雪への対策
朝からイネスが、くしゃみを連発している。
「くしゅん! くしゅん! もぅ、ニャンゴのせいで風邪引いちゃったじゃないのよ!」
「俺に濡れ衣を着せるのはやめてくれ、風邪を引いたのはイネスの寝相が悪いからだろう!」
ボタン鍋を食べ終えた後、ゼオルさんとキンブルは帰っていったが、イネスは実家には戻らずカリサ婆ちゃんの家での住み込みを再開した。
そこで問題になったのが布団だ。
婆ちゃんの家には、婆ちゃんの分と元々は来客用だがイネスが使っていた分の二組しか布団が無い。
なので、俺は空属性魔法で布団を作って寝ると言ったのだが、イネスが一緒に寝ると言い出したのだ。
勿論、俺は即座に拒否した。
がさつなイネスは、見るからに寝相が悪そうだからだ。
色々と柔らかいレイラやシューレに抱き枕にされるのも出来れば遠慮したいのに、胸より腹の方が柔らかくなってそうなイネスに抱えられて眠るなど御免だ。
「婆ちゃん、結婚前の男女が同じ布団で眠るなんて駄目だよね?」
「何言ってるのよ、カリサさんと同じ部屋で眠るのに変なことなんか出来ないでしょ?」
「いや、俺と婆ちゃんが一緒に寝れば良いだけだよ」
「ゴチャゴチャ言ってないで、そのフワフワな毛並みを堪能させなさいよ!」
「結局、俺の体が目当てなんじゃないか!」
「違うわよ! 違わないけど、言い方ぁ!」
なんて感じで、すったもんだあった挙句、イネスに強引に布団に引き摺り込まれてしまったのだ。
それでどうなったのかと言えば、寝付くまではヌクヌクだよ……なんて上機嫌に俺を抱えていたクセに、いざ寝入った後は暑くなったみたいで俺を布団の外に蹴り出しやがった。
イネスの布団に戻っても、また蹴り出されるのがオチだろうし、婆ちゃんの布団に潜り込んで起こしたくはない。
結局、イネスが蹴飛ばした布団を掛け直してやって、おれは空属性魔法で作った布団に潜って眠ったのだ。
イネスが風邪を引いたのは、その後に布団から転がり出て戻れなかったからだろう。
てか、なんとかは風邪引かないはずなんだけどねぇ……。
まぁ、風邪を引いたと言っても、朝食はがっつり食べてるし、鼻風邪程度のものだろう。
それと、昨日の夕食の後に驚いたんだけど、食事の後の洗い物をイネスがやっている。
大丈夫なのかと心配したけど、幸い食器が割れる音は聞こえなかった。
「ニャンゴは私のことを馬鹿にしすぎ! 私だって、やる時にはちゃんとやるのよ」
「はいはい、そうですか。でも、婆ちゃん、随分と食器が不揃いになってない?」
「あははは……そうかもしれないねぇ」
「いいの! ニャンゴは細かい事を気にしすぎ! 細かい男は嫌われるんだからね」
「はいはい、そうですねぇ」
「くぅぅ……ホントに憎たらしいんだから、ニャンゴは街に出て変わってしまったわ。昔は、イネス、イネス……って私の後を付いて歩いてたクセに」
「いや、そんな事は一度も無いからね。そろそろイネスは現実を見た方がいいよ」
「うっさいなぁ……いいわよ、キンブルはちゃんと分かってくれてるもん」
確かに、昨日ボタン鍋を食べていた時も、キンブルは甲斐甲斐しくイネスの世話を焼いていた。
だがそれは、分かってくれているというよりも、分からされているという感じだった。
「そんなこと言って頼ってばかりだと、キンブルが嫁をもらったら困るぞ」
「はぁ? キンブルが結婚? 無い無い、ある訳無いわよ」
「そうかなぁ……ゼオルさんに鍛えてもらってるから体付きもガッシリしてきたし、それでいて乱暴じゃないし、真面目に仕事してるみたいだし、結婚相手に……って考える女の子がいてもおかしくないんじゃない?」
「えっ、だってキンブルは……」
例によってイネスは、やってもらえて当り前みたいに思ってたのだろう、現実に直面して顔色悪くなっている。
「それとも、イネスとキンブルは結婚の約束をしてるの?」
「してない、してない! キンブルとは、そんな仲じゃないし……」
「だったら、他の誰かとキンブルが結婚してもおかしくないんじゃない?」
「そ、それは……駄目!」
「いや、駄目って言っても……」
「駄目ったら駄目なの! もう、ニャンゴはゴチャゴチャ言ってないでオカズ取ってきてよ。カリサさんの所に泊まってるんだから自分の食い扶持ぐらい取ってきなさいよね!」
