特別快速
「それじゃあ婆ちゃん、また春にでも帰って来るから元気にしててね」
「はいよ、ニャンゴも無茶して怪我なんかするんじゃないよ」
「うん、分かってるよ。キンブル、婆ちゃんを頼むよ」
「はい、任せて下さいエルメール卿」
「イネスは婆ちゃんに世話焼かすんじゃないよ」
「当たり前でしょ、私がちゃんとお世話するから大丈夫よ」
どんっと薄い胸を叩いたイネスは、けほけほと咳込んだ。
「んー……不安だなぁ、婆ちゃんイネスをお願いね」
「はいよ、任せておき」
「うーっ、二人とも分かってない!」
「いや、良く分かってらっしゃるかと……」
「キンブル、何か言った?」
「いいえ、何でも……」
イネスは色々と心配だけど、キンブルがいれば大丈夫そうだな。
正月三日の朝は、またドンヨリとした曇り空で雪がちらついていた。
今日はこれから村長の家に行き、仕事を探しにいく三人を連れてイブーロに向かう。
途中、キダイ村で同じように仕事を探しに行く五人を拾っていく予定だ。
実家には昨日のうちに顔を出して、お袋に金を預けてきた。
「こんなに使いきれないよ、ニャンゴ」
「あっても腐るものでも困るものでもないだろう、何かの時のために持っていてよ」
貧乏性が染みついたお袋は、必要無いと言って受け取ろうとしなかったけど、やっぱり心配だから押し付けてきた。
相変わらず親父は、ぐうたらしているみたいだし、一番上の兄貴はそろそろ嫁を貰う算段をしなきゃいけない頃だ。
姉貴の嫁入り先も探さないといけないだろうし、金はあっても困らないはずだ。
ステップを使って雪で真っ白になった畑の上を真っすぐ通り抜けて村長の家に行くと、村を出る三人とその家族が集まっていた。
「おぅ、今日は頼むぞ、ニャンゴ」
「ゼオルさん、婆ちゃんを頼みますね」
「任せておけ、キンブルもしっかりしてきたし心配は要らん」
雪が無ければゼオルさんが手綱を握ってイブーロに向かうところだが、道が雪に埋まっている状態では馬車は動けない。
そこで、俺の出番という訳だ。
折角だから空を飛んで行こうかと思ったが、キダイ村から合流する人数が多いので、安全のために橇にしておく。
空属性魔法で橇を作り、村を出る三人を座席に座らせた。
「うわっ、フワフワだ」
「こんな椅子、始めて座った」
座席にはクッション性を持たせてあり、グリーン車並みの快適さだ。
「それじゃあ出発しますから、皆さん下がって下さい」
「エルメール卿、よろしくお願いします」
「任せて下さい、村長。ちゃんと送り届けますから」
見送りに来ていた人達に下がってもらい、橇の後ろに風の魔法陣を設置した。
ヒュゥゥゥゥゥ……魔法陣の推進力で橇が動き始めると、見送りに来ていた家族は雪に足を取られながらも歩き出した。
「体に気ぃつけるんだぞ!」
「悪い男に引っ掛かるんじゃないぞ!」
「手紙待ってるわよ」
魔法陣の数を増やし、グンっと橇の速度が上がると、見送りの家族たちは並走できずに足を止めたが、いつまでも手を振り続けていた。
「うぅぅ……父ちゃん、母ちゃん……」
「馬鹿、泣くなよ。帰ろうと思えば帰ってこれるんだから」
「分かってるよ……」
それでも涙が溢れてしまうのは仕方のないことだ。
チャリオットにスカウトされて村を出た時の事を思い出して、俺も少しウルウルしてしまった。
村を出たところで更に風の魔法陣を増やして、橇の速度を上げてキダイ村を目指す。
橇の方向転換は、舵取り用のボードと風の魔法陣を使って向きを変える。
うねうねとした峠道を馬車よりも速く進んでいく。
事故を起こさないように十分余裕を持って進んでいるが、来た時よりも視界が良いし、視点が低いのでスピード感があって楽しい。
「にゃはははは……た~のしぃぃぃぃ!」
「エ、エルメール卿……落ちるぅ!」
「大丈夫、大丈夫、にゃはははは……」
下りに入ったら、減速用の風の魔法陣も作動させていたのだが、馬車で移動した時の三分の一ぐらいの時間でキダイ村に到着した。
ちゃんと安全運転したんだけど、同乗した三人にはスリルがあり過ぎたようで、少しぐったりとしていた。
「エルメール卿、お早いお着きですね」
「すみません村長さん、思ったよりも早く着いてしまいました」
調子に乗って飛ばしすぎたのか、キダイ村の五人はまだ集まっていなかった。
慌てて村長が各家に使いを出して集まって来させたようで、村からの旅立ちを慌ただしくさせてしまったようだ。
申し訳ないので、ここからは更に速度を上げることにしよう。
「エ、エルメール卿……は、速すぎますぅ!」
「にゃはははは……大丈夫、大丈夫!」
