崩落対策
ダンジョン新区画の発掘を進めるために、地上からスロープ状の地下道を建設することが決まったが、それとは別に現在進行している崩壊を食い止めるため措置が取られるそうだ。
大規模な崩落が起こって以後、現場周辺では規制線が張られて立ち入りが制限される他は、これといった対策は行われてこなかった。
理由の一つは、この時期の旧王都は雨が少なく乾燥した天気が続くことだ。
ただし、それも春を迎えるころには雨の日が増えるので、今のうちに何らかの対策が必要だということになったのだろう。
仮に今の状態で大雨が降れば、土が剥き出しの斜面を雨水が流れ下り、更なる崩落を引き起こす可能性がある。
更には、ダンジョン内部に流れ込んだ雨水が、二次的な被害を引き起こすかもしれない。
そこで、崩落した斜面の表面を固めて、これ以上の崩落を防ごうというのだ。
作業方法は至って単純だ。
崩落した斜面の上部からロープで体を支えつつ、上から下へと土属性魔法で硬化の魔法を掛けていく。
当然、作業には危険を伴うため、高額の報酬が提示されている。
ちなみに、兄貴にやってみるか訊ねてみたのだが……。
「と、とんでもにゃい! ロープで崖の上から降りるなんて俺には無理だ!」
首を振って否定しただけでなく、ロープで斜面を降りる様子を想像したのか、ブルブルっと身震いしていた。
まぁ、俺としても兄貴に危険な現場なんかに行ってもらいたくないから、これで良いのだ。
ガドにも参加するかと聞いてみたが……。
「ワシの体格では、ロープに頼って斜面を下るのは厳しいじゃろ」
「なるほど……」
こちらも参加しないようだ。
だが、ガドの返事を聞いて思ったのだが、土属性の冒険者の多くは、前衛で盾役を務めている人が多い。
膂力を活かし、魔法を使って足元を固めて敵の突進を食い止めるのだ。
当然、ガドのように体の大きな人が多い。
となると、崩落防止の対策に応募してくる人は居なくなってしまうのではないかと思ったのだが、俺が思っていた以上に応募はあったらしい。
作業が行われる当日、ちょっと興味があったので現場に見学に出掛けた。
そういえば、硬化の魔法陣とかは無いのだろうか。
俺が使える魔法陣は、魔銃とか、粉砕とか、どちらかと言えば壊す方の魔法陣で、硬化させるような魔法は使えない。
それに、今は知られていなくても、もしかしたら先史時代には使われていたかもしれない。
言語の解読が進めば、百科事典の中から硬化の魔法陣が発見されるかもしれない。
というか、文字が読めなくても、掲載されている魔法陣を片っ端から試してみれば良いのか。
以前、用途の分からない魔法陣を試してみたように、発動させてみれば思わぬ発見があるかもしれない。
「よし、俺の持ってる電子辞書の中にも入っていないか、後で確認してみよう。でも、今はこっち……おぉ、結構集まってるじゃん」
危険な作業だから、土属性の冒険者は集まらないかと思いきや、意外にも多くの冒険者が集まっていた。
考えてみれば、新区画へと通じる新しい地下道は、まだどのルートで開通させるか検討している段階だから、実際に工事が始まるのはまだまだ先の話だ。
地下道の工事が始まるまでの間、護衛の依頼からあぶれた者達が集まっているのだろう。
何しろ、これまではダンジョンが経済の中心であった旧王都なのに、そのダンジョンに立ち入れなくなっているのだから、仕事にあぶれた冒険者はいくらでもいる。
中には、ダンジョンの新区画の発掘のために先行投資した者もいると聞いているから、そうした資金を何とか回収しようと思っているのかもしれない。
集められた者達は、最初に崩落現場の南側に立っている建物の取り壊しを始めた。
作業中に崩落が起これば、こうした建物が頭の上から降ってくる事になる。
ただの土砂でも十分危険なのに、そこに壊れた壁とか折れた柱が混じっていたら、危険度は更に増す。
壊した建物はどうするのかと思いきや、ポイポイと穴の中に放り込んでいた。
今はダンジョンの崩落防止が優先されているが、いずれこの穴は埋め立てる計画が練られている。
どうせ埋めるなら、少々ゴミが増えてもかまわないのだろう。
前世の日本だったら怒られるだろうが、海外の国だと普通に行われていたかもしれない。
こちらの世界は環境問題についての規制は緩いみたいだし、この程度は普通なんだろう。
