振るい落された者
※今回は騎士見習いから振るい落とされたウラードの話です。
一年の終わりの審判の日、ウラードは自分が振るい落とされるなんて全く思っていなかった。
ウラードは、新王都から西に馬車で十日以上かかる田舎の村の出身だ。
綿花の栽培が盛んな地域で、娯楽らしい娯楽も無い鄙びた地域だった。
水牛人の両親を持つウラードは幼いころから体が大きく、いわゆるガキ大将として育った。
『巣立ちの儀』の当日も、まさか自分が騎士候補に選ばれるなんて思ってもおらず、ふざけ半分で目立ってやろうと思ったのが幸いし、魔力の高さを認められて騎士団に誘われた。
田舎の小さな村の住民にとって王国騎士は憧れの存在で、それまでは鼻つまみ者だったウラードでさえも、期待の星だと祭り上げられて盛大に送り出された。
ウラード自身、騎士団に選ばれたことで自信満々で新王都に出向いたのだが、訓練が始まると根拠の無い自信は粉々に打ち砕かれた。
それでも、挫折を味わわない者はほんの一握りで、殆どの者は多かれ少なかれ自信を失っていると気付いて気が楽になった。
更に、一年目の審判の日、自分よりも成績の悪い連中も落されずに済んでいるのを見て気が緩んだ。
訓練は、サボれば怒られるので、やれと言われた分はこなしたが、自主練習は赤点を免れるための最低限しかやらなかった。
それでも十分に訓練は厳しかったので、ウラードは手を抜いているとは思っていなかった。
二年目の振るい落としも、余程素行の悪い者に限られていたので、ウラードは言われた事をこなしていれば大丈夫なのだと思い込んでしまった。
そして三度目の審判の日に、振るい落とされることになる。
成績は悪いなりにも最低ではなく、自分よりも下に何人もいる……それが驕りとなっていたのだと気付いたのは、振るい落されて宿舎から出た後だった。
ウラードが振るい落とされた理由は、総合力の低さだ。
座学だったらザカリアスよりも上、武術ならトーレよりも上、魔法ならルベーロよりも上、基礎体力ならオラシオよりも上だったが、総合力の順位は初年度から下がる一方だった。
ただ、その状況にウラードは気付かなかった。
各種目の順位は発表されるが、総合力の順位は発表されなかったからだ。
総合力こそが振るい落としの基準で、過去には発表されていた時期もあったのだが、振るい落としを回避するための足の引っ張り合いが大きな事故を招いた。
それ以後、総合力の順位は発表されなくなり、唐突に審判が下されるようになったのだ。
ウラードは訓練場の宿舎を出た後、冒険者ギルドに足を向けた。
近所の人から白眼視されるような悪ガキから、希望の星だともてはやされて送り出されただけに、生まれ育った村には帰る気になれなかった。
騎士団をお払い箱になって、おめおめと帰ってきました……なんて死んでも言いたくなかった。
そこで、騎士団での訓練を活かして、冒険者として活動しようと考えたのだが、当然のように壁にぶつかることになる。
同じ年の冒険者達は、三年という期間を冒険者として活動し経験を積み重ね、冒険者として生きる術を既に身に付けていた。
そもそも、騎士と冒険者では仕事の内容は大きく異なる。
同じ護衛をするにしても、騎士は鎧を身につけているだけでも一目置かれる。
騎士を襲うことは王族や貴族に歯向かう事なので、相応の覚悟が無ければ攻撃は仕掛けにくい。
一方の冒険者は、見た目だけでは実力は測れないから、山賊や盗賊は人数次第で襲ってくる。
魔物の討伐についても、騎士団は編成された部隊で臨むが、冒険者は個人または数人のパーティーで自分の力量と相手の強さを天秤に掛けて戦わなければならない。
そして、新王都のギルドで駆け出しの冒険者が出来る仕事は、荷運びや清掃など、およそ冒険者とは言えない仕事ばかりだ。
