いてきたっておかしくないのだ。
「シューレの話を聞いていたら、飛空艇の操縦者は風属性の人じゃないと駄目そうに思えてきた」
「私は、飛空艇の実物も見ていないし、実際に乗っていないから断言は出来ないけど、それでも風属性を持っている人の方が有利だと思う」
「それじゃあ、実際に人が乗ってテストを行う時には、シューレにも立ち会ってもらおうかなぁ」
「いいわよ、私も飛空艇には興味があるから」
ギルドから伝えられた、飛空艇の試験飛行は一週間後だった。
なんでも、飛空艇の話を聞きつけた大公殿下が、試験飛行のために騎士団の演習場を提供してくれることになったそうだ。
例え紐付きであったとしても、上空からの監視は軍事的に大きなアドバンテージになる。
まぁ、そんな有用性とかではなく、単純にアンブロージョ様が空を飛んでみたかっただけかもしれない。
人が空を飛ぶための道具の実験だとシューレから聞いたのか、当日は搬出作業の見守りをせず、チャリオットも全員が騎士団の演習場へ向かうことになった。
そして俺は、例によってレイラに抱えられた状態で演習場を目指している。
「レイラ、向こうに着いたら降ろしてよね」
「あら、このままでも大丈夫じゃないの?」
「やって出来ないこともないけど、人命が掛かっている依頼だから、万全の状態で臨みたいんだ」
「分かったわ、それなら仕方ないわね」
俺たちチャリオットのメンバーが大公家騎士団の演習場へ着いた時には、既に学院の人々が試験飛行の準備を始めていた。
演習場の中央には、全長二十メートルを超える飛空艇の実験艇の姿がある。
「レイラ、降ろして」
飛空艇の近くには、大公アンブロージョ様の姿がある。
そして、もう一人、招かれざる人の姿があった。
「お久しぶりです、エルメール卿」
「こちらこそ、ご無沙汰しております、アルビーナ様」
大公殿下の側を離れて、こちらに歩み寄ってきたのは、じゃじゃ馬令嬢こと、アルビーナ・カーライルその人だった。





