幽霊船
大公スタンドフェルド家の騎士が、チャリオットの拠点を訪ねて来た。
新年早々のお呼び出しである……というか、俺から挨拶に出向かなければいけなかったのかな。
名誉騎士に叙任されて一応は貴族の端っこに名を連ねることになったけど、大公家のような大貴族様に逆らうなんて出来るはずがないので、そそくさと騎士服に着替えて出掛けることにした。
一体何のための呼び出しなのかと少々不安な気持ちを抱えて、案内された応接室で待っていたのだが、現れたアンブロージョは上機嫌に見えた。
「明けましておめでとうございます、大公殿下」
「明けましておめでとう、エルメール卿。年明け早々に呼びつけて悪かったな」
「とんでもございません。こちらこそ、新年の挨拶が遅くなり申し訳ございませんでした」
「エルメール卿は、年末まで忙しかったようだな」
「はっ? 年末ですか?」
何の事かと首を捻っていると、アンブロージョはニヤリと笑みを浮かべてみせた。
「エルメール卿の偽者が現れたそうではないか」
「えぇぇ……もう話が伝わっているのですか?」
「うむ、バルドゥーインの偽者の件に絡んでな」
アンブロージョは笑みを消して表情を引き締めた。
どうやら、反貴族派の黒幕ダグトゥーレの件での呼び出しのようだ。
「アンブロージョ様のところには、どのような話が届いていらっしゃるのですか?」
「わしの所には、エルメール卿がアーティファクトに保存されているバルドゥーインの絵を反貴族派に利用されていた男に見せたら、そいつが反貴族派の黒幕だと言ったのだと聞いている」
意外にもアンブロージョの元には、単に反貴族派の中にバルドゥーインの偽者がいるという話ではなく、詳細な話が伝わっているようだ。
「元々、旧王都はダンジョンの探索に関わる者を増やすために少々身分証明を甘くする一方で、本当に危険な人物は見逃さないように王国騎士団やギルドとは連携を強めていた。そうした縁でエスカランテ家の御隠居とは懇意にしているのだよ」
「なるほど、アルバロス様から直接連絡があったのですね?」
「そういう事だ。バルドゥーインの奴は、昨年も学術調査隊に同行する形で、ふらっと現れたりしているからな。あらぬ疑いや虚偽の噂で王家の威信が揺らいでは困る。バルドゥーインに似た男が旧王都に出入りしているのならば、早期に捕縛したいと考えている」
「なるほど、今日の呼び出しは、その件への協力要請ですね?」
「いや、そうではない」
「えっ、違うんですか?」
「勿論、バルドゥーインに似た男を見掛けたら捕らえてもらいたいと思っているが、エルメール卿も忙しい身であろうから、そちらは気付いた時で構わない」
「では、今日の御用件は?」
そう問いかけると、またアンブロージョはニヤリと笑みを浮かべた。
「エルメール卿は、この地を訪れる前に、タハリで幽霊退治をしたそうだな」
「えぅ……あぁ、船幽霊騒動ですね。特殊な形の真っ黒な船に乗って、風属性の魔法と燃え続ける特殊な液体で幽霊を装っていました」
「うむ、捕まえてみれば商会同士の利権争いだったと聞いている」
「また何か利権争いが起こっているのですか?」
「いいや、そうではない。タハリに幽霊船が現れたそうだ」
「船幽霊ではなくて、幽霊船……ですか?」
アンブロージョは俺の反応を楽しんでいるようで、笑みを浮かべたまま頷いてみせた。
「そうだ、幽霊船だ。……と言っても、ネタを明かせば何処からか漂流してきた船だ」
「誰も乗っていなかったんですか?」
「いいや、乗組員は全員死亡していた」
「海賊に襲われたんですか?」
「いいや、水と食料が尽きて餓死したようで、目立った外傷は無かったそうだ」
前世の日本でも、時折大陸からの漂着者がニュースになっていたが、こちらの世界でも同じようなことがあるようだ。
「船の漂着は、よくあるんですか?」
「そうだな、急な嵐によって流れ着くことはあるらしいが、今回はこれまでには無い状況らしい」
「そんなに珍しい状況なんですか?」
「エルメール卿、ここまでの話を聞いて、何か変だとは思わなかったか?」
「えっ、その漂流していた船のことですか?」
「そうだ、何も疑問を感じないか?」
「えっと、船には乗組員がいたが、全員死亡。死因は水と食料が尽きたことによる餓死……なにか変ですかね?」
特に疑問は無いと答えると、アンブロージョは笑みを深くした。
「もしエルメール卿がその船に乗っていたら、餓死したと思うかね?」
「えっ? いやぁ、どうでしょう……周りが海なら魚は獲れそうですし、水は魔法で……」