キュィィィィン……っと、甲高い風の魔法陣の音と雪煙を残して、橇は街道を爆走し、昼前にはイブーロの北門へ無事に到着した。
雪煙を上げて到着した透明な橇を見て、衛兵の一人は腰を抜かしそうに驚いていたが、もう一人は苦笑いを浮かべて俺を出迎えてくれた。
「エルメール卿、戻っていらしてたんですか」
「えぇ、ちょっと里帰りしていたら随分と降ったので、仕事を探しにイブーロに出る予定だったアツーカ村とキダイ村の者を乗せてきたんですよ」
「なるほど、この雪では馬車は動けませんからね」
「そうなんです、イブーロに出るのが遅れると、仕事探しに不利ですからね」
「そうですね、でも今年からは大丈夫だったかもしれませんよ」
「えっ、そうなんですか?」
「はい、今年から仕事を探しにイブーロに来た若者は、適性検査を受けてもらうことになっています」
「適性検査……ですか?」
「はい、見ての通り性別も、人種も、体の大きさも、魔力の量も様々ですから、適性検査をしてから本人の希望を聞いて、その人に合った職を薦めることになったんです」
衛兵の話によると、貧民街が無くなったのを機会にして、仕事にあぶれて道を踏み外す者が出ないように、商工ギルドと冒険者ギルドが合同で適性検査をすることになったそうだ。
「その検査はどこで受けるんですか?」
「貧民街があった場所に、職業斡旋所が出来ましたので、そちらに行っていただけますか?」
「分かりました。この八人は俺が責任持って連れていきましょう」
「ありがとうございます。では、通っていただいて結構ですよ」
「じゃあ、みんな行くよ! 俺の後に付いて来て!」
「はい!」
せっかく連れて来た者の中から、兄フォークスのような運命を辿る者が出たら嫌だなぁ……と思っていたが、ラガート子爵が対策を進めてくれていたらしい。
門の外は街道にも雪が積もっていたが、街に入ると大きな通りは歩きやすいように雪掻きがされていた。
まぁ、俺の場合はステップで浮いて歩いているから、足下の状態は気にならないんだけどね。
元貧民街があった場所に行くには、倉庫街を通って行く必要がある。
「あぁ、そろそろお昼か、適性検査を受ける前にお昼にしよう」
八人を引き連れて向かったのは、チャリオットのみんなと良く来ていたパスタ屋だ。
雪で街道の往来が止まっているから、倉庫街も暇で店も休みかと心配したが営業していた。
「こんちは、九人だけど入れる……ね」
「おっ、エルメール卿、いらっしゃい、見ての通り暇だから入れるぜ」
営業はしていたけど、倉庫の仕事が少ないらしく、客の入りは疎らだった。
連れて来た九人は、村から殆ど出た事が無いらしく、席に着いてもキョロキョロと落ち着かない様子だった。
そこに、ドドンと大盛りのパスタが九人前運ばれてきた。
「さぁ、食べて食べて、俺の奢りだから支払いは気にしなくていいよ」
「うわぁ……いただきます!」
「うんめぇ……街だとこんなのが毎日食べられるのかな?」
「馬鹿言うな、俺らの稼ぎじゃ一年に数回だろう」
「大丈夫だよ、ここは手軽な値段だから、真面目に働けば毎日だって食べられるようになるよ」
「ホントですか?」
「やったーっ! やっぱり村を出て正解だった」
連れて来た八人の中には、猫人やウサギ人のような体の小さな人種はいないから、余程の事が無ければ普通に生活できるようになるだろう。
パスタ屋での昼食を終えて、適性検査のために貧民街のあった場所に向かうと、ビックリするほど綺麗な街並みが出来上がっていた。
「えぇぇ……うっそ~ん……」
あまりの変貌ぶりに呆気に取られてしまったが、街の入り口には崩落によって命を落とした人のための慰霊碑が建てられていて、ここが間違いなく元貧民街だと伝えていた。
通りを歩いていた人に職業斡旋所の場所を聞いて向かうと、二階建ての大きな建物に看板が掲げられていた。
八人を連れて受付に行くと、適性検査に関する一連の流れを説明してくれると同時に、仕事が決まるまでの宿泊も出来ると教えてくれた。
宿泊所は男女別になっていて、荷物を預けるロッカーと本当に寝るだけのための二段ベッドが四つ、八人一部屋の作りになっていた。
一泊の値段は、パンとミルクの朝食が付いて銅貨五枚。
鷹の目亭が朝晩二食付きで銀貨四枚だったのに比べれば格安だろう。
その代わり、仕事が決まったら宿を探して出なければならないそうだ。
職と住を確保することで、若者の生活を支える取り組みのようだ。
「じゃあ、みんな頑張ってね」
「はい、ありがとうございました」
受付の人に八人を頼んで職業斡旋所を後にした。
さて、せっかくイブーロに立ち寄ったのだし、ちょっとギルドに顔を出しておきますかね。