イブーロのような地方都市ならば、薬草の採取や弱い魔物の討伐などで稼げるが、新王都の近くには薬草の自生地も無ければ、弱い魔物の数も少ない。
三年も騎士団で訓練を受けたのだから、仕事をバリバリこなしてランクアップする……なんて甘い考えは、すぐに捨てざるを得なくなった。
そして、冒険者という立場になって、改めて感じたのはニャンゴ・エルメール卿という人間の異才ぶりだった。
冒険者ギルドに出入りしていると、その名前を耳にしない日は無い。
実績、稼ぎ、話題性、どれをとっても他の冒険者の追随を許さない存在となっている。
オラシオというエルメール卿の幼馴染が同期にいたおかげで、ウラードは実物のニャンゴを何度か見る機会があった。
射撃場の的を粉砕し、同期の中では一、二を争う武術の腕前を持つザカリアスと立ち会って一本取る様子も目撃した。
それは勿論凄いことなのだが、ダンジョンの新区画を発見して数多くのアーティファクトを見つけたといった冒険者としての活躍はあまり知らずにいた。
名誉騎士の叙任を受け、更には冒険者として活躍して莫大な富を手にしたニャンゴに、ウラードは改めて興味を持った。
「どうせなら、直接見に行ってみるか……」
ウラードは新王都での冒険者活動に見切りをつけて、旧王都方面に向かう乗り合い馬車に乗った。
乗合馬車といっても、人数分の座席が確保されている上等なものではなく、人が荷物同然に積み込まれていく馬車だ。
幌があって急な雨や寒風に晒されないだけマシという状態だが、馬車は一度座ったら身動きが出来ないほど混雑していた。
王都に来る馬車が混雑するのは当然だとして、王都から出ていく馬車がこれほどまでに混雑しているとはウラードは思っていなかった。
今はまだ冷え込む冬だから良いが、これが夏だったら地獄だろうと想像を巡らせて、ウラードは苦笑いを浮かべた。
そんなウラードに話し掛けてきた男がいた。
「兄ちゃん、旧王都に行くのかい?」
「あぁ、そうだ」
「仕事探しかい?」
「まぁ、そんな所だ」
話し掛けてきたのは三十代後半から四十代半ばぐらいの小柄なイヌ人の男で、商人なのか冒険者なのか職人なのか、得体の知れない感じがする。
「兄ちゃん、魔法の属性は?」
「俺は水だ」
「あぁ、土だったら良かったのになぁ……」
「なんでだ?」
「デカい工事が行われるから、土属性の需要が上がってるんだとよ」
馬車の中では座っている以外にやる事もないので、ウラードは男と話を続けることにした。
ダンジョンが崩落の影響で立ち入りが出来ないことや、新しく発見された区画の発掘を進めるための地下道の話など、男はウラードの知らない情報を沢山持っていた。
「その工事のおかげで旧王都は賑わっているのか?」
「というより、ダンジョンの新区画を掘るのに必死なんだよ」
「どうしてだ?」
「古い区画は掘り尽くしちまったみたいだし、崩落で立ち入れないからな」
「だが、その工事が終われば、また景気が良くなるんじゃないのか?」
「だろうな。と言っても、潤うのは金持ち連中ばっかりだ」
「そうなのか?」
「実際に動くアーティファクトなんかが見つかっても、高額過ぎて手に入れられるのは王族か貴族、それに発見した冒険者だけだ」
「なるほど……」
ルベーロがニャンゴからアーティファクトを見せてもらった話をしていたが、ウラード達は実物を目にしていない。
それだけアーティファクトは限られた者のための品物になっているという訳だ。
「アーティファクトや古代の品々を手に入れようと王族や貴族が躍起になれば、俺達庶民の暮らしは苦しくなる一方さ」
「どうしてだ?」
「高額なアーティファクトを手に入れるには金が必要になる。その金は庶民の税金や年貢で賄われるんだぜ」