「昨日、イノシシ捕ってきただろう」
「昨日は昨日よ、今日は魚が食べたいから、魚取ってきて」
「今の時期に魚なんて捕れないよ」
「いいの、いいから早く行ってきて!」
「はい、はい、わかりました」
ちょっとばかりイネスを揶揄いすぎたようで、カリサ婆ちゃんにも助け船を出してもらえなかったので、何か捕ってくることにしよう。
俺も魚は食べたいけど、今の時期は淵の深い所に潜ってるから捕れないんだよねぇ。
川に雷の魔法陣を突っ込めば、感電して浮いてくるかもしれないけど、根こそぎ殺しちゃうから環境を破壊してしまう。
魚は諦めて、鹿か鳥でも探そう。
イネスは、肉があれば文句言わないしね。
婆ちゃんの家を出ると、外はどんよりした曇り空で、雪がちらついていた。
暮れから元日にかけて、結構な量が積もっているのに、まだ降るのだろうか。
これだけ積もってしまうと、乗合い馬車が動かなくなるし、行商人も来れなくなってしまう。
村のどの家も冬越しの支度はしているだろうが、一つ気掛かりな事がある。
それは、村を出て仕事を探すはずの十五歳になる者たちが、街に出られなくなる事だ。
俺の兄貴であるフォークスが十五歳になった年も、こんな感じで雪が多く、街に出るのが遅くなってしまった。
毎年、イブーロでは年明けと共に新しい人材を雇い入れているが、その時期を逃してしまうと仕事を得るのが難しくなる。
日雇いの肉体労働とかは探せばあるのだろうが、職人として雇ってもらえる枠とかは埋まってしまうようだ。
現代日本風に言うならば、正社員の枠が無くなり、パートやバイトの枠しか無くなってしまうような感じなのだろう。
それでも、体が大きくて力の強い男の子なら倉庫の荷運びとかをやってでも暮らしていけるだろうし、愛想が良くてコミュ力の高い女の子ならば仕事は見つかるはずだ。
だが、体の小さい男の子や内気な女の子の場合、仕事を見つけるのは難しくなる。
イブーロの貧民街は解体されて、新しい街が作られているはずだが、仕事にあぶれた若者がどうなってしまうのかは分からない。
職業訓練所に入れるものなのか、それとも新たな貧民街みたいなものが出来ていて、仕事にあぶれた若者を食い物にする連中がいたりするのだろうか。
「ちょっと村長のところまで行ってみるか」
村長の家を訪ねると、村長とミゲルの父親である村長の息子が並んで空を眺めていた。
「また降ってきそうですね」
「これは、エルメール卿……はい、先日降ったばかりなのに困ったものです」
「村長、今年は何人がイブーロに仕事を探しに行く予定なんですか?」
「今年は三人ですが、この雪では遅れそうです」
「手に職がある人は……」
俺の問い掛けを最後まで聞く前に、村長は首を振ってみせた。
手に職があるならば、わざわざ村を出て街で仕事を探す必要はないのだ。
「それじゃあ、俺が街まで連れていきますよ」
「しかし、この雪では馬車は走れませんよ」
「魔法で作った橇で滑っていくか、天候が良ければ空を飛んで行きますよ」
「えぇぇぇ……空を飛ぶんですか?」
「どのみち、旧王都までは飛んで戻る予定でいますから、ついでに連れていきますよ」
「そうですか、そうしてもらえるならば有難いです」
イブーロの商店などが本格的に動き出すのは正月の四日ぐらいからだが、確かギルドは二日から開いているはずだ。
周辺の村から来る若者は、早い者は年明け早々にはイブーロに到着するみたいだし、出遅れれば宿を取るのも難しくなるかもしれない。
もう二、三日、婆ちゃんの所でゆっくりしていたかったが、明日には出発した方が良いだろう。
なんなら、途中のキダイ村によって、一緒に行く若者がいないか聞いておいた方が良いかもしれない。
村長と明日の出発時間を決めてから、キダイ村まで足を伸ばす事にした。
キダイ村の人と特別に仲良くしている訳ではないが、オリビエの故郷だし、協力出来る事はやってあげたい。
獲物は……キダイ村からの帰りになにか見つけて捕まえればいいかな。
あれっ、確か年末年始の休みに里帰りしているはずだったけど……俺って働きすぎじゃない?





