学院からの依頼
ギルドマスターのアデライヤと話し合いを持った後、依頼の掲示板の内容を確認するためにギルドに立ち寄るようになった。
これまでは、拠点とダンジョンの往復で、ギルドに立ち寄るのは預けてあるお金を引き出す時ぐらいになっていた。
新区画での発掘品搬出の見守りは、あくまで見守り作業であって、何処かから報酬が出る警備依頼ではない。
搬出作業をしている人たちを、ヨロイムカデやフキヤグモなどから守ってはいるが、倒した魔物から魔石の取り出し作業とかもやらなくなっていたのだ。
それでも、ギルドの口座には使いきれない金額のお金が振り込まれるし、正直感覚がマヒしていたのだ。
このままの状態で、俺たちが発見した建物の権利を売却し、地上で活動する冒険者に戻ったら、たぶん色々とやらかしていただろう。
冒険者は、本来危険と隣り合わせの状況で、いかに少しでも多く稼げるかを考える稼業だ。
ブロンズウルフやワイバーンの討伐のように、いかに他の冒険者よりも一歩先を行って手柄を立てるか、臨機応変な立ち回りが要求される。
今のままでは、野盗や山賊に裏をかかれて、命を落としてもおかしくないだろう。
正直、チャリオットはぬるま湯に浸かり過ぎたのだ。
さして危険を感じない状況で、ちょっと普通の人よりも目を光らせているだけで、莫大な富を手にしていたのだ。
それは、色々と緩くなるというものだ。
特にセルージョは、旧王都に来た時と比べて、見た目からして緩くなった気がする。
お腹周りがタプタプしているのは、俺も他人のことを言えた義理ではないけれど、セルージョの服装が以前と変わっているのは、これまで着ていた服が破れたり解れたりしたからではないのだろう。
そのセルージョも、休みの日になると、どこかに出掛けている。
昼間から綺麗なお姉さんがいるお店とかに出入りしているのかと思いきや、埃まみれ、汗まみれで戻って来ることも多く、たぶんどこかで鍛錬をしているのだろう。
新区画の建物の権利を売却し終えたら、チャリオットは地上での活動に戻る予定だ。
その時に備えて、今の旧王都にはどんな依頼が来ているのか確認しに来ているのだ。
旧王都ギルドに持ち込まれる依頼は、ダンジョン関連の依頼を除けば、他の地域のギルドと殆ど同じだ。
商隊の護衛や魔物の討伐、学院の研究の手伝い、薬草採取など、特に目を引くような依頼は無いものの、依頼の量は半端無い。
それだけ、人や物、そしてお金が旧王都に集まっているのだ。
ダンジョンの新区画では、俺たちチャリオットが権利を持つ建物以外からも、発掘品の運び出しが始まっている。
残念ながら、固定化の帯が巻かれた未使用品のアーティファクトは見つかっていないようだが、ガラス製品などが次々と運び出されている。
運び出された物は次々と査定され、売却され、市場へ出回っていく。
そして、シュレンドル王国各地へと運ばれていくのだ。
そうした商品を運ぶ馬車の護衛依頼が、今の旧王都ギルドでは一番多い依頼だ。
ダンジョンは、かつての個人、パーティー単位での探索から様相を変えたが、こうした護衛依頼が増えているので冒険者が食いっぱぐれる心配は無い。
掲示板の前で、エアウォークを使って宙に浮きながら依頼を眺めていると、ギルドの職員から声を掛けられた。
「エルメール卿、学院からリクエストが来ていますが、いかがいたしますか?」
「新王都の学院のネルデーリ学部長からです」
「依頼の内容は何でしょう?」
「飛空艇の実験補助と書かれていますが、詳細は直接会って話したいとのことです」
「分かりました、後で学院に顔を出してきます」
「よろしくお願いいたします」
馬人の女性職員は、ほっとした表情でカウンターへ戻っていった。
もしかして、俺って怖がられてたりするんだろうか。
女性職員を見送った後で、依頼の内容を思い出すと、自然に口許が緩んでしまった。
「実験の補助っていうと、いよいよ人を乗せて実験するのかな」
学院で飛空艇の模型作りが行われているのは知っている。
まだイブーロに居た頃にお世話になったレンボルト先生……今は准教授が、模型作りを主導していると聞いている。
一度、凄く危ない実験の進め方をしていたので、本気で怒ったことがあったが、あんまり危機感を覚えていそうではなかった。
まぁ、俺の言葉よりも、今回のリクエストの依頼人でもある、ネルデーリ学部長にこっぴどく叱られた方が堪えていた。
