相棒
※今回はオラシオ目線の話になります。
「うもぉ……ザカリアス、お尻が痛くて眠れなかったよぉ」
「やめろ、オラシオ。誤解を生むような言い方すんな。お前の尻が痛いのは俺のせいじゃないからな」
「分かってるよ……」
三度目の振るい落としを乗り越えた僕ら王国騎士見習いの生活に、正月の休暇明けから変化が加わった。
一人に一頭の馬と馬房が与えられたのだ。
これまでの僕らは、ひたすら自分の体を鍛えて成長させることを義務付けられて来た。
訓練中の移動は基本的に駆け足で、遠方に出掛ける時には幌馬車の荷台に荷物のように乗せられた。
だが、あと二年の訓練期間を乗り越えて、正式に王国騎士として認められれば、馬に乗っての公務が日常となる。
そこで、相棒となる馬と馬房が与えられるのだ。
馬に乗れば楽に移動が出来る……なんて考えていたけれど、それは大きな間違いで、鞍擦れでお尻の皮が剥けてしまった。
ちゃんと馬の歩調に合わせて乗れば、長時間乗っても苦にならなくなるそうだが、これまで乗馬などしたことのない僕は、乗る度に鞍擦れに苦しめられている。
「オラシオは体に無駄な力が入り過ぎてるんだ。もっとリラックスして、膝の内側だけ締めておけばいいんだよ」
「そんな簡単に出来るなら、こんなに苦しんでいないよ」
僕と同室の三人も乗馬は初めてだったそうだが、僕ほど鞍擦れに苦しんでいない。
ルベーロとトーレは、僕よりも体重が軽いせいだと思う。
僕と同じく体の大きなザカリアスは、長年武術の鍛錬を続けていたからか、相手の呼吸を読むのが上手い。
馬との呼吸の合わせ方も直ぐに体得して、鞍擦れとは無縁らしい。
「というか、誤解を生むってどういうこと? ザカリアスが僕のお尻を痛めつけているって意味?」
「いや、だから……それはエルメール卿にでも教えてもらえ」
「うもぉ、ニャンゴにお尻の話なんて恥ずかしくて出来ないよ」
「だから、言い方!」
ルベーロやトーレも笑っているけど、痛いものは痛いのだ。
しかも、乗馬の訓練は毎日行わなくてはいけない。
二年後には、自分の手足のごとく馬を扱えなくてはいけないのだ。
起床時間よりも早く目を覚ました僕らは、日課である持久走とトレーニングを終わらせ、朝食を済ませたら馬の世話に向かう。
訓練所にいる間、自分の馬の世話は全て自分で行う。
正式な騎士になれれば、厩務員が日頃の世話は手伝ってくれるようになるそうだが、それでも遠征に出掛けた時などは、馬の体調管理は自分でやらなければならない。
そのための知識と経験を積むために、訓練所では馬の面倒は全て自分で行うのだ。
「オラシオ、湿気た顔してると、またラオに舐められるぞ」
「うもぉ、分かってるよ……」
馬を与えられる時、まず訓練生がクジを引いて順番を決めて、自分で馬を選ぶ。
僕が選んだ馬は、真っ黒な毛並みの馬だ。
パッと見た瞬間、なんとなくニャンゴに似ているような気がして選んだのだが……性格までニャンゴに似ていて、ちょっと僕は舐められている気がする。
選んだ馬には、自分の名前の一部を取って名前をつけるのが騎士団の習わしだ。
僕の馬には、ラオという名前を付けた。
これから、年老いて働けなくなるまで、僕とラオは生活を共にしていく。
「おはよう、ラオ」
「ぶるるぅぅぅ……」
馬房に顔を出して挨拶をすると、ラオは鼻を鳴らして答えた後で、歯を剝いてみせる。
特に意味がある訳じゃないのだろうが、どうにも笑われているように感じてしまう。
「掃除するから、外で待っててね」
馬具を付け、手綱を引いてラオを馬房から出し、馬房の周りをぐるっと一周歩かせながら、歩様に異常が無いか観察する。
ラオを馬房の外の柵に繋いだら、馬房の掃除だ。
寝藁を一旦外に出し、馬糞を片付け、馬房の中を水の魔道具とブラシを使って洗い流す。
乾いている寝藁は再利用し、湿ったものは捨て、足りない分は新しい藁を入れる。
「オラシオ、急げ、訓練に遅れるぞ」
「うもぉ、すぐ行く」
馬房の掃除を終えたら、ラオに鞍を乗せ、ハミを噛ませて馬場まで引いていく。
馬を与えられてからは、訓練や座学も馬のスケジュールを中心にして進められる。