男の話を耳にして、周りにいる者達もざわめき始めた。
「また訳の分からない税金が出来るのか?」
「領地境を超える度に、持ち込み品にかかる税金が上がるとかか?」
自分達の生活への負担が増えることを想像して、馬車の中の空気が重たくなる。
「でもよぉ、発掘品が沢山出れば景気は良くなるんじゃねぇの?」
「まぁ、旧王都はそれで栄えてきた街だからな。ただ、その景気の良さが俺達庶民にまで回って来るのは何年先の話なのか、工事に掛かる多額の費用を払い終えなきゃ回って来ないんじゃないか?」
ウラードの反論は男にあっさりと潰されて、馬車の空気が一層重たくなった。
「まぁ、兄ちゃんみたいに若いうちは、一獲千金を夢見るのも悪くないだろう。だが、今のまんまじゃ世の中悪くなる一方だ……」
男は大きな声じゃ言えないけれどと前置きして、王族や貴族にたいする不満を口にした。
あまり深く物事を考えずに生きてきて、騎士の訓練場でも流されるままに生きてきたウラードには、今一つ実感の湧かない話ばかりだったが、納得する部分も少なくなかった。
何よりも世間知らずだったと自覚し始めたばかりのウラードには、男の持つ情報には価値があると感じた。
一泊するために止まった途中の街で、ウラードは思い切って男に声を掛けてみた。
「なぁ、あんた、どこの宿に泊まるんだ? もう少し話が聞きたいんだが……」
「それなら俺の知り合いの宿に行こう、値段は安いし、そこそこの宿だ」
「そうか、よろしく頼む」
男の知り合いがやっているという宿に行き、相部屋にしてもらったウラードは、更に突っ込んだ王族や貴族への不満を聞かされることになった。
ウラードは男の話に調子を合わせて頷いていたが、少しずつ違和感を覚え始めた。
他の人に聞かれる心配が無くなると、話が過激になり始めたのだ。
「庶民の苦しみを理解しない王族や貴族なんて、消えてなくなれば良いと思わないか?」
「まぁ、そうだな……」
「未だに冬になると飢えて死ぬ農民がいるんだぞ、それなのに王族や貴族どもは贅沢三昧……許されんだろう」
「まぁな……」
ウラードが生まれた頃に飢饉があったが、生まれ育った村は綿花の栽培で生計を立てているので、食料の備蓄には神経を尖らせていたそうで、餓死者は出さずに済んだと聞いている。
それに、ついこの間までは騎士団の訓練場で、思う存分食事が出来ていたので、ウラードは男の話に共感できなかった。
「誰もが飢えずに暮らせる場所があったら良いと思わないか?」
「それは理想だが、そんな事が出来るのか?」
「出来るのかじゃなくて、我々の手で実現するんだ。どうだ、やってみないか?」
「俺が?」
「そうだ、我々は理想を実現するために活動している、手を貸してくれないか?」
ここに至って、ウラードの脳裏には一つの組織の名前が浮かんでいた。
反貴族派……王国騎士団と敵対する組織だ。
男の話には賛同出来ない部分の方が多いぐらいだが、このまま調子を合わせて組織に入り込み、内部から崩壊させれば……もしかして名誉騎士になれるのではないか。
捨てきれない騎士への想いが、ウラードを突き動かした。
「俺は頭が悪いから、良く分からない部分が沢山ある。それは協力すれば教えてくれるのか?」
「勿論だ」
「仮に、分からない事が分かるようになって、それで組織のやり方に納得できなくなったらどうなるんだ?」
「組織を離れるのは自由だよ。入りたいと思う者は拒まないし、出ていきたい者は追わない」
「そうか、それなら少し厄介になってみるよ」
「ありがとう、歓迎するよ。俺はイルファンという」
「ウラードだ」
握手を交わしながら、ウラードとイルファンは互いに相手をどう利用しようかと考えていた。





