新しい機能
旧王都へと戻る道中、ケスリング教授やマシップ教授と話し合いをする以外の時間はスマホを弄り倒していた。
目的は、スマホにナビゲーション機能が無いか確かめるためだ。
結論から言うと、ナビゲーションは搭載されていたし、機能することが分かった。
ただ、表示されている文字が読めないので、設定が出来るようになるまでに時間が掛かってしまった。
基本的に設定方法は、前世の頃に使っていたスマホによく似ているようだ。
要するに、出発地と目的地を設定してルート検索するか、目的地を設定して現在地からの案内を開始するかのどちらかだった。
問題は、目的地や出発地をどうやって設定するかだ。
入力スペースをアクティブにするとキーボードが表示されるのだが、言葉が分からないし、地名も分からないから入力のしようがない。
マイクらしいボタンをタップすると、音声入力が出来るようだが、言葉が分からなければ話にならない。
では、どうやって設定したかと言えば、入力スペースをアクティブにした状態で、地図上で目的地をタップすれば勝手に座標を入力してくれた。
その状態で、あちこちのボタンをタップして試していたら、現在地と目的地に設定した今はダンジョンとなっている人工島が赤いラインで結ばれたのだ。
更に別のボタンをタップすると、方角の修正を指示するような表示がされるようになった。
ルート案内がされないのは、地図上では海の上を進んでいることになっているからだろう。
現在の海岸線はタハリの街だが、アーティファクトのスマホが作られた時代はダンジョンがあった辺りが海岸線だったから、旧王都に入ればもしかするとルート案内がされるようになるかもしれない。
「エルメール卿、それはどのようにして現在地を割り出しているのですか?」
「さぁ? そこは俺にも分かりません。魔道具なので、もしかすると魔力とかが関係しているのかもしれませんね」
ケスリング教授に聞かれるまでもなく、俺も現在地の測定方法には興味がある。
先史時代の人工衛星が未だに機能しているとは考えにくいし、それ以外の方法を使っているとしたら、もしかして地下でも現在地が分かるのではないかと期待している。
仮に、地下でも自分の位置が分かるとしたら、これから始められるダンジョン新区画まで掘り進める地下道の建設に大いに役立つはずだ。
面倒な測量をしなくても、スマホ一個で方向が定められるなら作業が楽になるだろう。
「地下でも自分の位置が分かるのですか?」
「いえ、そうだったら良いなぁ……という話で、実験してみないと分かりません」
「ですが、ダンジョンは……」
「立ち入り禁止なんですよねぇ……」
地下でも自分の位置が分かるのか確かめたいのに、ダンジョンが立ち入り禁止では確かめようが無い。
新しい地下道の建設が進むまで、検証は待つしか無さそうだ。
「エルメール卿、その機能は海の上でも使えるものなのでしょうか?」
「あっ、そうか……地図上では海の上ですけど、実際には陸の上ですもんね」
現在地が海の上でも方角表示がされるのだから、たぶん海の上での使用も考慮されているとは思うが、それも実際に試してみないと分からない。
ついでに、地面から離れた空の上でも使えるか、旧王都に戻った後に試してみよう。
タハリを出てから二日目の道中は、途中で横転した馬車が道を塞いでいたりしたので、旧王都に辿り着いたのは日が落ちてからになってしまった。
大公殿下への報告は、翌日にすることにして、拠点に戻った。
「ただいま!」
「お帰りなさい、ニャンゴ」
拠点のドアを開けると、待ち構えていたレイラに抱え上げられてしまった。
どうやって俺が帰ってきたって察知したんだろうか。
「ニャンゴ、お土産は?」
「にゃっ、しまった……忘れた」
「駄目ねぇ……いい男失格よ」
リビングにはレイラ、シューレ、ミリアムの女性陣三人の姿しか無かった。
「他のみんなは?」
「地下道建設についての説明会に行って、まだ戻ってないわ」
ダンジョンへの立ち入り禁止が長引けば、旧王都の経済に悪影響が出るので、早々に地下道の建設が始められるらしい。
「どこから掘り始めるんだろう?」
「騎士団の訓練場みたいよ」
「えっ、空き地とかじゃないんだ」
いくら地下に向かって掘り進める工事とは言え、掘り出した土砂を積んでおく場所も必要だし、得体の知れない者が現場に立ち入るのを防ぐ必要もある。
そういう意味では、騎士団の訓練場は打って付けという訳だ。
「今日は、工事の大まかな工程や工事に参加する人の日当、参加を希望する人の登録などをやるって言ってたわ」
「ガドや兄貴は土属性だから、条件が良ければ参加するのかもしれないし、ライオスはリーダーとして情報収集に出向いたんだと思うけど、セルージョは?」
「説明会が終わった後が目的なんでしょ」
つまりは情報交換という名の飲み会に行ったのだろう。
「幽霊船の調査はどうだったの?」
「うん、なかなか面白かったよ。アーティファクトの新しい機能も発見できたし」
「あら、どんな機能なの?」
「自分のいる場所を教えてくれるんだ」
「自分のいる場所って……迷子になるような子供じゃあるまいし」
スマホが現在地を表示する機能について、レイラは興味を示さなかった。