「全員揃ったか! よし、騎乗! 二列縦隊常歩!」
乗馬の訓練は、馬を思い通りに歩かせることから始められる。
王国騎士として、僕らも馬も恥ずかしい姿を晒す訳にはいかない。
「しゃんと背筋を伸ばせ! 目線を落とすな! そんなんじゃ周囲の警戒なんか出来ないぞ!」
王国騎士になれば、ただ馬に乗れるだけでは役目を果たせない。
馬に乗りながら周囲を警戒し、時には騎乗しながら戦わなければならない。
そのためには、人にも馬にも集中力が求められるのだが……ラオはどうにも飽きっぽい。
訓練を始めて二、三分ぐらいは惚れ惚れするような歩様で歩いているのだが、それを過ぎるとキョロキョロと周りを見回し、大きな欠伸をすることさえある。
そもそも、馬は正面を向いていても真後ろ以外は殆ど見えているはずなのだが、ラオはキョロキョロと首を振って辺りを見渡すのだ。
「オラシオ、馬をキョロキョロさせるな!」
「はい! ですが、どうすれば……」
「見せ鞭を使って前を向かせておけ!」
「はい!」
乗馬の鞭は、速く走らせるために叩くための物ではなくて、馬に乗り手の意思を伝える道具だ。
見せ鞭とは、馬の顔の横で鞭を振ることで、注意が横に逸れるのを止めたり、進路が偏らないようにする鞭の使い方だ。
「ほら、ラオ、ちゃんと前を向いて」
左に注意が逸れたラオの顔の左側で、ヒュンヒュンっと鞭を振ると、ラオはピクっと反応した後で前を向いたのだが……直後にグリっと左に顔を向けると、背中に乗っている僕を睨み付け、ふんっと荒っぽく鼻息をついた。
言葉は発しないが、俺は機嫌が悪いとアピールしているように感じる。
なんだか、今日の訓練も荒れそうな気がする。
乗馬の訓練は、広い馬場を一周常歩で回った後、速度を上げてもう一周する。
「よーし、間隔を開けて、一人ずつ早足で進め! 次、次、次!」
二列縦隊を解いて、一人ずつ間隔を保ったまま早足で進むのだが……。
「次、次、次!」
「はい!」
横に並んでいる教官の指示を受け、手綱を緩めて軽く腹を蹴ると、ラオはぐんっと速度を上げて走り始めた。
「うもぉ! ちょっ……ラオ、速い!」
慌てて手綱を引いて速度を緩めようとするが、ラオはグングン速度を上げていく。
「うぉぉ、オラシオ、止まれ!」
「ザカリアス……無理ぃ!」
先行していたザカリアスとカリスのコンビを抜き去ると、ラオはハミをガッチリと咥えて更に速度を上げていく。
ラオと呼吸が合わず、鞍に尻が叩き付けられる。
「うんもぉ……お尻が割れるぅ……」
たぶん、外から見れば軽やかに馬を駆っているように見えるかもしれないが、実際にはラオと呼吸が合わず、鞍に尻が叩き付けられている状態だ。
「止まって……止まって、ラオ。もぅ、お尻がぁ……」
結局ラオが速度を落としたのは、グルっと広い馬場を回り終えた後だった。
乗馬の訓練の後は、馬に水浴びをさせて汗を流し、水気を拭きとった後でブラッシングする。
勝手気ままに馬場を走り回ったラオは、ブラッシングされながら機嫌良さそうに目を細めていた。
ラオを馬房に戻して、飼い葉を与えたら午前の訓練は終わりだ。
「オラシオ、終わったら飯に行くぞ」
「今行く……ラオ、大人しくしててよね」
「ぶるぅぅぅ……」
ラオは飼い葉桶に顔を突っ込みながら、分かっているとばかりに鼻を鳴らした。
同じ様に愛馬の世話を終えたザカリアス、トーレ、ルベーロと一緒に食堂に向かう。
「うもぉ、ザカリアス、お尻が痛すぎて今夜の相手は無理かも……」
「だから言い方ぁ! ちゃんと乗馬で鞍擦れして尻が痛いから、夜の武術場での手合せは無理かもしれないって、ちゃんと言ってくれ」
「えぇぇ……そんなに詳しく言わなくても意味は通じてるでしょ?」
「通じてるけど、その言い方は誤解を生むからやめろ!」
ザカリアスが頭を抱え、ルベーロとトーレはお腹を抱えて笑っている。
「うもぉ、笑いごとじゃないんだよ。お尻から血が出ちゃってるかも……」
「だから、言い方! もういい、さっさと行くぞ、もう腹がペコペコだ」
「あぁ、待ってよザカリアス……あ痛たたた、お尻が……お尻がぁ」
ニャンゴ、元気にしてますか。
僕は、ちょっと挫けちゃいそうです……。