建物を取り除いた冒険者達は、まずは上側の縁をシッカリと硬化させ始めた。
崩落現場の南側から作業に取り掛かるのには理由がある。
南側にはダンジョンの建物が存在していないので、これ以上崩落が広がる可能性が少ないのだ。
同じように、崩落部分の北側もダンジョンの吹き抜け部分だったので、崩落が広がる可能性は少ない。
作業は南側、北側の順番に行い、それから崩落が広がる可能性が高い東側と西側の作業を行うそうだ。
そして、ギルドが一番重視しているのが崩落の北東部分だ。
ここの崩落が進行すると、旧王都の中心部が陥没する恐れが出てくる。
現在、辛うじて助かっている街道も崩落し、新しい街道を設営する必要に迫られることになる。
ギルドは、外部からの崩落部分の硬化作業を終えたら、内部からの作業も検討しているらしい。
崩落が進行している部分に内部から土を詰めてしまい、これ以上の崩落を防ごうという考えだ。
ただし、これは今行われている硬化作業よりも更に危険を伴う。
一発崩落に巻き込まれれば、確実に命を落とすし、その遺体は二度と地上に戻ることなく埋もれ続ける。
しかも、崩落部分を埋めるための土を運び込まなければならない。
あまり現実的ではない計画だが、一つのアイデアが検討されているそうだ。
それは、新区画へと通じる地下道の建設を、地上から行うのと同時に地下からも進めようという案だ。
地下道を掘り進むために出た土を、崩落部分に詰め込もうという考えだ。
この計画ならば、二方向から工事が進むので工期の短縮になるし、掘り出した土の処分も半分で済む。
ただし、命の危険がある場所で働く者がいれば……の話だ。
兄貴が地下道の工事現場で働きたいと言っていたので賛成したが、それは地上からの工事に限ればだ。
もし兄貴が、ダンジョンの崩落を内部から止める工事に参加したいと言い出したら、俺は間違いなく止める。
そんな危険な場所に行かなくとも、兄貴が働かずにぐうたらしていても、一生食わせられるぐらいの金は手に出来る。
危険を冒さず、守りに入るのは冒険者らしくないが、それでも兄貴に危険な場所に行ってもらいたくない。
俺が考え事をしているうちに、集まった冒険者たちはロープを頼りにしながらほぼ垂直に近い斜面を硬化させ始めた。
「がっちり固めろ! あとで隙間が空いてたら、日当棒引きにするからな!」
工事を監督するギルドの職員が、斜面の上から大声で指示を出している。
良く見ると、建物を撤去した斜面の上は、誰が作業したか分かるように線で区切られている。
そこからロープを垂らして、隣り合わせになった冒険者と連携を取りつつ、下へ下へと硬化させた範囲を広げている。
一応、作業をしている者は全員が革で作ったハーネスを装着している。
ハーネスに取り付けられた鉄の輪にロープを通し、片手でも降下と停止を調整出来るようにしているようだ。
「おい、手前! 適当な仕事してんじゃねぇ!」
突然聞こえてきた怒号に視線を向けると、作業をしている全員が手を止めていた。
声の主は狼人の冒険者のようで、どうやら隣りで作業しているキツネ人に向かって怒鳴っているようだ。
「なんだと、こら! 喧嘩売ってんのか?」
「俺との境のラインに全然届いてねぇじゃねぇか!」
確かに背後から見てみると、キツネ人の冒険者が硬化させた範囲は、隣りの狼人との境の遥かに内側だ。
「へっ、手前がチンタラやってるからだろう」
「この野郎。ふざけた事をぬかしてると、手前のロープ切っちまうぞ!」
「なっ、馬鹿止めろ!」
手抜きで作業を早く進めていれば、丁寧に仕事をしている狼人の冒険者よりも早く下へと移動している。
今の状態で、ロープを切られたら確実に真っ逆さまに落ちて行くことだろう。
「それが嫌なら、戻ってちゃんとやり直せ!」
「ちっ、やりゃいいんだろう? やりゃぁ!」
キツネ人の冒険者は、舌打ちを繰り返しながらも、隣りの冒険者との境を確実にクリアするように作業をやり直し始めた。
確かに手抜き作業だけど、よくロープ一本にぶら下がった状態で喧嘩ができるものだと感心してしまった。
その後も、隣同士になった冒険者同士で口論しながらも、作業は順調に進められていった。
実は、見学しながら作業をしている冒険者が落ちても良いように、いつでもシールドを展開出来るように準備しておいたが、どうやら使わずに済みそうだ。