そこまで話して、自分が前世の頃の基準で船の漂流を考えていたことに気付いた。
この世界には魔法があって、魔法を使えば少なくとも水は確保できる。
水さえ確保していれば、海から魚などを獲って生き延びられそうな気がする。
「エルメール卿、外洋交易をする船には、必ず複数の水属性を使える者を乗せるし、殆どの船乗りは水の魔道具を持って船に乗るそうだ。ところが、その幽霊船には水の魔道具だけでなく、魔道具は一つも存在していなかったそうだ」
「小さな船ではないのですよね?」
「うむ、外洋を航海する目的で作られたと思われる、かなり大きな船らしい」
「どこの国の船とかは……」
「まったく分かっていない。シュレンドル王国とは交流の無い国の船だと思われる」
「何か手掛かりのような物は無かったのですか?」
「航海日誌と思われる物があったそうだが、見たことも無い文字なので解読出来ていないらしい」
「それでは、相当遠い国から流れ着いたのでしょうね」
アンブロージョは大きく頷いてみせると、喉を湿らせるためにお茶に手を伸ばした。
俺も冷めてしまったお茶を飲みながら、アンブロージョの意図は何かと考えていた。
未知の国から流れ着いた船と聞くと、確かにロマンを感じるが、魔道具も無い国だとしたら文明はシュレンドル王国ほど発展していないのだろう。
おそらく、アンブロージョは俺に漂着船の調査をさせたいのだろうが、正直ここまで聞いた話では、俺が役に立つ要素は少ない気がする。
「エルメール卿、その漂着船が幽霊船と呼ばれたのは、もう一つ謎があるからだ」
「謎……ですか?」
「うむ、それは乗組員についてだ」
「死因は餓死と思われ、外傷は無かったのですよね?」
「そうだ。乗組員は全員が男性だったと思われ、どうやら同一の種族だったらしい」
「それは珍しいですね」
この国には、色々な種族が暮らしていて、チャリオットのメンバーも俺と兄貴、ミリアムが猫人だが、あとはバラバラだ。
何かの種族だけが取り残された島から出航したのだろうか。
「その乗組員だが……全員尻尾が無かったそうだ」
「あっ!」
アンブロージョの言葉を聞いて、そこまで聞いてきた内容が全部繋がった気がした。
そして導き出された乗組員の正体に、全身の毛が逆立った。
アンブロージョが、どの程度ダンジョンの発掘品について話を聞いているのか知らないが、この状況で俺に話を持ちかけてきたのだから当然知っているのだろう。
「先史時代の生き残り……」
「エルメール卿が見つけた古い画集……いや、写真集だったか。そこに描かれていた者達は、我々とは耳の位置が違い尻尾が無かったそうだな」
「はい、おっしゃる通りです。耳の位置についてはサル人に近く、でも尾は無かった……というか確認出来ませんでした」
「幽霊船から見つかった乗組員の遺体は、それと同じ特徴があったらしい。まぁ、情報を聞いただけで実際に見た訳ではないからハッキリしたことは言えぬが……どうだねエルメール卿、確かめてみたいとは思わないか?」
「船や遺体はどうなっているんですか?」
「船はタハリの港へ引いて来てあるそうだ。遺体については分からない」
シュレンドル王国では、貴族などの遺体は荼毘に付されてから埋葬されるが、地方の平民は土葬が一般的だ。
乗組員の遺体がどのような状態だったか分からないが、既に埋葬されていると考えるべきだろう。
「学院には調査隊を編成するように命じてある。慌ただしいが出発は明朝だが……」
「同行させて下さい」
これだけの話を聞いて、同行しないという選択はあり得ない。
「そう言えば、タハリは王家の直轄地ですが、王家の許可を取らずに調査を行っても大丈夫なのですか?」
そう訊ねると、アンブロージョはこの日一番の良い笑みを浮かべてみせた。
「さすがはエルメール卿、確かにタハリは王家の直轄地だから調査権は王家にある。だが、王都は何かにつけて動くまで時間が掛かる。遺体がどうなっているか分からないが、調査をするのであれば早い方が良かろう」
「あぁ……それで俺なんですね」
「まぁ、ただの学者が調査をしても別段問題にはならないと思うが、エルメール卿と王都からダンジョンの学術調査に来ている者を加えて調査を行えば万全という訳だ」
「はぁ……分かりました。後で難癖を付けられないように、アーティファクトを使って記録を残しておくことにします」
「うむ、そうしてもらえると有難い。よろしく頼む」
色々と気になる事はあるけれど、全ては現地に行って実際に見てからだ。
早く拠点に戻って、調査に出発する準備を整えよう。