ギルドから旧王都の学院へ向かうと、学院への出入りは以前にも増してチェックが厳しくなっていたが、それでも大勢が訪ねてきている。
学院の構内も、少し来ないうちに更に熱気に満ち溢れていた。
ネルデーリ学部長の部屋を訪ねると、目を通していた書類を放り出して歓迎してくれた。
「わざわざご足労頂き、ありがとうございます」
「そりゃあ、飛空艇の実験と聞けば、来ない訳にはいきませんよ」
「ありがとうございます。エルメール卿からも叱責していただいた後、安全性に考慮して実験を重ねてまいりました」
「俺にリクエストを出すということは、人が乗って飛ぶのですね?」
「はい、仰る通りです。いよいよ人を乗せて実験を行いたいと思っておりますが、万が一落下した場合の安全策を講じておきたいのです」
以前、レンボルト准教授は、模型の飛空艇に掴まったまま、四階建ての建物の屋根を超えようかという高さから落下している。
たまたま居合わせた俺が空属性魔法で作ったエアクッションで受け止めたが、あのまま地面に落ちていたら大怪我を負っていただろう。
「こちらが飛空艇の設計図になります」
「拝見してもよろしいのですか?」
「エルメール卿ならば構いません。むしろご覧になった感想を伺いたい」
「分かりました」
設計図に描かれた飛空艇は、前世の頃に見た飛行船を彷彿とさせる作りだった。
「かなり大きいですね」
「はい、大人四人が乗っても飛べるように設計しました」
「重しを使っての実験は成功……と書かれてありますが」
「成人男性と同じ重さの重しを載せてテストいたしましたが、問題ありませんでした」
「俺が安全対策をする実験では、どの程度の高さまで浮かび上がるつもりですか?」
「初期段階として、この建物の屋根程度、そこから倍の高さまでの浮上を目指します」
「了解しました。研究補助の依頼をお受けします」
「ありがとうございます」
俺が依頼を受けると聞くと、ネルデーリ学部長はホッと胸を撫で降ろしていた。
「ネルデーリ学部長、飛空艇の実験は、どこまでやるおつもりですか?」
「どこまでと仰いますと?」
「基礎となる理論を確立するまでか、それとも実用化するまでですか?」
「エルメール卿は、飛空艇を実用化できるとお考えなのですか?」
「勿論、思っていますよ」
ネルデーリ学部長は。目を見開いて驚いていた。
「これは、考えを改めないといけませんね」
「ネルデーリ学部長は、実用化は難しいとお考えですか?」
「はい、風に対して弱すぎますので、使い道は限定されてしまうかと」
「確かに仰る通りですね。でも、空を飛べるメリットは大きいですよ」
例えば、戦争になった場合の偵察、人目を避けて栽培されている違法な薬草畑の摘発、観光資源としても使えるだろう。
ただ、俺の前世でも飛行船が花形だったのは短い期間で、その後は飛行機に取って代わられる。
でも、この世界は前世とは違う。
この世界には魔法があるのだ。
「それと、風の問題ですが、風属性魔法を使える者が操縦または補助をしたらどうですかね」
「あっ……なるほど、飛空艇の安定を妨げる風を魔法で制御してしまえば良いのか……これは思いつきませんでした」
「まずは、飛空艇の基礎的な理論、構造を確立して、実用化に取り組めば良いのではありませんか?」
「そうですね、確かにその通りだと思います」
ここに来た時、ネルデーリ学部長は飛空艇の実験には消極的だと思ったのだが、風の問題を解決する糸口を見つけたからか、前のめりになりつつあるように見える。
「ネルデーリ学部長、ただし、いずれ事故は起こると思います」
「それは……避けられませんか?」
「どんなに安全性を突き詰めていっても、完全な物はありません。そして、事故が起きれば、人の命が失われることもあるでしょう。空を飛ぶのですから、相応のリスクはありますよ」
「そうですね、ですが、どんな物にでもリスクは伴います。メリットとリスク、それを天秤に掛けながら、私たちは進むか引くかを判断しなければなりませんね」
実験の安全を確保するために俺に依頼を出すことを見ても、ネルデーリ学部長の安全意識は高い。
実験に夢中になると安全意識なんて、どこかに置き忘れてしまうレンボルト准教授の手綱を引いてくれるだろう。
この後、スケジュールを相談し、俺は飛空艇の実験を補助することになった。
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