「レイラは必要性は感じないの?」
「あたしが迷子になるように見える?」
「深い森の中でも大丈夫?」
「森の中に目隠しでもされて連れていかれたら分からないけど、自分の足で歩いて入ったのなら迷ったりはしないわよ」
レイラは、冒険者としても結構ハイスペックなので、森でも遭難する心配はないみたいだけど、位置情報の有用性は知ってもらいたい。
「たぶん、今の時代だと必要性は高くないんだろうけど、アーティファクトが使われていた先史時代には有用なツールだったと思うよ」
地図画面を表示して、家一軒まで地図に表示される事や、道順まで案内してくれるから、初めて行く土地でも迷う心配が無いんだと説明すると、レイラは少しだけ納得したようだ。
「あれっ、このボタンって……」
「どうしたの?」
海の上を進んでいる時には表示されていなかった人形のようなボタンにタッチして、ずずっと地図上にドロップすると、画面の表示が切り替わった。
「みゃみゃっ! ストリートビュー!」
「どういう意味……って、この絵は?」
「当時の街並みを写したものだと思う」
画面を指でなぞると視線の向きを変えられて、ピンチアウトで拡大も出来た。
「うーわっ、これ見たら、何処にどんな店が眠っているのか一目瞭然だ」
「随分と発展していたみたいね」
「ダンジョンみたいな建造物を作れたんだから、相当高度に発展していたんだと思うよ」
ストリートビューで映し出される街並みは、どこか俺の生まれ育った東京の街に似ているように感じた。
薄れてきていた前世の頃に暮らした街や通学路、遊びに行った繁華街などの光景が急に鮮明に頭に浮かんできて、涙で画面が滲んだ。
「ニャンゴ……?」
「前世で暮らした街を思い出しちゃって……」
「帰りたい?」
「帰れないよ……でも、育ててくれた両親には、先に死んでゴメンって謝りたいにゃ」
スマホの画面を消して目を閉じると、レイラにギュッと抱きしめられた。
前世の母さんは、レイラほどスタイルは良くなかったけど、幼い頃にこんな感じで抱きしめられた事があった。
高校ではイジメを受けていたけれど、学校を出てしまえば問題なかったし、中学時代の友達もいたから、そんなに不幸ではなかった。
だからこそ、俺が突然死んでしまった時には両親は凄く悲しんだと思う。
育ててもらっているのを当然みたいに思っていて、ろくに親孝行も出来なかった。
だから、もう戻れないって分かっているけど、一言ゴメンと謝って……そして、ありがとうと伝えたい。
「その気持ちは、今のご両親に伝えれば良いんじゃない?」
「えぇぇぇ……今の親父は……」
お袋はまだしも、典型的な猫人の中でも怠け者に感じる親父には、あまり感謝したいと思えない。
ていうか、帰る度に色々要求されているから、それを満足させてやればいいんじゃないかな。
「ねぇ、ニャンゴ、さっきの絵は私達が発掘していた辺りのもあるの?」
「そうだ、ちょっと見てみよう」
再度、スマホの地図アプリを呼び出して、俺達が発掘していたショッピングモールのストリートビューを表示してみた。
「これが、俺達が発掘していた建物だね」
「隣は?」
「あぁ、二番に発掘した方は……派手だなぁ」
「大きな垂れ幕ね。なんて書いてあるのかしら?」
「たぶん、商品の宣伝じゃないかな……そうだ、ダンジョンの方を……おぉぉ!」
「凄い! 本当にこんなに高い建物があったのね」
ストリートビューの視点を変えると、ダンジョンになった高層ビルが見えた。
青空の下で聳え立つ全面ガラス張りのビルは、ガラスの塔にも見える。
「これは凄いね、全面ガラス張りだったから、外壁が見当たらなかったんだ」
俺とレイラの反応を見て、シューレとミリアムもスマホを覗き込みに来た。
超高層ビルの他にも、自動車やバス、バイクなども写り込んでいる。
ダンジョン内部では殆ど見つかっていないようだが、もしかすると何かの災害が起きて、避難のために利用されて残っていなかったのだろうか。
ストリートビューを操作してみると、ダンジョンとなった人工島やその周辺に商業地が集まっていて、その周囲はマンションのような集合住宅が建てられていたようだ。
いずれ発掘調査が進めば、そうした場所から当時の生活の痕跡が見つかるかもしれない。
「当時の様子が見られるストリートビューは面白い……にゃにゃ?」
「ニャンゴ、どうかしたの?」
「うん、ちょっと……」
ストリートビューが見れたことに興奮して、すぐには気付かなかったけど、この画像データはどこから来ているのだろうか。
地図アプリに地図データが入っているのは当然としても、ストリートビューのような大きな画像データがスマホに収まるとは思えない。
「どういう事だ? 外部のサーバーが生きてる? どこかと繋がっているのか?」
「ニャンゴ?」
「うーん……また分からない事が増えちゃったよ」
「あら、それは解明する楽しみが増えたって事ね」
位置情報に続いてストリートビューの表示、文明が滅びたのにネットワークが生きているとしたら少し不気味だと感じたが、レイラの言う通り解明する楽しみが増えたと考えるべきだろう。
仮に外部サーバーが生きているとしたら、スマホの有用性は格段に上がるはずだ。





